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2.カーニュの祭り(第3章.旅先で考えたそれぞれの文化)

 南フランスのカーニュ・シュル・メールという小さな町に1泊したことがある。町には中世から続く石造りの家並と印象派の画家ルノワールが晩年を過ごした家などがある。特に石造りの家並は素敵で、夜になるとランプのような淡い灯りが家並をぼんやり照らし、何ともロマンチックな雰囲気に包まれる。そんな光景も見たくて、この町に1泊しようと決めたのである。
 宿に荷物を置いて私は夕食へと出掛けた。場所は町の中心広場のすぐ近くである。刻一刻と日没が迫る頃、屋外に置かれたテーブルに腰を下ろし、ハーブがたっぷりまぶされたチキン・ソテーを頂いた。
 それにしても何故か楽しい…いや、夕食が楽しいのは当然のことではあるが、何かが+αされている気がするのだ。それは、給仕係の男性のせいであろうか?彼はとても楽しい人で、ハイテンションで客の応対をしている。いや、夕食が楽しいのは彼のせいだけではないだろう。外を歩く人達も我々レストランの客に向かって手を振ったり、「Bon apetit!(美味しい食事をごゆっくり!)と声を掛けたりしている。私は一人で食事をしているのに、何故か一人ではないような、そんな気がするのだ。
 食事が終わり、楽しいレストランを後にした私は石造りの家並が続く町をふらっと1周した。そして再び町の中心部に戻ってきた。すると、何とそこには屋外仮設ディスコが設置され、老若男女、皆楽しそうに踊っているのである!一体、今日は何なんだ。何かの祭りだろうか…。何故か、この日は町全体が喜びに包まれているようだった。
 さて、ホテルに戻った私はシャワーを浴びた後、ミニバーからビールを取り出した。それにしても今日はすごかったな…ビールをちびちびやりながらガイドブックを見た。すると、今日は7月14日。何とフランス革命記念日だったのである。そうか、どうりで…。私は顔のにやけが止まらなかった。 

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 1晚経ち、とてもいい夢で目が覚めた。楽しい日を過ごすと夢まで楽しくなるから不思議だ。私はいい気分のままホテルの窓を開けた。すると、そこには美しい石畳の上に夥しい数のゴミが散乱している。それを清掃作業員がせっせと片付けているのだ。そんな清掃作業員の一人と目が合ったので、お互いどちらからともなく「Bonjour(おはよう)」と言った。
 この夥しい数のゴミは昨夜のお祭り騒ぎの時に人々が道端に捨てていったものだ。それを何事も無かったかのように清掃作業員は片付けている。彼にとってはそれが仕事かもしれない。そして、彼にとって私は町にやって来たお客様かもしれない。だから彼は目の前の仕事をこなし、私に対しても慇懃な態度で接してくれたのだろう。しかし、立場はいつ逆転するか分からないのだ。だから、彼の仕事ぶりに少しでも思いを馳せなくてはいけない、と私はこの時思った。

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 それにしてもだ。フランスに限らずヨーロッパでは、このような光景によく出くわす。つまり、お祭り騒ぎをした後に人々はゴミを投げ捨て、それを翌日、清掃作業員が片付けるという光景。このような光景に出くわす度に、ヨーロッパはやはり階級社会なのか、はたまた自分達の仕事の役割がはっきり決まっている社会なのか、などと思ってしまう。
 そう言えば、昨夜のレストラン。あのレストランの給仕係もゴミをレストランの前の道に投げ捨てていた。自分は給仕をするのが仕事、そしてゴミを片付けるのは清掃作業員の仕事、とでも言わんばかりの行為だった。
 もちろん、それが良い悪いと言うつもりは毛頭無い。ヨーロッパにはヨーロッパの人にしか分からないことがあるのだ。しかし、何をする時でも、そこに必ず仕事をしている人がいる、そこに必ず携わっている人がいる、ということを頭の片隅に留めておきたい、と私は思う。そして、自分もいつそういう立場になるかもしれない、ということも。
 「Bonjour! (おはよう)」とお互い声を掛け合った時の、あの清掃作業員の目を私は忘れることが出来ない。

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