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2.フィッシュ・アンド・チップス(第7章.旅先で考えた食することの楽しみ①)

 「Cod(タラ)」と発した一言が、私が初めてイギリスで口にした言葉だった。

 1997年12月26日。私は初めてイギリスに赴いた。ロンドン、キングス・クロス駅近くのホテルで荷物を解くと、まずは夕食へと出掛けた。到着して間もないという時、しかも長旅で疲れているということもあり、夕食は軽く済ませようと思った。お目当てはかねてより聞き及んでいるフィッシュ・アンド・チップスである。これなら、イギリスのファストフードと言われているものなので、軽く食事するには丁度いいだろうと思った次第だ。

 では、フィッシュ・アンド・チップスとはいかなる食べ物か?これは白身魚の揚げ物にプライド・ポテトが添えてあるイギリスの国民食と言われるものである。日本でもイングリッシュ・パブやアイリッシュ・パブが増えてきているので、定着してきた感はある。しかし、日本でよく目にするのは、白身魚のフライである。本場イギリスではフライではなく、パン粉をまぶさない「揚げ物」である。しかも、タルタルソースやケチャップで食べるものではなく、ビネガーソースを掛けて食べるのがイギリス式なのである。

 さて、説明はそのくらいにして、私は早速、ホテル近くにあるフィッシュ・アンド・チップス屋に入った(「フィッシュ・アンド・チップス屋」なるものがあるのである)。そして、注文の仕方もよく分からず、私はメニュー表を見て店員のオヤジに「Cod(タラ)」と言ったのだ(要するに白身魚も何種類もあり、私はメニュー表の一番上に書いてあった「タラ」を読み上げただけ)。

 店内を見渡すと非常にカジュアルな雰囲気だ。客層は若い人が多いみたいだ。やはり、イギリスのファストフード店だけのことはある。

 やがて、先程のオヤジが私にフィッシュ・アンド・チップスが出来たことを告げた。私は店のカウンターに取りに行くと、その量の多さにびっくりしてしまった。山盛りのポテトの上に白身魚の揚げ物がでんと乗っている。これでは軽く食事という訳にはいかない。

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 実はフィッシュ・アンド・チップス。ファストフードと言えども、イギリスではしっかり食事したい時に食べるという。それにしても、白身魚の揚げ物とフライド・ポテトのみをひたすら食べるイギリス人…失礼な言い方になってしまうが、その食文化のセンスの無さに驚くばかりだ。

 そう言えば、センスのある「イギリス料理」なんて聞いたことがない。それは一説によると、イギリス貴族のほとんどはフランス料理を食べていたから。また、七つの海を支配したイギリスは世界各国からその国の料理を輸入した結果、肝心の自分達の食文化が育たなかったから、とも言われている。その証拠に外食産業では中国料理店やインド料理店など、外国由来の店がメインとなっている、という人もいる。

 それでも、イギリス庶民が誰でも好きなフィッシュ・アンド・チップス。たとえセンスが無くても、気取らずに、美味しそうに食べる市井の人達の笑顔を見ていると、こちらも自然と笑顔になる。恐らくイギリスで大人気のサッカー選手やロック・スターだって、美味しそうにフィッシュ・アンド・チップスを頬張るに違いない。

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 時が流れて、2018年8月。私はアイルランドに行った。アイルランドもイギリスと近しい国であるためか、やはりパブのメニューにフィッシュ・アンド・チップスがあった。注文してみると驚いてしまった。1997年にイギリスで食べたものとは似ても似つかぬ物なのである。何と、盛り付けがオシャレなのである。え?フィッシュ・アンド・チップスはオシャレじゃいけないのかって?答えは「オシャレじゃいけない」のである(と思う)。1997年にイギリスで食べたものは極めてシンプルなものばかりだった。私は、あのシンプルさが庶民の心を捕らえて離さないのでは、と思うのだ(イギリス人ではないから偉そうなことは言えないが…)。

 アイルランドのフィッシュ・アンド・チップス…あのオシャレな感じは国が違うからなのか?それとも時代が変わったからなのか?それとも、私が観光客向けのオシャレなパブに行ったせいなのか?未だに分からない。

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