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辻咄 異郷の旅/ダラガン Ⅱ『見果てぬ夢、見果つ旅、ダラガン』 第6話

第6話 【 テロメア解とカブに乗る理由 】

「カンターンは、ERAシステムズのプロテク部門が三顧の礼をもって迎え入れた人物だ。当時、ERAプロテク開発に力を入れていて、プロテクを社の三本柱の一つにしようとしてたんだ。思い切って言うが、当時、生体兵器部門だった私は、ある時、上からそのカンターンに協力するように言われたんだ。後で判ったんだが、どうやら私を指名したのは、そのカンターン自身だったらしい。」

 アレグザンダーのいう「思い切って言う」は、彼の所属が生体兵器部門だった事で、カンターンの事ではないようだった。
 アレグザンダーは、カンターンについてほとんど思い入れがない様だった。

「奴とは、どんな関係だったんだ?」

「関係と言われてもね。2・3回個人的なセッションをしただけで実務的な事は何もせず私達は別れた。というよりも社が彼をすぐに解雇した。解雇するにあたって社は彼に多大な契約違反金を払ったと言われているよ。」

「奴は一体、何をしでかしたんだ?」

「さあね、よく判らない。その内容も知らされていないんだ。とくかく社は、カンターンという人物に対して大変な見込み違いをしていたと言うことだ。しかし、プロテクとは部門が違う私でも社がそうしたのはなんとなく判るよ。彼は、大変な神秘主義だったからね。」

「神秘主義者?」

「そうだ、普通ならプロテクを製作する際は、その中に入る人間の事を考えるだろう?所が彼の場合はそれが逆だった。プロテクという器自体に意味があって、人間はその付属品のようだった。つまり彼が、私を呼んだのは人間をいかに効率よくプロテクの付属品として使えるかって事を、私と相談したかったわけだ。」

「言ってる意味が良く判らないんだが、、。」

「私だってよく判らないさ。ただあの時に受けた印象を今喋ってるだけさ。そうだな、感じとはしては、コラプスに良く似てるな。コラプスが起こってから、ある種の人間は、"コラプスは人間の進歩、いや地球上の知的生命体の進歩をリセットする為に発生した"と考えてる。馬鹿な話だ。コラプスで計り知れないダメージを与えられたのは人間や、他の世界の知的生命体の方だろ。それなのに何故、コラプスの意志などと言うことを勝手に考え、それに自分たちを捧げるような生き方をしなくちゃならないんだ?カンターンの場合は、そのコラプスに該当するのがプロテクのようだったな。プロテクは、"人間を理想の存在に変容させるものだ"そんな風な事を、彼は言葉の端々で匂わせていた。ただ、彼のプロテク開発の技術や発想の凄さは尋常じゃなかったのも確かだ。社はその結果に騙され、そして途中で彼のヤバさに気がついたって事さ。彼にプロテクの製作を任したら、凄い製品はいくらでも生まれるが、それは生命軽視の思想から生まれる結果だ。きっとそのまま生産ラインに乗せていたら、ユーザーから大変なクレームの嵐が来ていたに違いない。個人に限らず、大企業だって、欲をかきすぎると普段は見えてるものが見えなくなるって事の見本みたいな話だよ。」

「、、、もしかして、あんたとカンターンとの会話の中で、テロメア解って言葉が使われなかったか?」
    柳緑は思い切ったようにそう尋ねた。

「言ってたよ、カンターンがね。」

 柳緑の顔が蒼白になる。

「テロメア解ってどういう意味なのかな?」
 花紅が柳緑の代わりに質問を続けた。

「それも判らないね。彼の造語だったんじゃないか?テロメアは、俗に『命の回数券』とも呼ばれいてるものだけどね。だから普通に考えるなら、テロメア解とは寿命を延ばす方法だとか、不老不死の答えって事になるんだが、彼の場合はそうじゃないようだったな。つまり何故、テロメアみたいなものが生命に存在するのか?生存する為に生まれた生命が、なぜ死に至るタイマーを、元からその身体に埋め込まれているのか?解ってのはそっちの方の答えだと思うよ。そういう感じでカンターンは、テロメア解っていう言い回しをしてたように思う。」

「それ以外の事は、、?」

「知らないよ、最初に言ったけど、確かに私はカンターンと会ってるし、それなりの話はしたが、私自身、彼をうさんくさい人間だと感じてて深くつき合いたくもなかったしね。実際、社が直ぐに彼をクビにしてるんだ。私と彼との関係はその程度で、これ以上は他人様に語れるような事はなにも出てこないよ。なんだか君の様子を見てると、それがとても重要な事であるのはよく判るが、残念ながら事実にないことは話せない。」

「、、いや、いいんだ。気にしないでくれ。カンターンって男が実際にテロメア解って言葉を口にした事が判っただけでも、俺にとっちゃ、大収穫なもんでね。」
 柳緑が考え込むように言った。

「ねえ柳緑、もう話の方をあっちに進めていいかな?ああいう話って、この際、一気にしちゃった方が良いと思うんだよ。」

 花紅が話の方向を変えようとしたのは、柳緑の精神状態が不安定になったのを見て取ったからだった。

「あっちの話ってなんだい?どうも君たちの話は要領を得ないな。それに私は、かなり私の個人的な事情を話した積もりだけど、君たちの方は、全然じゃないのか?いや、イェーガン老の元にいたことや精霊石を授けられた事だけで君たちが充分信頼に値する人間だとは判ってはいるんだが、、。」

 何処までも人の良いアレグザンダーは控えめに不満を口にした。

「だからそれを、これから説明しますよ。」
 花紅は沈黙したままの柳緑の代わりにそう答えた。

「…いや、ちょっと待ってくれ。そういいながら結局、君たちは私に何か、とてつもない事を押しつけようとしてるんだろ?そんな感じだ。」
 アレグザンダーが怯えたように言った。

「半分、当たってるよ。スーパートランプ、、、。確かに俺達のやりくり口はフェアじゃないな。そうだな、、、それじゃ最初に、あんたから俺達に対する疑問を言ってくれ。それに答える形で、これからの話を進めるよ。」

 柳緑はアレグザンダーの空になったグラスに酒を注ぎながら、そうゆっくり言った。

「『俺達に対する疑問』だって?今、君達への疑問から始めると言ったのかい?だったら、あのサイドカーの事だ。あの極めてチャーミングだが、この荒野を旅するには恐ろしく不適格なスーパーカブについてだ。私は一目見てアレが好きになり、アレに乗せてもらってから、アレがもっと好きになった。カブは実に平和な乗り物だ。君達は何故、あのカブに乗ってる?どうやって、あのカブを手に入れたんだい?」

    アレグザンダーの表情が子どものそれに変わっている。

「、、、。やっぱり、変わってるな、あんたは。普通、俺達が旅をしてる理由だとか、俺のプロテクとか、花紅の事を根掘り葉掘り聞くもんだぜ。」

「コラプス後のこの世界を旅する人間は、どはずれた好奇心か、野望をもってこの幻野を彷徨う。あるいは、どうしようもない事情か哀しみを背負って旅に出るものだよ。他に理由はない。そんなものを聞いてどうする?」

 『君の場合は後者だろう』という風に、アレグザンダーは柳緑の顔を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。

「、、それに分野は違うが、私には多少、プロテクや花紅君のようなプログラムについての知識がある。花紅君は、非常にユニークな人工知能だ。君は花紅君を単純なホログラム・エコーだと思っているかも知れないが、彼はそんなもんじゃない。私も、花紅君のような守護天使的アプローチで人工知能を作りだした人物に興味はあるが……。それより先に気になるのが、あのカブの事だ。だって正直言って君にとって、あのカブは移動手段としては足手まといになるだけだろう?君なら、もっと適切なのが手に入れられるだろうし、その方が君にずっと似合ってる。」

     先程まで酔に任せて減り続けているアレグザンダーの前ワイングラスが、ずっとそのままになっている。

「花紅の事はおいとくとして、あのカブについては、そう見えるかも知れないな。、、あのカブの元の持ち主は俺の友人だ。この旅に出る餞別だと言って俺に譲ってくれたものなんだよ。、、って、あんたは、そういう上っ面の話を聞きたい訳じゃなさそうだな。」

 花紅が心配そうに、柳緑の横顔を見た。
 柳緑が、カブの由緒を語ることが、柳緑の古傷に触れる事になるのではないかと危惧しているようだった。

「俺は昔、ある事情で心を病んでいた事がある。で、引き籠もりみたいな状態になってた。そんな時その友人は俺を気にしてくれて毎日のように見舞いに来てくれていた。もちろん、俺は彼とは会ってない。なんせ、そういう病気だからな。人が信じられずに嫌いになってたんだ。いや人というより自分自身と言った方が正しいな。しかしそんな俺でも、俺を面倒見てくれた爺さんやかかりつけの医者のお陰で、なんとか持ち直す事が出来た。でも、それと入れ替わるようにして友人がピタリと俺の元に来なくなっていた。そりゃ、凄く気になったさ。それにその頃、俺は街を出る事を考え始めていて自分の回りを整理しておこうと思ってたからな。である日、思い切って、その友人を訊ねたんだよ。」

 柳緑はそこで一息ついた。

    そして少し首を左右に振った。

 「奴に会って、、、驚いたよ。奴は、両脚を失ってて車椅子に乗ってた。プロテクを着たまま暴漢に襲われたらしい。鍛冶屋は無茶苦茶だからな、、コラプスがあってもなくても、普通に暴力都市のままだ。、、単なる切断だけなら、今時の義足を付ければ、自由に動き回れる。、、けど奴の場合、それに加えて、下半身が完全に麻痺してたんだ。、、それでも奴は、途中で見舞いに行けなくなってゴメンなって俺に言いやがった。でも、こうやってお前が回復してて俺は嬉しいって、、馬鹿だろ、、。」
 柳緑は少し声を詰まらせた。

「いや、なんとなくその友人と君との関係が良く判るよ。」

「俺は、その時、コイツの為ならなんでもしてやろうって気になった。でその時、聞いたんだ。お前、今一番何がしたい?どんな事でも俺が手伝ってやるって。そしたら奴は、昔やってたみたいに、あのカブにのってキャンプがしたいって言ったんだよ。で俺は、奴を車椅子ごとあのカブで外に連れ出すために細工を始めたって訳さ。」

「それでサイドカーを付けたんだな?通りで、人が乗る単座にしてはかなりシートが大きいと思ったよ。でも良くカブにサイドカーなんか取り付けられたね。元から2輪のものを3輪にするのは、色々な技術や知識がないと真っ直ぐ走らせる事すら難しい筈だ。」

「それは俺を面倒見てくれていた爺さん、、、いや師匠なんだが。彼に色々な技術を仕込まれたんだよ。今なら俺は、大衆普及型のプロテク程度なら一人で組み上げられる自信がある。カブをカスタマイズした時は、そっち方面の知識を仕入れるのと材料を調達する方に時間がかかっただけだよ。改造自体は、あっというまだった。で俺達は、カブに乗ってキャンプに出かけた。俺はプロテクを着てたから、友人の介護は朝飯前だった。クラブのシャワールームで、お互いのチンコを見せ合うほど気心も知れていたしな。下の世話も、俺がしてやったよ。そんなのは師匠でなれてたし。、、星が綺麗だった。コラプスが起こって、唯一良いことは空が晴れ渡った事だな。でキャンプが終わってから、俺は奴に持ちかけてみたんだ。俺はこの街を出て、旅に出るつもりなんだ、良かったらお前も一緒に来ないか?ってな。もし旅に飽きたら、その時は連れて帰ってやるし、旅先のお前の面倒は、全部俺がみてやるって。奴の両親は、海外出張先でコラプスに巻き込まれてる。あれに切り取られて消滅したんだ。それに世の中はもう無茶苦茶だ。つまり奴が、何をしようが、全然問題ないって、俺は思ってた。」

「思ってた?その友人の答えは、イエスじゃなかったのか?」

    アレグザンダーが意外そうに言った。

「ああ、奴は俺は行けないと言った。行きたいけど、行けないってな。何故だと聞いたら、自分がこの家を出て行って、いなくなってたら、両親が帰ってきた時、困るだろう?親父もお袋も、この家に、自分が待ってるこの家に帰ってくるんだ。自分は、この家を長期間留守にするわけにはいかないんだって。、、俺は、もう何も言えなかったよ。」

「、、、そうか。」

 アレグザンダーは目を伏せた。

「その代わりと言う訳でもないんだろうが、奴は俺に旅の餞別だと言って、奴のカブをくれた。ただし条件付きでな。」

「どんな条件だったんだ?」

「旅に出る時はサイドカーは付けておいてくれって。そうしたら、俺は自分の家を離れられないけど、いつでもお前の運転するカブの横に乗ってる俺の姿を想像できるってな。」

「、、、それで君はずっとあのカブに乗ってるのか?」

「ああそうだ。俺は見かけによらずロマンチストだろ?驚いたかい?」

「いや別に。、、、ああ、もうそろそろ、君たちの本題の方に戻ろう。君たちのお願いってのはなんだい?」

 アレグザンダーは声を詰まらせながらそう言った。

次話


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