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辻咄 異郷の旅/ダラガン『エコーと共に異郷荒野で旅をする』 第9話

第9話【 長老イェーガン 】

 柳緑の最初に感じた「放牧」というイメージは当たっていたようで、レ・ナパチャリ達が柳緑達を連行する道中、柳緑達は幾つもの牛の群れや山羊の群れを通過し、そんな動物たちを飼育している人間達を間近に見ることになった。

 面白いのは、牛も山羊もみな筋肉隆々としていて、大きかった事だ。

 彼らは平和的な遊牧民なのか?と柳緑は一瞬思ったのだが、出会う人間が全て荒々しさを身に纏っていて、そんな牧歌的な雰囲気は微塵もなかった。

 それに、出会う女達も全て肩幅が広く、筋肉質の体付きをしていて、これは遊牧民というより戦闘部族と呼んだ方が良いなと柳緑は思い直し始めていた。

 レ・ナパチャリのグループの一人が、花紅の事を「オンナみたい、オンナより弱そう」と言ったのは、特に柳緑を侮辱したかった訳ではないのだ。

「ねえ りゅうり 、あそこに大きな湖が見えるよ!ここって草原だけじゃなかったんだ!」
   そして、花紅のいう湖は一つだけではなさそうだった。

「ああ…湖群地帯みたいだな。…それにしてもここは緑が濃いな。」

 花紅は興奮したようにサイドカーの舳先で伸び上がる。

    遠くには銀色に光る湖面が点在している。

 やがて彼らは、湖の水辺の辺に張られた円いテント群が形成する大集落に到達した。

 集落の人々が、レ・ナパチャリに連行される柳緑達を物珍しげに見つめていた。

「ねえ、りゅうり 。ここの人達って、例外なしにボディビルダーみたいだね。男はもちろんだけど、女の人も子供も老人もそうだ。例外は、小さな子と赤ちゃんくらいみたいだよ。りゅうり の身体も、ここに混じると貧弱に見えるね。」

「ならお前は、どうなんだ?あの顔傷野郎は、やけにお前を嫌ってたぞ。」

「僕は貧弱どころか、ウスバカゲロウ。ホロだけに。」

    柳緑は取り合わない。

「…マッチョ。それがこの世界の人間の、いや他の動物もそうみたいだけど、遺伝的な特徴なんじゃないかな?どう考えても全員が毎日、筋肉を付ける為のトレーニングしてるわけないしな。ましてや山羊が筋肉鍛えてたら笑うだろ。つまり、やっぱりここは、俺達の世界からはかなりかけ離れているって事だ。」

「何をゴチャゴチャと言ってる。着いたぞ。お前達は、あの馬止めの所に、その鉄馬を置け。それからイェーガン様に会うんだ。」

 顔傷野郎こと、レ・ナパチャリが言った。

 ユニバーサル・フォースによる頭痛は随分軽くなっている。

 その内、脳内での自動翻訳は、完全に履行される事になるだろう。

 レ・ナパチャリが言った"馬止め"は直ぐに判った。

 そこには柵があって既に何頭かの馬が休んでいたからだ。

 そしてイェーガン様とやらがいるだろうテントにも当たりが付いた。

 馬止めからそう遠くない所に、一際大きく豪華な円形テントがあり、そのテントの前には護衛らしき男が二人立っていたからだ。

 レ・ナパチャリ達も、馬止めに自分たちの馬を繋ぎ、柳緑は馬から少し離れた位置にカブを駐めた。

 柳緑はハンドルをロックし、リモートのエンジンキーでカブを完全停止させたが、ここの人間達がカブを奪おうと思えば、男達4・5人で、カブごと何処かへ持ち去る事は可能だろうと考えた。

 だが、それはないと柳緑は、すぐにそれを否定した。

 レ・ナパチャリ達と出会い、この集落の様子を観察してから、まだ数時間も経っていなかったが、ここには、ここなりの社会秩序や常識が生きているように思えたからだ。

    出会う子どもたちの顔に翳りがない。この社会に不安要素が少ないからだろう。
 多分、彼等の社会常識の中には「意味のない盗みや強奪はいけない」が、含まれている筈だった。

 レ・ナパチャリ達は、柳緑を連れて巨大テントに向かった。

 そしてテントまで来ると、三人の男を柳緑の監視に残し、先にレ・ナパチャリとチュンガライがテントの中に入った。

 テント前の護衛が、そんな二人に最敬礼らしきものをしたから、彼らはやはりそれなりの地位にいるのだろう。

 その最中、例によってプロテクパーツの入ったリュックを下ろそうとしない柳緑を、レ・ナパチャリが責めたが、その中身を検分したチュンガライが、二人の間を取り持っていた。

 チュンガライが、リュックの中身であるプロテクを理解しているのかは判らなかったが、自らに対する検分を素直に受け入れた柳緑の人間性を判断したのは、間違いなかった。

 「これは何だ?」と問うチュンガライに、柳緑は誤魔化しを入れずに「自分の大切な鎧の一部だ。常に持ち歩いている。ここで攻撃に用いるつもりはない。」と正直に応え、チュンガライはその柳緑の目を真正面から見て、事の真偽を判断したのだ。

 おそらくレ・ナパチャリとチュンガライの二人は、勇猛な隊長と冷静で頭の切れる副隊長という役割があるのだろう。

 やがてレ・ナパチャリとチュンガライがテントから出てきて、柳緑達にテントへ入るように指示をしたが、彼らが柳緑に付いてくる様子はなかった。

 別れ際に、レ・ナパチャリが、その獰猛な顔の顎を突き出して言った。

「おかしな考えはするなよ。この中には俺のいとこのレ・チャパチャリが従者としている。レ・チャパチャリは、俺より何倍も強い。妙な行動に出たら、その場で八つ裂きにされると思え。」

「まあまあ、レ・ナパチャリ。イェーガン様は、全てをお見通しだ。そのイェーガン様が、俺達の立ち会いはいいと仰ったのだ。それ以上言うな、。それ以上言えば、イェーガン様の顔に泥を塗ることになるぞ。」

 チュンガライがレ・ナパチャリを宥めるように言った。

 どうやらテントの中で、柳緑を迎え入れるにあたって先もってのそれなりの会話が、あったようだ。

「フン。」

 レ・ナパチャリは肯定とも否定とも捉えかねる短い言葉を吐いて、柳緑に背を向けた。

 柳緑は、間近で見るレ・ナパチャリの背中に、古い鞭の後があるのを見て取った。

 だがチュンガライが、早く行けと言うように髭の生えた顎を上げたので、柳緑はテントの中に入る事にした。


「失礼します。俺は柳緑、こっちは花紅です。旅の行商人をしております。」

 こういう場面で、何をどう言って良いのか、まったく見当もつかなかったから、柳緑はテント中央の毛皮で作られた高台中にいる人物に向かって、辛うじてそれだけを言った。

「二人並べて柳緑花紅か。どこぞの国の春の美しい景色の例えかの…綺麗な名じゃ。」

 イェーガンは、やせ細った小さな老人だった。

 その白髪は、部族の男達のように弁髪にするボリュームは既になく、伸ばしほうだいにしていた。

 他の人間とは違って、毛皮で出来た服をタップリと身に纏っていたが、衣服の隙間から見える胸元は、多数の首飾りの下でさえ、そのあばら骨が目立っていた。

 この集落の人間は、全て大きく頑丈な人間ばかりだと思いこんでいた柳緑は、そのイェーガンの姿に少し衝撃を受けた。

「何を驚いておる。我々の種族でも、儂のように多く歳を取り続ければ、こうなるんじゃよ。背骨も曲がっておる。信じられんじゃろうが、儂の若い頃は、あのナパチャリ位の体格だったよ。」
 そう言ったイェーガンの顔は柔和に笑っていた。

    本当にそうか?と柳緑は思った。

    コラプスが起こった後には、違う並行世界の人間が入り交じる事がある。

    多くの場合は、殆どの人間が元の世界に帰りたがり、新しい世界では孤立するものだが、稀に上手く新世界で上手く立ち回る人間もいるのだ。高次の文明世界にいた者は低次の世界ではその知恵が力となる。

「さあさ、いつまでもそこに、つっ立っておらずに座りなさい。前に毛皮が敷いてあるじゃろ。そこに座るといい。」

 柳緑と花紅は数歩前に出て、イェーガンの言った毛皮に座った。

 それでイェーガンとの距離はかなり縮まった。

『この距離なら、プロテクを半分しか着ていなくても、相手を瞬殺出来る』と柳緑はいつもの習慣じみた考えを起こし、慌ててそれを否定した。

 イェーガンの前に座った二人の前に、屈強の若者が、どこからか酒の入った瓶と杯を持って現れ、それを毛皮近くの床に置き、直ぐにさがった。

 この若者が、おそらくレ・ナパチャリが言った、レ・チャパチャリだろうと柳緑は思った。

 年の頃は、柳緑とほぼ同年代のように見えた。
 この部族の男には珍しい色白の肌を持った眉目秀麗な若者だったが、その立ち振る舞いには、柳緑がかって見知った旧世界の格闘技の動きの片鱗が、そこかしこに見うけられた。

 花紅が、自分の前に置かれた杯をじっとみつめている。

「どうしたね?花紅。毒など入ってはおらんぞ。それとも幻の我が身に酒など出しおってと、ご立腹かね?」

 柳緑は驚いたように、イェーガンの顔を見た。

 今の所、花紅はヘマを犯していない。

 この花紅を、ホログラムだと見破る事は、不可能な筈だ。

 それをこの老人は一目で花紅をホログラムだと認識していた。

 それとも事が起こった最初の始まりから、花紅がホログラムである事は、彼ら部族には、ばれていたのだろうか?


次話


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