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辻咄 異郷の旅/ダラガン Ⅱ『見果てぬ夢、見果つ旅、ダラガン』 最終話

最終話 【 墓標との決別 】

 ゴライアスは大草原側の出入り口の側で停車していた。

「、、ああ懐かしい、匂いがする、柳緑君、やったんだな。ほんとよくやったよ。、、最後にお願いがある。ここの大地に私を下ろしてくれないか?」

 アレグザンダーは、後部座席の柳緑の膝の上に瀕死の状態で横たわり、その横で花紅が止血やなにやらを続けている。

「何、言ってんだ。今、応急処置の真っ最中なんだぞ、そんな身体を動かせるか?」

 そういう柳緑の肩にリプリーが手を置いた。

「彼のいう通りにして。私も手伝うわ。彼を下ろしてあげましょう。」
    リプリーが射込む様な目で真っ直ぐ柳緑を見る。もうアレグザンダーが助からないのが判っているのだ。

 そういうリプリーに柳緑は逆らえなかった。

 柳緑達はアレグザンダーの身体を大草原の大地に横たえた。

・・・・

「柳緑君、花紅君。私の本当の名前は、トニー・マッキャンドレスだ。」

「そんなの、どうでもいいよ。」
    柳緑の声は年相応の青年としての涙声になっている。
    マッキャンドレスを目の前にして、柳緑はもう歴戦の勇士ではいられないのだった。

「いや良くない。、、、それと君たちには、私があの世界からこっちに戻った本当の理由を話してなかった。」 

「だから、どうでもいいって!無理して喋るな!」

「違う、違うんだよ。これは私の最後の懺悔だ。その告白の相手が君たちでほんと良かったと思ってるよ。私はERAシステムズの生体兵器部門所属の人間だって言ったよな。でもそれだけじゃ説明が足りない。私はそこで脳のない人間を育ててたんだ。口の悪い連中は彼らの事をノーブレインマンって呼んでた、、。で私は、彼らを色々な実験に使ってたんだ。」

 喋り続けるのが苦しいのか、トニー・マッキャンドレスは一旦、口を閉じたが、再び気力で喋り始めた。

「コラプスが起こって、それが二次的に何を引き起こすかが判ったとき私は彼らがいる私の実験エリアを真っ先に閉鎖した。、、他の科学者達は、そんな事を考えもしなかっただろうな。でも私は、反乱が起こった時、その被害から彼らを守るにはそれしかないと即座に思った、、、と、いうのは嘘だ。それは、私の罪の意識からだ。いやそれも綺麗な言葉過ぎるな。私は、私のやったことが他の人間に知られるのが嫌だったんだ。私は脳のない人間を生みだしたんだからな。ERAの上層部だって、この事が公になれば難しい局面になるのは判っていたから、私の研究エリアの防衛システムは最強だった。だから防衛システムを即座に起動した。……私のエリアは軍の反乱や破壊活動にも耐えた。で、私はその後この世界を逃げ出したってわけだ、、、でも、こっちに残してきた彼らの事が気になって仕方がなかったんだよ。彼らの生命力なら生き残っている筈だ。研究エリアにはそういう設備もあったしね。でもそれは、何時までも続くモノじゃない。どういう形であれ、彼らには彼らを面倒見る人間が必要だった。いや責任がある、、だから、私は大好きだったあの世界から泣く泣く戻ったんだ。単なるホームシックじゃなかったんだよ。」

「そんな事。気にしなくていいよ、アレグザンダー。アレグザンダーに、そんな仕事をさせたのはERAだろ?それに僕の知識じゃ、ERAは、もっと酷い実験を一杯やってる筈だよ。多分、反乱軍はそんなエリアも破壊したはずだけど、そんなの何の噂にもなってなかっただろ?だって残された皆にとってそんな事はたいした事がないからさ。コラプスは従来の罪と罰まで壊してしまったんだ。どうしてアレグザンダーだけが自分のやった事を気に病む必要があるんだい?みんな同罪だろ。僕はそう思うよ!」

「ありがとう、花紅君。でもそれは、そういう問題じゃないんだよ。」

 アレグザンダーは言葉を続けるために、一旦息を整えた。

「さっきの爆破で多分、私が育てた子達はすべて死に絶えただろう。あの爆発は、この作戦を起こす前の夜に私があの辺りに仕掛けておいた結果だ。」

    アレグザンダーがリプリーに顔を向ける。

「済まないね、リプリー、あの夜は君に会いに行っただけじゃなかったんだ。どっちがついでだったんだんだか、今となっては自分でもよく判らない…」

「いいのよ、アレク。」
   リプリーがアレグザンダーの手を握る。

「私の研究エリアはもちろん時間の許す限り、ありとあらゆる所に爆薬を仕掛けた。あの子達を永遠に眠らせる、、本当なら、私がこの世界に戻ってきた時、一番最初に私がなすべき事だったんだ。今、それがようやく出来た。一石二鳥の形でね。軍の奴らが、今頃右往左往してる筈だ。ERA本社や倉庫、工場全てに火が回っている。それを放置しておけば都市全体にも影響が及ぶだろう。奴らの領土がなくなりかけてる。もう私達を執念深く追いかけてる暇なんてないさ。それに、リプリーの思惑通り、もしからしたら奴隷キャンプの人達が、この期に乗じて逃走を図るかも知れない。私の息子達だって、彼らの死が、誰か生の役に立って喜んでるだろうさ。」

 リプリーはアレグザンダーが逝ってしまわないように彼の手を強く掴み直す。

「馬鹿だよ、お前は。でも最高のスーパートランプだ。」

 柳緑が言った。

「、、、だから言ってるだろ、、私の名前はトニー・マッキャンドレスだって、、、。」

 そう言い残してトニー・マッキャンドレスは最後に笑った。


      ………………………………………………………………

「リプリーさんは、マッキャンドレスが言ってた、脳のない人造人間を使った実験の中身を知っていたの?」

 花紅が、何気なくそんな疑問を口にした。

 まだもう少し、トニー・マッキャンドレスの死をしのんでやりたい気持ちがあったからだ。

 柳緑達三人は、トニー・マッキャンドレスの弔いを済ませて、ゴライアスの運転席に戻っていた。
 運転席の向こうには、大草原が広がっていたが、流石に次の行動を起こすには彼らにも暫くの時間が必要だったのだ。

「さあ、部門が全然違ったからね。詳しくは、、。でもERAシステムズが業績を急速に伸ばしたのはプロテク部門を立ち上げてからなのよね。いえ、プロテクで儲けたって事じゃなく、その時点でERAは、兵器開発における根本的な視点を変えたような気がするの。あなた方が今着てるのは都市型の耐防犯用でしょ?文字通りプロテクター。でも兵器部門で取り扱われていたそれは違うの、人の命の捉え方自体がね。昔、カミカゼ特攻って概念があったらしいけど、それよ。相手の身体に致命傷を与えるまでは、とりあえず、その人体を守るみたいな、でも人の身体を守ることは最終目的じゃない。戦争に勝つ事よね。それは私達の部門にも、少しずつ影響を及ぼし始めていたわ。…それとトニーの研究は、関連があったのかも。」

「それってどういう?」

「私の部門からは、正確には捉えられなかったけど、呆れる程の人間性の無視ね。人を殺す兵器を作っておいて、今更お前は何を言うんだって思うかも知れないけど、そういう戦う者同士のせめてってのが前線では実際にあるのよ。例えば、苦しみを長らえさせないために、痛みを与えずに即死させるとか。…少しでも生かせられるチャンスがあるなら必ず救い出すとか。私はそういう局面を知っているし、そういう場面では何を置いても、そうすべきだと思ってる。それが最低限の事ね。それでも戦況が酷くなると何も出来なくなる。…でも人間はそれを最初から認めてるわけじゃない。そうじゃないんなら、兵士にPTSDなんか起こらないでしょ。…そういう捉えさえも、後のERAでは違ってきてた。それらを無視して何がなんでも、どんな局面でも勝つ、そんな前提の兵器を作る。建前上だけど、残酷無惨な殺戮兵器の使用は倫理上無制限に許されてる訳じゃない。その網を簡単にすり抜ける方法の研究だとか。…たぶん生体兵器部門ではそういう事を研究してたんじゃないかしら。だから、ハートレス、、脳のない人造人間が、実験体として必要だったのかも。或いは彼等は生体兵器として安価に転用できる。まあ、想像だけどね。」

「そしてERAシステムズは、更にカンターンを招き入れたのか、、。でもカンターンは死の商人の下僕にもなれない極めつきの神秘主義者だったって訳だ。」    思わず柳緑は独りごちた。

「もしかしてマッキャンドレスさんは、もっとカンターンと色々なやりとりをしてたかも知れないね。でもそれを僕たちには言いたくなかった。」
 花紅が柳緑に向かって哀しそうに言った。

「いや、俺達だから全てを話さなかったって事は、ないだろ。あの性格なんだ。他人が聞いて気が滅入るような事は、誰にも言いたくなかったんだろうさ。あんな風に見えて、自分でなんでもかんでも引っ被るんだ。」

「君たち、今、あのカンターンの話をしてるの?」

「えっ、リプリーさんも奴の事知ってる?」

「プロテク部門は、総合兵器部所みたいなものだからね。あそこは各部署から独立してる訳じゃないのよ。私もカンターンの新企画に協力しろって言われてたのよ。断ったけど。」

「断った?」

「そうよ。それが聞き入れられないなら、私がERAを辞めるって上層部に言ってやったの。」

「どうして、そこまで?」

「一目見て虫が好かない男だってのが判ったから。こう、ゾクゾクって来たのよ。私の直感はたいてい当たる。でも逆に、ああいうのが好きな女にはたまんないかも知れないな。」

『・・・ああいうのが好きな女か、、、虹姉ぇ、やっぱカンターンと関係があったのか?』

 柳緑は思わぬ所で、昔の記憶を又、悪い方向で刺激されていた。

「えーっ、相手が気に入らないから断るなんて、そんなの公私混同じゃないすかー?」
 花紅はリプリーの話を聞いた柳緑の動揺を隠すように軽口を叩く。

「公私混同の何処が悪いの?私の勤めてた場所は、軍事産業だよ。前提になってる公の方が圧倒的におかしいの。私は内戦の激しい国で生まれ育ってなんとかここまで来た。一時は銃も手にした。だから私は出来る限り、自分の中の『私・リプリー』を仕事の中で押し通して来たわ。それが道徳的に正義とは言えないものでもね。それでもERAが押しつけて来る判断や価値観より少しはましなのよ、、まあ、だったらなんで、そんな所に勤めてたんだ?って話になるけどね。」
 とリプリーはあっさり言った。

「、、それでリプリーさん、これからどうする?ここでもう一度、アノ世界に戻る?身体一つなら簡単にもどれるよ。今度は目印もあるし。」

 目印とは、トニー・マッキャンドレスを埋めた墓標の事だ。

 花紅は、その言葉を普通に口に出来た柳緑を見てすこし安心した。

 柳緑が再び、姉の虹の亡霊に取り憑かれる様な事はなさそうだった。

「君たち、頭が悪そうだから、この車の運転やミサイル発射の操作補方法を教えるのが面倒そう。その異次元の穴とやらを塞ぐの手伝ってあげる。私の身の振り方は、それから考える。噂の戦闘部族の誰か強いのと、つき合ってもいいわね。良い男が一杯いそうじゃない。」
 リプリーは実にさっぱりした女性だった。

「君たちこそ、ミサイルを撃ち込んだあとはどうすんの?それで当面の目的は達成するんでしょ?」

「俺はテロメア解をおいかける。それが嘘やでっちあげでないのが、よく判ったから。で、最後は…。」

「いいよ、そこから先は。第一、私にはテロメア解っていうのが分かんないし、それと私、ウエットな話は苦手なの。でも君たちは好きにやればいいと思うよ。思い切りね、後悔しないように。何が正しくて何が間違ってるかなんて誰にも判らないんだから。」

「ああ。そうだな。」

 柳緑は乾いた声で言った。

「じゃ、行くわよ!」
 リプリーはゴライアスのエンジンをかけ、ミサイルの発射用操作パネルに電源を入れた。


=完=



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