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【都議選2021】「小池与党は過半数維持」が正しい見出しではないか【偽りの対立軸】

 記者として都議選を担当していた時代、投開票日の夜はほぼ徹夜だった。結果が当たり前のように見えている選挙なら苦労はないが、今回のように自公で過半数を確保できないような事態があると、予定していた原稿は没になってしまう。外が明るくなっても、栄養ドリンクをがぶ飲みしながら原稿を書き直す。寿命が縮む思いだ。

 今回は、NHKの開票速報で議席が確定するまでのんびりと見物していた。こんなにゆっくりと都議選の開票速報を観るのは何十年ぶりだろうか。

【自民苦戦】コロナ禍に対する不安が都ファ支持に流れる

 朝になって新聞各紙の見出しをチェックしているが、「自公が過半数確保できず」とか、「自民が第1党を奪還」という見出しが目立つ。算数は間違っていない。確かに数字上は自公主導の都議会運営が難しくなった。しかし、私は小池知事が〝少数派〟となった自公勢力に背を向けるとは思えない。

 自民党の33議席という到達点は、敗北以外の何物でもない。公明党は完勝しているのだから、自公過半数割れの要因は自民党に対する逆風に他ならない。そのトリガーとなったのは、ワクチン接種の遅れによる菅政権に対する批判だ。まるで都議選を待っていたかのように、自治体向けのファイザー製ワクチンの供給が減る見通しが明らかになった。その一方で、自民党の幹部は都議選で、あたかも自民党の議席が増えればワクチンがスムーズに供給されるかのように喧伝していた。

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 選挙戦の終盤、小池知事が休養から明け、選挙戦にお出ましになると、情勢は一気に変わった。ワクチン接種が進まず、コロナ禍の先行きが見通せないフワッとした不安を持った保守層が一気に都ファに流れた。

【都ファ善戦】小池知事の〝地鳴らし〟で寝た子が起きた

 都民ファーストの会は予想を覆して31議席を確保し、都議会第2党となった。前期は第1党だったので、選挙結果が大幅な後退となったことは間違いないが、公明党を抑えて第2党に踏みとどまったことは善戦健闘だと評価したい。

 しかも、自公が過半数を確保した上での第2党と、自公が過半数割れした中での第2党とでは、新生都議会での立ち振る舞いは大きく変わる。この点は後述したい。

 自民党に対する批判票を都ファに集める原動力となったのは、まぎれもなく小池百合子都知事である。私流に表現すれば、〝地鳴らしが発動した〟のだ。『進撃の巨人』で言えば、地鳴らしで動き出すのは、壁の中に眠っていた超大型巨人だが、この都議選の場合、〝始祖の巨人〟たる小池百合子のパワーで、4年前に動いた層が再び動いた。本来、今回の選挙では自民党に入れるか、もしくは寝ていた層である。

 よくよく考えてほしい。小池百合子は何もしていない。体調不良で休養し、7月1日に公務に復帰。翌2日の会見で「バタッと倒れるかも、それも本望」と言っただけである。選挙戦最終日の3日は、中野区の公認候補の街頭演説に顔を出したが、マイクを握ってはいない。候補者と手をつないで歩いただけである。

 何もしていないのに、バカ騒ぎしたのはマスメディアである。選挙戦最終日に小池知事が都ファの陣営に顔を出して、元気な姿を見せた、だけでいいはずだ。女帝の地鳴らし発動に、あっさりと反応してしまった。選挙戦全体を大きく左右する出来事だったと言える。

 大阪で維新政治を支えているのは在阪メディアに他ならない。一方、東京で小池政治を支えているのも、メディアなのである。

【公明完勝】議席を減らすとか言っていたのは誰?

 公明党は予想通り、23議席を確保し、完勝を果たした。当然と言えば当然の結果である。コロナ禍で思うような全国動員ができず、票固めには苦戦したのだろう。事前の情勢予想でも何議席か落とすのではと言われた。だが、私は最後まで完勝を信じていた。

 東京の公明党にはこういう票の錬金術ができる。都議選で公明党の公認候補者の得票は、区市町村議員選挙の基礎票を上回る。これは共産党でも同じことが言えるが、共産党の場合、東京で民主系、社民系が都議選に弱いために、リベラル・左派票が流れていることが伺える。では、公明党に流れている票はいったい何者なのか。

 いや、やはり、流れているのではなく、〝持っている〟というのが正解で、4年に一度、都議選のときにだけ公明党で〝動く〟票があるのだろう。その正体は謎である。

 しかし、さすがに今回は政権批判の逆風が強く、多くの候補者が当選ラインぎりぎりで滑り込んでいる。公明党は完勝が続いているが、地力は徐々に弱くなりつつある。2017年都議選で、北多摩第三の定数が1増となったのをきっかけに世田谷区選出の中島義雄都議を国替えさせ、世田谷区の公認候補者を1人に絞った。元々、定数8とはいえ世田谷区で2人当選させるのは厳しかったのである。

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 今回、大田区や目黒区で公認候補が最後の議席を巡ってつばぜり合いを続けた。4年後、同じやり方では23人全員を当選させることは難しくなるのではないか。都議会定数の見直し内容によっては、候補者の絞り込みや国替えなどの生き残り策を出してくるのではないかと勝手に妄想している。

【共産一進一退】1増勝ち取ったものの、競り合いで脆さ見せる

 共産党は19議席を獲得し、1議席増を勝ち取った。事前の情勢予測ではもっと議席を増やせるはずだったのに伸び悩んだ。理由はシンプルで、競り合いに弱いのだ。今回、目黒区の現職は6票差での次点だった。北多摩第三の元職は354票差での次点。いずれも立憲民主党が公認候補を立てており、リベラル票が分散したとはいえ、立民の候補者は知名度の低い新人候補で、共産の地力の弱さが露呈したともいえる。

 勝利した選挙区でも同じことが言える。定数5で共産が議席を落とすなど支持率の高さからしてあり得ないが、板橋区の現職は最後の議席に961票差で滑り込んでいる。江戸川区の新人は現職からのバトンタッチとなるが、次点とは243票差である。

 つまり、共産は数字上は勝ち戦に見えて、細部を見ると、相当攻め込まれて薄氷の勝利なのだ。それでも議席増を果たしたのは、定数2の文京区と日野市で勝利したからだろう。両選挙区とも立民との選挙区のすみ分けが功を奏した。

【立民伸び悩み】政権批判は都ファが受け皿に

 立憲民主党は、現有8議席から15議席へと倍増したから、普通なら万歳三唱だろう。だが、東京が立民の牙城であることや、事前の情勢調査で20議席超と予測されていたことを考えると、もろ手を挙げて喜ぶわけにもいかない。しかも、共産よりも伸び悩んだ。

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 大きな要因は、都ファの善戦により地力の弱い新人・元職候補が当選ラインから押し出されてしまったからだ。一方で、共産とのすみ分けが功を奏した選挙区は六つもある。渋谷、中野、武蔵野、三鷹、小平、立川である。これらの選挙区のうち、菅直人衆院議員の地盤でもある武蔵野と結果として無投票となった小平を除けば、共産票の上積みがなければ競り勝てなかったのではないだろうか。

 思えば、都議選告示前にマスコミ各社に出回った自民党の情勢調査の結果は、なによりも立民の戦意を喪失させるには十分だったのではなかろうか。元々、立民は28人しか候補者を立てていないのに、20~26議席と言ったら圧勝である。弾はいらない。戦車を走らせておけば勝てる。告示前にそういう予測が出たら、陣営のゆるみは尋常ではなかっただろう。

【維新惨敗】組織も政策も戦術も見直しが必要

 維新は大田区の1議席にとどまった。東京では維新は受け入れられない。そのことが如実に表れた選挙結果だ。

 今の組織、政策では、維新は東京で主導権を握れない。一部の維新マニア向けの政党にとどまってしまう。音喜多駿が参院東京選挙区で競り勝ったのは、選挙の神様のいたずらだったのだ。衆院選では比例区があるから、そこそこ政権批判票を集めるだろうが、東京で大きなムーブメントは起こせないだろう。

 戦術的に言えば、北区にこだわった理由はなんだろうか。練馬区、杉並区、世田谷区こそ、集中的に人を投入すべきだったのではないか。もちろん、北区は音喜多参院議員の都議時代の地元でもあり、区長選挙で善戦した聖地でもある。そこで培ったネットワークも残っているだろう。だが、定数3という狭い枠で、とりとめて維新の支持率が高くない選挙区にこだわる必要があったのか疑問だ。都民にとって、音喜多=維新ではないのだ。

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 そして、選挙最終日に応援に駆け付けた吉村洋文大阪府知事と松井一郎大阪市長は相変わらず大阪の話をしていた。これが維新の限界だ。

【新生都議会】与党・都ファはどちらを向いて議会を運営するのか

 改選を経た新生都議会が始まる。おそらく8月中にも臨時議会が開催され、議長と副議長を選出。会派構成や常任委員会の振り分けも行われる。特別委員会は設置されるのだろうか。

 議長・副議長が選出されていない都議会では、まず第1会派(今回はおそらく自民党)が各会派代表者会の開催を呼びかけ、新生都議会の運営方法について話し合いを始める。議長・副議長の選び方一つも話し合いから始まる。正攻法なら第1会派から議長、第2会派から副議長となる。だが、共産党が第2党だった時代、自公過半数を確保していたために、第3党である公明党から副議長を選出したことがある。

 今回、上記のような慣例に従うなら、自民から議長、都ファから副議長を選出することになる。自公は過半数を確保していないので、都ファを差し置いて公明から副議長を選出することはできないと考えていい。

 都議会の定例会・臨時会は知事が招集する権限を持っている。しかし、臨時会に関しては議長か、議員定数の4分の1以上の議員から知事に対して招集を請求することができる。その場合、知事は20日以内に臨時会を招集しなければならない。今回の都議選で、共産と立民の合計議席数は34議席なので、臨時議会の招集を知事に請求する権限がある。前期の都議会でコロナ対策関連予算の専決処分が相次いだが、今後は議会招集権との兼ね合いで知事サイドがどう動くのかも注目されるポイントだ。

 これまで都議会のキャスティング・ボートを握っていたのは、都議会第2党の公明だった。自公主導の都議会は、自公過半数を維持しているからこそ可能なのだ。今回はそのくさびがない。知事与党である都ファは、他会派の力を借りないと知事案件を通すことができない。そのときに、都ファが自民・公明と組むのか、共産・立民と組むのか。どちらと組んでも過半数を得ることができる。

 第1会派である自民は、都議選で連携した公明を巻き込んで、自公主導の都議会運営を目指すだろう。一方、第2会派である都ファはどちらを向いて動くのか。やはり、小池与党である公明に忖度するのか。それとも前期と同様に、是々非々で共産・立民などと〝共闘〟することがあるのか。

 私は、そこは悲観的に見ている。

 おそらく新生都議会は自民・都ファ・公明の3党の主導にならざるを得ないと思う。自民は選挙期間中、小池批判がほとんどなかった。もちろん、自民の都議には腹の中に色々と持っている人もいるだろう。だが、党全体としては次第に小池与党化が進み、自・都ファ・公が小池与党として都議会を厚く支えていくことになる。

 だから、マスメディアの「自公過半数割れ」という認識は、算数として間違っていないが、正確には「小池与党は過半数を確保」が正しい。

 おそらくこれからの4年で、小池知事の自民復党、小池都政の自民傀儡化、都ファの分裂による小池与党の再編へと進む。かつて石原都政がそうであったように、強烈な癖のあるキャラクターである小池人気に支えられ、保守・中道の都政へと変貌していくのである。

【まとめ】自民党の情勢調査だけが独り歩きした都議選

 今回ほど、自民党の情勢調査の結果が独り歩きした都議選は初めてだ。選挙区ごとの詳しい情勢を報じたのは毎日新聞だけだった。コロナ禍で細部にわたる情勢調査ができなかったのかもしれないが、報道機関が自らの使命を放棄し、小池知事の動静ばかりを追った結果、最終盤の都ファの急浮上を生んでしまったような気がしてならない。

 そもそも、自民党は前期都議会で小池与党化が進んでおり、選挙戦では平場での小池批判はあまり見られなかった。マスメディアが描いた「都ファ対自民」という対立軸は、現実の都政においては違和感があった。彼らは、この4年間で、都政がどう変化していったのかを見ていないのだ。4年前のままで思考が停止している。

 告示日に武蔵野市選挙区に応援に入った立民の枝野幸男代表の囲み取材に立ち会ったが、せっかく囲み取材の場を設けても都議選の質問は1社だけだった。他の質問は国政や他党、横浜市長選のことばかり。都議選の告示日に政党の代表を前にして、都政の質問が出ない。これがマスメディアの本音で、衆院選への影響を面白おかしく描くことしか考えていないのだ。

 そういうマスメディアが面白おかしく、小池知事の動静をネタに憶測記事を並べ立て、中野駅前をてくてくと歩く小池知事の映像を垂れ流し、都ファの善戦健闘をアシストしたのである。

 真面目に都議選を取材している記者やジャーナリストからすれば、アホらしいの一言ではないだろうか。


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