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[無いものの存在]_12:義足は乗り物

2020年1月10日、遂に義足の仮合わせがあった。
午前中にリハビリ施設に到着したが、医師の診察は午後だったため、義足を持ってきた義肢装具士とPTに「先に着けてみる?」と促され、すかさずリハビリテーションへ向かった。

自分の初めての義足を目にした感想は、やはり多軸の膝継手を選んで良かった…という興奮だった。パーツに関してはそれなりに調べたり、義足の友人に相談して選んだのだが、やはり見た目でテンションの上がる義足が良い。僕が選んだ膝のパーツ(Ossur社のTotalKnee2000)は、複数の軸で構成されていて黒光りしている。きっと短パンから見えていたらかっこいいだろう。

そしていざ義足を着けて平行棒の中に立ってみると、歩くぞ!という緊張感と自信がみなぎり、大事な試合前の様に気持ちが高ぶってきた。
初めは平行棒を握りながらながらゆっくりと体重をかける感覚を掴もうする…。ぐっとソケットがお尻や股に当たり負荷が掛かる。
僕も切断するまで知らなかったのだが、大腿切断の場合は断端面で身体を支えるのではなく、義足のソケットにお尻の骨を乗せて体重をかけるのだ。感覚としてはガードレールに腰掛けるようにしてソケットに体重をかける。慣れてくれば良いのだが、初めのうちはソケットと身体の噛み合わせが掴めず、お尻や恥骨が痛くなってしまった。
それでも一歩も踏み出せないなんてことはなく、たった数十分練習しただけでも前に進むだけなら意外と出来る。でもきちんと歩くために、どうしたら身体の軸を真っ直ぐに保てるか、膝の振り出しはスムーズにできているか、左右同じ歩幅で歩けるているか、まずは自分で色々気にかけながら数時間リハビリテーションで過ごした。

午後の診察を挟み、平行棒内でしばらく歩く練習をしながら考えたことは、義足は「歩く」というよりも「乗る」に近いものなんじゃないかということだ。
最初はスムーズに歩くことを目指していたが、義足を使いこなすイメージが「歩く」という平坦な運動じゃなくて、「乗りこなす」くらいアクティブな状態を思い描いた方が心置きなく義足に身体を預けられる。
実際に義足で踏み出す時は自分の身体を投げ出して道具に重心を委ねているため、その間はまるで車の中から外を眺めるように過ぎ去る景色と自分の身体感覚にズレがある。またはスケボーに乗りながら辺りの景色を眺める、そんな感覚に近いと言えば良いだろうか。

「義足に乗る」と捉えたのにはもうひとつ訳がある。
それは「足」という既存の身体に近づけようとすることの限界があるような気がしたからだ。
僕の場合、切断前も人工関節が入った右足だったので既に健常者の足とは異なる。特にここ10年は膝もほぼ曲げられない状態での生活が続いていた。だから切断前の足に寄せるのではなく、もっと新しい身体図式の更新を思い描くほうが歩行の習得が容易ではないかと考えたのだ。
どうやって身体図式を更新するか。以前のnoteで掲載したデカルトの『屈折光学』の挿絵のように、手に持った棒の先端に知覚が延長するような感覚がひとつのビジョンとなるかもしれない。
それにはまず幻肢のイメージを義足に重ねてみることが手がかりになりそうだ。術後間もないころ発生箇所がかなり明確な位置を示すパターンの幻肢痛から考察できたことは、幻肢は客観的な空間の中にはっきりと定位される主観的な経験であるということだった。だからそうした幻肢の感覚を応用することで、義足のつま先や足の裏の感覚をしっかり把握してスムーズな歩行に繋げられるかもしれない。

これはかなり使える技術ではないだろうか。
例えばラバーハンド錯覚で、ゴム手袋と自分の手を混同してしまうという錯覚を経験したことがある人は意外といるだろう。『脳のなかの幽霊』で知られるラマチャンドラン博士の実験でも示されるように、人間の視覚と触覚のズレによって引き起こされる錯覚では、その人の身体感覚が拡張することがある。
前述のように身体図式を更新するためには、触覚は幻肢、視覚は義足を通じたそれぞれの知覚のフィードバックを用いることで、新しい身体が形成できるはずだ。その身体は僕にとっては切断前の足とも違う、根本的に新しい移動手段である。
だから車の車体感覚を掴むように、義足は幻肢で乗りこなす新しい乗り物なんだ。

こうして10日の初リハビリは夕方まで続いた。
しばらく慣れるまでは家の中と家周辺だけの使用範囲に止めれば義足を持って帰ることが許可された。
さっそく義足を履いて帰りたかったが、家までは義足を手で持って帰らなくちゃいけない。
一本足で松葉杖。担いだIKEAの袋には義足。
なんともちぐはぐな状態で電車に乗ることになった。

今月下旬からしばらくリハビリのために入院することになった。
習得が早そうだということで、短期集中強化合宿として10日間ほど入院してきちんとした歩行を身につけてくる。
上記の技術を積極的に織り交ぜてみよう。

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