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[無いものの存在]_38:『義足の発芽』③足のアップデート

判定を終えたので、いよいよ本義足の制作が動き出す。
判定では全てが希望通りにはならなかったが、特に足首のパーツについては複数の選択肢を提案してくれた。基本的にはその中から本義足のパーツを選ぶことになる。

まず大きな変更はソケットのタイプだ。ソケットは大きく分けるとシリコンライナーに付いているピンを差し込んで義足と固定するピン式と、ソケットの内側を真空にして義足を固定する吸着式がある。仮義足では断端が痩せていくのに合わせて断端袋で調整する必要があるため、ソケット内を真空にする吸着式は不向きなため自ずとピン式のソケットが採用されるのだ。
昨年の夏は急激に断端が細くなって断端袋を重ね履きしていたのだけれども、秋には断端袋無しに戻り、年末ごろから徐々に仮義足がキツくなってくるのを感じていた。そして今年に入ってからかなり辛くなってきて、少し歩くと断端が鬱血したり、股がソケットで擦れて真っ赤になっていた。ここ3ヶ月は10分も歩けば痛くなってトイレに入って義足を脱いだり、隙あらばソケットを緩めないとまともに歩けないような生活になっていた。正直仕事など最低限の理由が無い限りは出かけるのもしんどかった。
つまり、僕の断端は太っていたのだ。確かに切断前までは感染症に体のエネルギーを吸われていた気がするが、切断後には全身から怠さが無くなったのだ。そして実際に多くの人から「前より太った?」と言われるようになったので、そりゃあ断端も太ったのだろう。
本義足制作を前に太っていたことが分かったのは良いのだけれども、大変なのはこれから一生現在の体型をキープする必要があるということだ。吸着式はピン式のように断端袋で調整ができないので、体重の増減は最大でも±5キロ程度だと言われた。それ以上太るとキツくなって履けなくなるし、痩せてしまうと真空状態が作れなくなる。
そんな吸着式のライナーはピン式と比べてはこんな風に違う。先端はまるっとしていて、側面にはヒダのようなものが付いていて、ここがソケットに引っ掛かって真空状態をつくる。(左がピン式、右が吸着式)

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ピン式は先端のピンをソケットの穴に差し込み下記の写真のようなネジによって固定される。

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吸着式はただソケットに足を突っ込むと下の写真にあるバルブから空気が抜けて真空状態になる。脱ぎたい時はこのバルブを押すとソケット内に空気が逆流して義足を脱ぐことができるのだ。ソケット内に少しでも空気が入ると義足が脱げてしまうため、椅子に座ったり義足と足に隙間が生まれるような角度になると空気が入って義足が緩んでしまう。だから椅子から立ち上がる時は一瞬ソケットに足を突っ込みなおさないといけないという一手間はある。

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しかし吸着式は断端全体で義足と接続している感覚があり、義足との一体感が抜群に向上した。今までは断端の骨からピン、そしてピンから義足と直線で繋がっている感覚だったものが、吸着式の履き心地は直線的な骨に比べて周囲の筋肉でフワッと包み込むような装着感がある。

膝のパーツは仮義足と同じくOttobockの3R95を使用するので変化はないのだけれども、吸着式になったことでソケットの機構が変わり、膝の位置が以前よりも下に下がることになるのだ。

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これについては膝が下がった分、足首のコントロールが変わるんじゃ無いかという懸念があった。今まで付けていたダイナダプトというパーツはクッション性が高く、パーツもおおぶりで棒との接点は地面から高くなっていた。これは歩いた時の感覚で言うとサスペンションの打点が高い感覚と言えばよいだろうか(リフトアップしたジムニーみたいな)。なので自分のコントロールが伝わりやすい3R95との相性が良く、リズミカルに歩くことができる足部だった。
しかし、膝が下がることで膝から足首のパーツの接合部分までの距離は短くなる。それによってコントロールがしにくくなるんじゃないかと思ったので、今回複数提案された足首のパーツはその点に気を使って色々試してみようと思ったのだ。膝から足部の接合部までの長さを仮義足と同じくらいにするためには、今度は地面から接合部までが短い足首のパーツを選ぶことになる。
選んだのはXtend-Footというスウェーデンの会社が出すパーツだ。創業者が元々アウトドアの趣味があった義足ユーザーでもあり、Xtend-Footは地面の傾きに合うしなりが効くようになっている。(画像は公式サイトから)

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パッケージはまるでナイキのエアフォースワンが出てきそうな箱でおしゃれだ。足のカバーで隠れてしまうが、見えない部分がオレンジ色というのも一癖あって好きだ。機能面でも不安定な自然の中を歩くことも多いので、自分の生活にも適しているかと思い試してみたのだ。

しかし、Xtend-Footのかかとは思ったよりも硬かった。
かかとが硬いと足を着いた時にかかとを支点にして足が少し回ってしまうので正しい方向に爪先を着地させることができず、その後の足の運びが不自然になってしまう。体格の小さい僕には柔らかめのかかとをしたパーツが良いだろうということで、候補として上がっているバリフレックスを試すことに。バリフレックスは少し前に大幅に値下げされたことで僕にとっては判定に適したパーツとして浮上したものだ。仮義足で使用したダイナダプトと履き比べた時は僅差でダイナダプトに軍配が上がったのと、ダイナダプトと打点の高さが変わらないのでコントロールに不安もあった。Xtend-Footと比べてみると高さがこれくらい違う。

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左がXtend-Footで、右がバリフレックスである。
実際履いてみるとXtend-Footよりも断然歩きやすい、姿勢も背筋が伸びるしふらつきもなくなる。不安だったコントロールもなんの問題もなかったので、足部も即決でバリフレックスになった。

仮義足の時に散々パーツ選びをしたので、パーツや多少のセッティングの違いに敏感になり、義肢装具士とのやりとりもとてもスムーズに進んだ。
ちなみにこうやってパーツを履き比べているときに、たまに義足が中途半端な状態になる。足首を取られて棒だけになった途端、右足がとても奇妙な感覚に陥るのだ。それこそ幻肢を知覚した当時に妄想したような足が伸びたような感覚になる。棒の先から足の感覚が一直線に溶け出すような、足の輪郭が弾け飛んだような不思議な気持ちになる。拡張すると同時に、この足では歩けないという強い違和感が同居した感覚はなんとも奇妙なものだ。それが足首をはめてもらった途端に無くなるのも面白い。
これはたぶん、傘や杖を人に向けたり、遠くを指す時の感覚に近いかもしれない。自分の志向を具現化し、見えない意思を飛ばすような感覚だ。例え足が切断されていようと、その人間の四肢の先端からはそういう意思が放出されているんだと思う。それが枝や義足の棒など、体とは別の物体によって延長されることで、まるでホースのように圧縮された意思がその棒から飛んでいく。こういう感覚を確かめると、義足がただの補助具ではなく、自分の意思を無意識にでも反映させていく相棒なんだなと確信する。

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これで本義足のパーツ選びは終了した。
これから義肢装具士が最終的なオーダーを作成し、自治体からも制作の許可が出たら本当に本義足の制作に着手となる。

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