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[無いものの存在]_14:義足が知りたい

リハビリ3日目。
もう杖も無しで歩けるようにはなった。
まだ長時間歩くのは厳しそうだけど、どんどん歩行は安定してきた。
正直昔から運動には自信がある。身体の動かし方の要領を掴むのは比較的早い。だから義足もすぐに歩ける自信があったし、幻肢を含めてそのためのイメージトレーニングは繰り返していた。
限られた入所期間を使って最大限のパフォーマンスを引き出してから外来のリハビリに切り替えたいので、ガシガシ進めている。

歩行訓練もそうだけど、入所しているメリットは義足のパーツ選びや調整がすぐに出来ることだ。
この日は他の膝継手(膝関節のパーツ)を試させてもらった。
装着したのは現在使っているOssur社の単軸でイールディングタイプのMauch knee。

現在のTotalKnee2000は多軸のバウンシングタイプ。
何が違うかというと、多軸は関節部分が複数あり、単軸は一軸だけで構成されている。その分クッション性や安定性に違いがある。
それからイールディングとは膝にロックが掛からず、ゆっくり折れ曲がる。それに対してバウンシングは体重をつま先まで乗せるとロックが外れて曲がり出すという機構の違いがある。

いざ、Mauch kneeを試着。
安定はしているものの平坦なところを歩くのはあまり楽しくない。
Total Kneeと乗り心地がまったく違う。乗っていても楽しくない。
この膝は人工関節の感覚に似ているとも言われるらしい。確かに僕の足に入っていた人工関節もいわば単軸。今までの感覚に近いからか新鮮味にかける感じだった。
でも、このイールディングが真価を発揮するのはスロープや階段だ。膝がゆっくり曲がるので、体重を乗せながら一段ずつ安定してスロープや階段が降りられる。一方のバウンシングは通常は階段は一段ずつ降りることは難しいとされている。教科書的には。というのも、同じくTotalKneeで階段を降りる人の動画を見ていたから、自分もできると信じ込んでいた。

義足はミリ単位のセッティングの違いでも歩きやすさが大きく変わる。
構造の異なるパーツを使えば当然歩く感覚も別物になる。Mauch kneeは安定していて義足に身を任せられる分、義足に歩かされている感じで面白みにかける自動運転のようだが、TotalKneeは自分の身体でアナログにコントロールできる感覚があって、使い方次第でもっと良いパフォーマンスが引き出せそうだった。

その様子を見てPTさんから提案されたのがOttobock社の3R95。小さい。

高活動にも対応するシンプルな単軸。勧めてくれたPTさんからは「3R95はブラックコーヒー、砂糖ミルクなし」と説明された。シンプルな構造だから使う人次第ってことだ。
次週にデモ機が届くのでそれまでは引き続きTotal Kneeを使ってみることにした。

そして4日目は足部(足首)のパーツを色々試してみた。
最初に着けていたのはVariflexというちょっと高額なモデル。何も気にせず、高性能っぽいので値段を惜しまず組んでもらったのだが、この高額ってのが義足を作るうえで複雑だということが後々分かったのだ。
義足には「仮義足」と「本義足」という2種類があり、それぞれ保険の適用など患者の負担や作る手順が異なる。
特に最初の仮義足に至ってはまずは患者自身で全額支払わなければいけない。(まずそれが驚愕。だいたい100万は超える。)基本的には保険で7割が補填されるのは全額支払い後のうえ、支払いは現金か振り込みのみとくる。弱小フリーランスには厳し過ぎる条件である。
さらに、高額だと自分の負担も大きいだけじゃない。本義足を作る時には使用パーツが適正かどうか、東京都の認定審査が必要になる。
このVariflexは僕の条件だと認定が下りない可能性が高いという。
これは事故か病気か、どんな仕事かなど諸条件によって決まってくる。
だからPTや義肢装具士は、義足のセッティングを見て、その人が労災か保険かなどが分かるという。仮義足は自己負担で高額パーツも買えるが、本義足の審査が通らなくなる可能性もあり、そうなると意味がないので最初から本義足の審査も見越してパーツを選ばないといけない。お金と身体、色々考えることがある。

ということで早めにVariflex以外のパーツを見つけるべく、ナブテスコ社の足部を3種履き比べ。靴を履き替えるように次々とパーツを交換する。本当にそれぞれ着け心地が違う。一歩踏み出せばその違いがすぐにわかる。

(出典:http://welfare.nabtesco.com/gi/free_f/free_f.html)
ベテランPTさん、同世代の義肢装具士さん、みんなで僕の足をどうするか、色んな戦略を立てていく。
F1っぽい。
どんな義足でもドライバーは僕以外代わりはいないので、ドライビングのテクニックは高めておかないといけないし、どうしたらもっと歩きやすくなるか、周囲の客観的なアドバイスに応答できる自己分析が要求される。

通常のリハビリではただ歩くための訓練に時間が費やされているが、それはなかなかもったいない気がしてきた。
僕が入所する施設には義足や義手の展示スペースがあり、現在使われる様々なパーツだけでなく大正時代の義足なども展示されている。職業柄「展示」自体興味があるし、展示されている義足や義手もその造形自体かなり面白い。
作品を鑑賞するには、見たままを楽しむという入り口も必要だが、より深く作品を理解するにはコンセプトを読み込んだり、過去の作品との系譜を読み解くことも重要な視点だ。または作品を制作したアーティストを知ることも様々な発見がある。
義足のリハビリもただ歩く訓練だけじゃなく、義足の歴史や作り方について知る機会があったほうがいいんじゃないだろうかと強く思う。
どんな意図で、どんな制度で、どんな構造で、どんな人が作った義足が自分の身体までたどり着くかが分かると、義足への理解が増す気がする。
頭でっかちになれというわけではないが、義足を知ることはその義足を血肉化する重要なプロセスなはずだ。

そう考えていくと、自分にはどんな「足」が必要かということ自体を問い直してみても良いのかもしれないと思えてくる。
昔、車椅子バスケの先輩で建築学部に通う人が「足元の悪い現場に義足じゃ対応できない。俺はキャタピラでいい」と言っていたことを思い出す。
もちろん見た目を足に近づけて、本来の足のように動かせることも大切だと思う。特に日本の義足・義手の外見は昔からクオリティが高かったようだし。
でも義足に小物入れのひとつくらい付けたっていいだろうし、今だったらiPhoneが充電できるとか。
僕は展覧会の設営で工具を使うこともあるからマキタ製の義足とかどうだろう。インパクトの充電ができるとか。マキタさん、ぜひご検討ください。実験台になります。

そんなこんなで義足を着けるのも見るのも触るのも楽しすぎるのは、実は中学生の時の将来なりたい職業が義肢装具士だったからだ。
小さい頃から工作が好きだったのと、12歳で骨肉腫になって1年ほどは装具を使用していたから当事者の気持ちもわかる気がしたというのが惹かれた理由だ。
その後、興味関心は広くデザイン分野をあちこち巡ったあと、アートマネジメントに関心が絞られ、大学へ進学し今に至る。
それが巡り巡ってまた義肢装具と出会い直した感じだ。

自分の身体を支える大事な義足。この作品については誰よりも詳しくなって大切にしなくてはいけないと思う。

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