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[無いものの存在]_15:リハビリ室の床はいかに平らなことか

1月24日(金)のリハビリを終えてから土日は自宅へ外泊をしていた。土日はリハビリもお休みなので施設にいてもやることがない。
外泊中も義足の持ち出しと使用は許可されたので、お守りに杖をつきながらリハビリ実践編である。
この土日でリハビリ室ではわからない事が色々わかった。
それはまず帰宅早々に起こった。

義足ってどこで脱げばいいの?

家に帰る。
玄関で左足の靴を脱ぐ。
次はたぶん3パターンある。

①もう家だからパンツで良い
・左足の靴、ズボン、義足を玄関で脱ぎ捨てて家へ上がる。

②家では義足は外してます
・頑張って義足から長ズボンを脱がす

③家では裸足の義足を付けてます
・両足の靴を普通に脱いで上がる

とりあえず僕はパターン②を選んだ。
図示すると簡単に見えるが、ライナー、義足、靴、ズボンの4層構造はなかなか複雑だ。
とりあえず義足に靴を履かせるのも脱がせるのも難しいし、義足に長ズボン履かせるのも脱がせるのもめんどくさい。

いざ、外へ

25日は、最近友人のアーティスト、建築家と立ち上げた「喫茶野ざらし」という喫茶店(の名を借りたアートスペース)で店番をしていた。
墨田区吾妻橋にある「喫茶野ざらし」までは自宅から車で30分ほど。近くのコインパーキングから喫茶店までは人混みも大してなく、穏やかな道路を歩けばたどり着くから問題はないのだか、さすが実践編、色々な工夫が求められる瞬間がたくさんあった。

10時のオープンに向けて、9時ごろから店内の清掃やらをアーティスト中島晴矢と一緒に進めていた。
細長い厨房やそれほど大きくはない店内を歩いていると、なかなか膝をスムーズに曲げて歩くのが難しい。この時に使用している膝継手のTotal Knee 2000は、つま先まで体重を乗せないと膝が曲がらないようになっており、リハビリ室をずんずん歩くのは問題なかったが、小さなスペースを小刻みに歩くのにはコツがいる。
午前中はお客さんも来なくて暇だったので、外に出たくなり、店前でけん玉タイムを決め込んでいた。

足を切断して随分と身体が解きほぐれたので、思う存分全身を動かしたくなる。
今はリハビリは相当な運動になっているので、急に土日に身体が動かせないとウズウズしてしまった。久しぶりにやるけん玉は、人工関節よりも膝の屈伸が使えていい感じだった。

午後は義足姿を見に知り合いもたくさん来てくれたので、店内でコーヒーを入れたり客席に混じって話したりを夜まで続けていた。
まだ義足のダイナミックな歩行と空間のスケールが合わせられず、膝を曲げずに歩いてしまうことが本当に多かった。リハビリ室ではあんなに歩けたのになかなか悔しい。

それからいかに地面が立体的なものかを身をもって体感した。もちろん店内は平らだけれども、駐車場のちょっとした傾斜や、店に入る段差、土間からフロアに上がる段差、日常にはこんな高低差があるのかと思い知った。そして義足でそれに対応する身体の使い方がまだまだ獲得できていないことも。

これは義足のセッティングや歩行のリハビリを重ねればある程度はカバーできるとして、他にも色々分かってきた。

トイレめっちゃ面倒じゃん。

トイレも便器から壁が比較的近いので、まず小さな部屋の中でTotal Kneeの膝を折る動作が一苦労。
さらに義足をつけたパンツを下ろそうとすると、シリコンライナー(義足を履く前に断端に被せるカバー)に引っかかって脱げない。膀胱の気を緩めるタイミングを間違えたら危ないところだった。
2回ほど同じ方法で苦戦した挙句、もう義足を脱いじゃえばいいと考えて、トイレの中で一度義足を外して用をたすようにしてみた。義足を外せば問題ないのだけど、どうしたって今度は履くのがまた一手間かかる。
僕が履いている義足はライナー式と呼ばれるタイプで、シリコンライナーの先端に着いたピンを義足のソケットの穴に通して固定するのだが、このピンを穴に通した後にしっかりとピンを奥まで刺すためにネジを回さないといけない。きちんと調整したソケットならスムーズに刺すことができるみたいだけど、まだ仮義足前の調整段階なので、毎回ネジを締める必要がある。
しかもこのネジ、手では閉められず、溝にコインを入れて回さないといけない。ポケットには硬貨の携帯が必須となる。

こういうの、慣れればなんてことないのかも知れないが結構段取りの良さが要求される。

義足を履いてただ歩く分には良いけれど、いざリハビリ室を出てみると細かな工夫がたくさん必要になってくる。
今日もPTの方から聞いたのは、退院後に義足を履かなくなってしまう人も多いそうだ。適切なセッティングを見つけられず自分に合わない義足のまま退院して、結局履くのが億劫になってしまうことがあるらしい。こうした実情の調査がされていないことや、制度上の問題、歩行レベルの格差や様々な課題を現場の人の声で聞くことができた。これはまた別の回できちんと触れたい。

ブラックコーヒー味の膝継手

そんな実践編を経て27日からまたリハビリ施設へ。
リハビリ5日目となる本日、前回紹介した膝継手3R95のデモ機が届いたので早速交換。
それにしても小さい。なんの仕掛けもないくらいシンプル。

この膝継手はTotal Kneeのようにロックは掛からず、極端に言えば膝は常にふにゃふにゃ。膝がガクッと曲がらないように自分でコントロールしなくちゃいけない。自分のパフォーマンスがダイレクト通じる。
最初履いた途端膝の柔らかさに思わず笑ってしまった。本当になんの仕掛けもない。
PTの方に「ブラックコーヒー」「マニュアル車」と説明されたのがよくわかる。
まずは平行棒の中で練習。
一歩、二歩。膝が折れない足のつき方を確かめる。
不安もあったけど案外いけるということがすぐに身体で分かった。
そこからはもう杖もなく歩けはしたのだが、細かい角度や長さの調整が必要な感じがする。Total Kneeより明らかに足の運びがスムーズではなくなった。
PTや義肢装具士に見てもらいながら、僕もどんな風にしたらスムーズに足が運べるか、集中して感覚を掴むように歩いた。
1時間ほど調整を繰り返しながら、先日注文した別の足部に付け替えてみることにした。
選んだのはFreedom Innovations社のダイナダプト。Total Kneeと組み合わせたらクッションが効き過ぎてポヨンポヨンした歩きになってしまったので外していたが、クッションの無い単軸の膝継手である3R95との相性はとっても良かった。足の運びが格段にスムーズになった。

これならTotal Kneeのように体重をつま先まで運ばなくても足を曲げられるので小回りが効く。足の回転数が本人次第である程度まで上げられるからだ。
そして座ると時もつま先を押し付ける必要もなくスルッと座れる。
これで前述の喫茶野ざらしで体験した懸念点はカバーできそうだ。
明日から残り数日のリハビリはしばらくこれでいこうということになった。
はじめてのブラックコーヒー味、美味しくいただきました。

ひとつ気になることがあるとすれば、色がダサい。

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