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[無いものの存在]_20:パンツとダンタンブクロ

切断して残った足を断端(ダンタン)と呼ぶ。英語だとstumpというらしい。直訳すれば切り株。もう少しかわいい名前なら良かったのにという気持ちはしまっておいて、この切り株は以外とお手入れに気を遣う。

義足を履くために皮膚トラブルの解消はもちろんだが、断端の太さの変化にも気をつけなくてはいけない。
断端は切断直後は手術の影響もありまるっとむくんでいるが、時間をかけてどんどん細くなっていく。半年から1年かけて腫れが引いて筋肉も引き締まってスリムになるので、そのタイミングで仮義足から本義足へと作り変えるのだ。

一度ソケットを作ってしまうと、そこから断端の太さが変わると義足をフィットさせるのに一苦労することになる。しかもこの太さは1日の中でも変化があり、朝はむくんでキツイと思ったら、昼にはゆるくなってしまったりするのだ。
先日、胃腸炎になって39度の高熱が2〜3日続き、しばらくの間まともに食事ができず、痩せてしまったことがあった。すると義足がゆるゆるになってしまい、歩いているうちに徐々に足が外向きに回転してしまうようになった。
体は日々変化するけど、今度は義足側に体を矯正しなくちゃいけなくなる。

こうした日々の変化を調整するのが「断端袋」(ダンタンブクロ)といういわば靴下みたいなものだ。

種類がたくさんあって、線の太さによって厚みが異なる。
見た目は抜群にダサいのだけど、徐々に細くなる断端に合わせてこれらを組み合わせて義足とのフィット感を調整する大事な袋なので、悪いことは言えない。
体から義足までの間にはシリコンライナー、断端袋の2層構造・・・と、思いきや、最近気が付いたのは、義足を快適に履くためには、パンツ選びから重要だということだ。

2月上旬にソケットをこれまでとは違うIRC型というタイプに変更していた。これは体重を支えるおしりの骨との接点をソケットの内側に半分収容させることで、長時間座っても痛くならないようになったりするメリットがあり、僕の仕事を考慮して義肢装具士が提案してくれたのだ。しかもこのソケットはとても断端にフィットして、以前よりも義足が軽く扱えるようになったことは大きな改善である。
一方で事前に義肢装具士に言われたのは「ソケットがおしりの割れ目に攻めてきます」という、義足と僕のおしりのせめぎ合いの予告だった。おしりの割れ目を攻められたことはまだ無い。どんな風に攻められてしまうのか。恐い。

リハビリ施設で仮合わせをするだけの短時間ではそのせめぎ合いはあまりわからなかったが、長時間歩き回ると攻防が理解できた。
確かにソケットが断端からおしりのカーブにかけてかなり際どいラインまで包み込んでいるので、特に義足と断端に少しでも緩みがあるとおしりの割れ目にすかさずソケットが攻め込んでくる。
さらに、僕は普段ボクサータイプの下着を履いている。義足を履く時は右足の下着に被せるようにシリコンライナーを履くので、下着をいい感じの位置にした状態でシリコンライナーを噛み合わせないと、下着右半身がシリコンライナーに抑えつけされることで左半身もそれにひっぱられ、下半身のいろんなところが下着やらシリコンライナーやらで擦れてしまう。涼しい顔して歩いているようで見えないところが大惨事になっていたりする。
冒頭に断端の皮膚のケアも大切と書いたが、下着がヨレた状態でシリコンライナーを履いたりしてしまっていると、ヨレた箇所だけ擦れて断端がミミズ腫れみたいになっていたりするのだ。
ついつい義足に目がいきがちだが、見えないところで静かに攻防が繰り広げられている。
そのおかげで何枚かのパンツは残念ながら今後の僕の生活から落大してしまった。

幻肢を義足に重ねようと、義足をどんなに乗りこなそうと、その手前には湿っぽい肌感覚が息を潜めている。これは一歩間違えると義足のソケットの調整が必要になる事柄かもしれないが、この肌感覚で掴めているものが、治療の対象なのか、治療の外側で行われるべき僕と断端と義足とパンツのコミュニケーションなのか、その見極めは慎重にしないと、自分の肌感覚がいともたやすく治療の中に埋没してしまう。

パンツとダンタンブクロ。
大切なものをしまう2枚の布。

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