官僚は人数ではなく才能


貞観元年(六二七)に、太宗は房玄齢らに言った。
「政治の根本は、その人の才能を詳しく量って適職をあたえ、官僚の数を省くよう努めることである。だから、「書経』は「ただ賢才だけを任官せよ」と言い、また「官職は必ずしも人をそろえなくても、ふさわしい人だけを採用すればよい」と言っている。官僚は、才能ある人がいればそれでいいのであって、人数は少なくてもかまわない。才能のない者をたくさん雇っても、どうしようもないではないか。昔の人は、官僚のポストを用意しても、それにふさわしい人材が手に入らなければ、地面に描いた餅のようなもので、食うことはできないと言っている。「詩経」の詩には、「事を謀る者が多すぎて、かえって結論が出ない」という状況が詠われている。また孔子も「斉の管仲は大勢の家臣に兼任をさせなかったから、倹約家ではない』と言うし、さらには「千匹の羊の毛皮も、一匹の狐の腋の皮の素晴らしさにはかなわない」とも言う。こういう話は、古典に拾ってみれば枚挙にいとまがない。つまり、官職を併合して役人の数を減らし、適材適所を心掛けるべきなのである。そうすれば自然とうまく治まるだろう。そなたはよくよくこの道理をわきまえて、官僚の人数を定めてほしい」。
これによって房玄齢たちは、文武官の総数を六百四十貝と決めた。太宗はその案に従い、さらに玄齢に向かって、
「今後は、楽人や技術者などでずば抜けた腕前をもつ者がいたとしても、ただ美をあたえて技能を誉めるだけにしなさい。決して、高い位を授けて朝廷の高官たちと肩を並べたり、食事に同席させたりして、高官たちに恥をかかせてはならない」と伝えた。

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