ぢ
「ぢ」ではじまる単語がない。
昔には「じ」と区別される発音があったらしい。だから昔には「ぢ」ではじまる単語も発音もあった。
「適者生存かね」
男が言う。
発音記号はあるようだ。けれども、まだ「ぢ」が話されていた時期にすでにその発音記号はあったのか。そのことでずいぶんと違ってくる。
「考古学みたい」
女が言う。
時の進むのにつれてこぼれていって、すっかり埋もれてしまったものが他にもたくさんある。
「私たちもそうね」
女が言う。
なにも「ぢ」だけでなく、言葉だけでない。幾兆のニュートリノが知らないうちに物体をすり抜けているように、私たちは日常に生きて様々を素通りしているらしい。
「適者生存さ」
男と女は屍の上をかまわず歩く。