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組織のモチベーション(10)「熊本鶴屋百貨店が生まれ変われた理由」

 共同体化してしまった企業では、イノベーションは起こり得ないのでしょうか? ここまで書いてきたように、共同体では、メンバーの居心地の良さが何よりも優先されるため、変革が好まれません。イノベーションには、既得権益のディスラプション(破壊)が含まれているからです。
 共同体企業から、イノベーションを起こすアイデアを依頼されたら、そのアイデアが革新的であればあるほど、成就しないと思った方がいいでしょう。ただし、経営者に強烈な危機感と覚悟があれば、話は違います。共同体化を打ち破ることができる可能性があります。今回は、共同体化を打ち破った事例として、熊本県熊本市にある鶴屋百貨店のイノベーション・プロジェクトを紹介します。
 鶴屋百貨店は、熊本城のお膝元にあり、熊本で絶対的な老舗ブランド力を誇っており、地方百貨店の中では、珍しく売り上げが堅調な百貨店です。しかし、我々が2013年に初めて訪問した時は、老舗ブランド力にあぐらをかいてしまっている部分も無きにしもあらずでした。
 社員の意識はというと、
 ・毎日忙しいけど、居心地が良い。
 ・ 仲間意識が強く、内輪受けが好き。
 ・斬新な提案は、出る杭として打たれてしまう。
といったものでした。まさに、典型的な共同体組織です。
 2011年に異例の大抜擢で鶴屋社長になられた久我社長だけは、このことに強い危機感を感じ、会社の閉塞感を打ち破るために外部アドバイザーを探していました。2012年に、「コミュニケーションをデザインする本」(岸 勇希著)を読んだ久我社長から相談を受けて、岸氏と私は、鶴屋百貨店に招かれました。
 久我社長からの相談は、良い広告を打ってみたいとか、インパクトのある催事を行ってみたいとかいう短期的な話ではなく、鶴屋が10年後、50年後、100年後も生き残れる企業になるためには、どうしたらよいか?という話でした。
 そのためには、組織が変わらなければならない。共同化してしまった馴れ合い組織を打ち破り、自由闊達にアイデアを出し合うことで、自己革新し続ける組織にならないと生き残れないという強い危機感とビジョンをお持ちでした。そして、自分で自分の手術ができないように、改革は自社だけでは成功しないという信念のもと、「まな板の鯉のつもりで、どんな提案でも受け入れるので、思い切った改革案を出して欲しい」と言われました。
 こうした社長の覚悟溢れるオリエンを受け、人を変え、組織を変えるための「鶴屋イノベーション・プロジェクト」が始まりました。このプロジェクトが、なぜ凝り固まった共同体の殻を打ち破ることができたのか、“脱共同体”改革のポイントに沿って、説明をしていきたいと思います。

“脱共同体”改革ポイント(1)
異物混入「外様リーダー」

リーダー降臨-min


 共同体には、共同体内の“常識”が根付いていることがあります。その“常識”が、いかに世間とのズレが生じているのかは、共同体外にいる人間でないと指摘できないかもしれません。「鶴屋イノベーション・プロジェクト」のリーダーは、鶴屋の幹部の方ではなく、社外の岸氏が就きました。そして岸氏は、「社員が自由闊達にアイデアを出し合って自己革新できる企業になる。」という目標を達成するのに障害となる、「鶴屋に染み付いた常識」を次々と壊していきました。
 鶴屋は、熊本最大の百貨店で従業員が700人以上いるといっても、やはり狭い世界です。自分の思った意見を出し合うことは、人間関係の摩擦を生む可能性を秘めていると思われ、上司の顔色を伺い、尖った意見よりも無難な意見を出してしまう傾向がありました。しかし、トップクリエイターとして、良いアイデアを出すことに研ぎ澄まされてきた岸氏にとっては、社内に摩擦が起きてでも、尖った意見を発しなければ、良いアイデアには繋がらないという信念がありました。「そんな場で、そんな意見を言ったら、和を乱してしまう。」なんて常識は、全く意に介しませんでした。
 しがらみがなく、内部の空気を読まない外様リーダーという異物混入が、共同体の常識を壊すきっかけとなります。似たような例として、男社会の企業や官庁に女性リーダーが就任して、予定調和の不文律を壊すきっかけとなったり、ドメスティックな企業に外国人リーダーが就任して、日本独自の秘密主義や慣習を打ち破るきっかけとなったり、常識が染み付いていない外様リーダーだからこそ、改革を行うことができるのです。

“脱共同体”改革ポイント(2) 
情報の公開・共有化
「全従業員アンケートとフィードバック」

表現の自由

 社長から、自由闊達にアイデアを出し合えるようにしたいという話を聞いた時には、それがなぜそんなに難しい目標なのかが分かっていませんでした。「鶴屋イノベーション・プロジェクト」を始める前に、何人かの従業員にインタビューを行ったところ、従業員には、従業員の事情があることが分かりました。
 新しいアイデアを提案しても、「会社の事情が分かっていない」と上司に頭ごなしに否定されてしまうとか、ルーチン作業が多過ぎて、考える暇がないとか、アイデアを出して実行しようとしても、それをくじかせる障害が根付いているようでした。そして、それはトップに全く伝わっていませんでした。
 部署ごとに固有の事情や慣習があって、その情報が部署内に閉ざされていることが最大の問題でした。そこで、全従業員アンケートを行い、鶴屋社内でくすぶっていた、“アイデアを出そうと掛け声をあげても、誰も動かない理由”を吐き出してもらうことにしました。アンケートは無記名で、送り先も鶴屋イノベーション事務局宛に郵送してもらい、誰が何を書いたのかは、鶴屋社内では絶対追跡できないように配慮しました。
 このように、社内改革を行う手始めに、全従業員アンケートを行うのは、よくあることです。しかし、アンケートを一生懸命書いても、何も反応がなかったり、何に活かされているのかが分からないと、バカバカしくなり、もう二度と協力するか!という気持ちになってしまいます。アンケートが、従業員の意見も尊重しているというポーズに見えてしまうのは、プロジェクトを推進していく上で、かなりマイナスです。
 アンケートで一番大切なことは、その結果と影響をフィードバックすることです。「鶴屋イノベーション・プロジェクト」では、全従業員アンケートに対するフィードバック・シートを作り、全従業員に配布しました。フィードバックシートの中では、アンケート結果に対して、久我社長と岸プロジェクトリーダーが、それぞれどのように受けとめているか、どのように活かすつもりでいるのかのコメントを1ページに渡って書きました。これによって、従業員はプロジェクトを動かしているトップやリーダーが、本当に自分たちの意見と向き合ってくれていると感じ、前向きな意見を持つモチベーションに繋がります。
 さらに今回、久我社長は、「従業員からあがってきた、“アイデアを出せと言われても出せない”阻害要因を全て取り除くように努力するので、どうかアイデアを出すことを諦めないで欲しい。」とコメントしました。なかなかできるコメントではないのですが、効果は絶大です。実は、鶴屋の従業員にとって、アイデアを出せない阻害要因があるというのは、ある種の言い訳になっていたのかもしれません。それらが全て解消されるのなら、もう会社のせいだとか、アイデアを出すより優先することがあるというような言い訳ができなくなります。共同体では、自分たちで自分たちに都合の良い言い訳を作って、変化を拒む傾向があります。何が改革の阻害要因になるのかを情報共有して、解決策をオープンに議論することで、閉ざされた意識の壁を破壊することができるのではないでしょうか?


“脱共同体”改革ポイント(3)
 組織の揺らぎ 社内研修「鶴ゼミ」の開講

鶴ゼミ


 従業員がアイデアを出せない阻害要因という環境的な課題が解決した次には、“どうやってアイデアを発想すればいいか分からない”という能力的な課題に取り組みました。実際には、能力が足りない訳ではなく、やってこなかったために自信がなかっただけでした。
 そこで鶴屋従業員を対象としたアイデア発想セミナー「鶴ゼミ」を開講しました。ゼミへの参加者は、各部署から推薦してもらうという他薦形式ではなく、やる気がある社員が自ら手を挙げて自己推薦文を提出するような、自薦形式にしました。自薦形式によって、個人のやる気を各部署の都合より優先させたため、共同体の予定調和を崩すことになりました。
 そして、入社したての若手社員と実績のある部長が、「アイデアを出せるようになりたい。」という共通目標のもと、同じ研修を同じテーブルで受けることになりました。鶴屋は地方の老舗企業らしく、上下関係が徹底されており、アイデアを出すブレスト会議にて、部長と部下が同じテーブルで対等な立場から意見を出し合うということは、常識として有り得ないことでした。(このような環境に自ら応募された鶴屋の部長の方々は、本当に勇気のある素晴らしい方々だと思います。)
 部長にとっても、部下にとっても、同じテーブルでディスカッションすることは、居心地の悪い場だったと思います。しかし、共同体が重視する居心地より、やる気や向上心を基準に集められたメンバーが、“良いアイデアを出す”という明確な目的を達成するために集まり、協働作業を行うというのは、機能体組織に通じる、外的目的志向が芽生えるきっかけとなります。
 そして、久我社長は、この鶴ゼミ受講生を、研修終了後に、次々と重要なプロジェクトにアサインしていきました。アイデアを出すことに意欲を見せ、自信をつけて、意識も変わった鶴ゼミ生がプロジェクトに入ることで、他の社員に対しても、何を優先すべきかの優先順位に変化を及ぼすことになり、硬直した企業組織に揺らぎをもたらすようになりました。


“脱共同体”改革のポイント(4)
外的目的志向の徹底「鶴屋ラララ大学」

鶴屋ラララ大学


 ポイント(3)で紹介した「鶴ゼミ」は、我々外部講師が鶴屋従業員をゼミ生にして教える内部勉強会でした。これに対しては、「鶴屋ラララ大学」というのは、普段、百貨店の店頭に立っている鶴屋従業員が講師となり、百貨店のお客様を生徒に講義を行うというものです。鶴屋の従業員が、普段店頭でお客様を満足させるために学んでいることを、モノを主役にするのではなく、知を主役にして伝えようというものです。
 例えば、毎朝市場に買い付けに行っている野菜売り場(または鮮魚売り場)のバイヤーが、「おいしい野菜(または魚)の見分け方」を教える講義。贈答担当者が、「今更、聞くに聞けない贈り物のマナー」を教える講義。紳士服、紳士靴売り場の若手社員が、新卒者に対して、「スーツや靴の手入れ方法」を教える講義。いつも接客マナーとして、笑顔の作り方や挨拶の仕方を学んでいる受付係が就活生達に、「就職面接で好印象を与える身のこなし」を教える講義といったものです。
 普段店頭で語るとセールストークになってしまうことが、場を変えることで、役立つ講義として受けとめてもらえるのです。講師は、社内で募集をかけて、自主的に応募してもらいました。そして、“お客様にとって、何が喜んでもらえる知識なのか”を試行錯誤して、60分間の講義を作り、我々からのダメ出しを受けて、修正・改善をしながら、5回以上もプレゼンテーション(模擬講義)を繰り返し行い、最後は役員の前で最終確認を行うという過酷なプロセスを乗り越えて、本番の講義に臨んでもらいました。
 モノを売る場合は、モノの価値でお客様を満足させることができます。しかしお客様を知識で満足させるためには、自らの価値を高めなければいけません。その為に何回も講義内容を作り直して、質の高い講義を作り上げるというのは、きついですが、やりがいのある作業だと思います。何より、お客様の立場に立って、“お客様は何が欲しいのか、どんな情報を知りたいのか”を考えるようになります。
 この鶴屋ラララ大学を定期的に行い、次々と新たな講師が、新たな講義を行うことによって、鶴屋百貨店は単にモノを買うための場ではなく、生活のための知が揃った場、「百知店」でもあるというブランディングができつつあります。そして、売り場でお客様へのサービスを考えて、黙々と努力し、知を蓄えてきた従業員が人気講師として脚光を浴びる事で、企業全体に「百知店」を目指すことの大切さが浸透しているのではないかと思います。
 しかし、効果はそれにとどまりません。各従業員が、“お客様にとって欲しい情報とは何なのか”を真剣に考え、一人でも多くのお客様に自分の講義に来て、満足してもらうという明確な外的目的を意識するようになるのです。これによって、共同体にありがちな、内的目的志向が影を潜め、お客様を対象とした外的目的志向が強まるようになったのです。

百貨店ぼかし-min

 熊本市に行くと、鶴屋百貨店が、地元の方々から大切にされていることを、ひしひしと感じます。何よりも鶴屋百貨店の従業員が明るく活気に溢れているように思えます。
 それは、前章でも紹介したD-OODAが実践されているからなのではないでしょうか?
 つまり、「お客様が求めているものを提供する為に、自由闊達に新しいアイデアを提案する」という事業指針に従い、各従業員が自分の持ち場で、自主判断のもと、一工夫していることが、お客様満足に繋がっているのではないかと思います。
 このように、共同体化してしまった企業も、トップの強い覚悟とリーダーシップがあれば、硬直化した社内の壁を打ち破ることができるのだと思います。しかしそれは、共同体企業が純粋な機能体企業に変わったのとも違う気がします。共同体とも機能体とも違う、社員のモチベーションを重視した、新しい組織のあり方について、次回私なりの考えを示したいと思います。

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株式会社Que取締役。