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【お題SS】散ってまた咲く


過去にTwitterに載せたお題SSを微修正したものです。テキストの最後に裏話のような補足を書いていますので、よろしければぜひ。

以下のお題メーカーをお借りしています。

秋野桜さんには「花が咲くように」で始まり、「全ての出会いには意味があるらしい」がどこかに入って、「手のひらから零れ落ちた」で終わる物語を書いて欲しいです。
#書き出しと終わり
https://shindanmaker.com/851008


 花が咲くように彼女は笑った。雪のように白く輝く美しい顔に幾多の傷を負って赤く染まっている様はひどく痛々しいのに、その笑みを浮かべた顔は、誰にも汚されていない咲きたて一輪の花のように瑞々しく気高かった。
 僕の腕の中で横たわっているそんな彼女の頬に滴が一つ落ちる。傷口に直撃したそれに痛そうに顔をしかめる彼女が滲んで見えて、僕はようやく自身の涙が彼女の頬を濡らしていることに気付いた。

 土埃ともはや誰のものか分からない血で汚れたボロボロの上衣の袖で乱暴に自分の顔を拭うと、錆び付いた匂いが鼻をついて現実を改めて突きつけられたように思った。彼女の顔に落ちた涙と未だに流れる赤々しいものを拭いて止めようと手を伸ばすけど、その手が届く前に彼女の柔い手が握って動きを阻んできた。

 自分のためではなく、救済を求める人々のために力を使い癒してきた彼女の手は、顔同様に傷だらけになってしまっている。

 どうして彼女がこんな目に遭わなければいけないのだろう。あまりにも理不尽すぎる仕打ちに腹の底から怒りが湧いてくるけど、こうなることを頭のどこかで分かっていながら何一つ回避策を考えもしてこなかった自分が今更何を言うのだろうと虚しさと愚かさが心を抉った。

 情けない。僕は、僕は……。

「後悔、していますか? 私と出会ったこと」

 何の力も覚悟も持っていない僕の手を彼女がきつく握り締める。傷跡に相応しくないほどの力が込められていた。
 はっとして応えるように握り返し、彼女を見下ろした。つらそうに肺に息を取り入れながら僕の返答を待っている彼女に、ふるふると勢いよく首を横に振った。

「してない。するわけないだろう……!」

 今まで生きてきて、自分の選択にも用意された運命にも後悔と呪いばかりがつきまとってきた。だけどあの日、自分の意思で君と出会ったことだけは悔やんだりしない。

「……でも、こんなふうに君に傷付いてほしかったわけじゃない」

 すべてが間違いだったとは思いたくない。それでも、愚かな僕に抱えられながら、か細い吐息をこぼしている君を見ているのがつらくて仕方がなかった。
 僕が彼女をこんなひどい目に遭わせているという罪悪感で今にも胸が押し潰されそうだ。

 だけど逃げられない。そんなこと許されない。逃げない。逃げてはいけないのだ。

 苦痛から解き放たれたくなった末に自ら心を殺したくなっても、この現実を正面から受け入れて自分の奥底に焼き付けることこそが、何も成しえなかった僕の役目だ。たとえそれが僕が呪いたくなる神か誰かが与えてきた運命だとしても、僕が出来ることならば両手や両足を傷だらけにしても進む道だと断言する。

 僕の言葉に彼女はまた、花が綻ぶような微笑を浮かべた。

「私も同じです。あなたと手を取り合って過ごしたことも、宝物のように思っています。だから……そんなに泣かないでください」

 悲しそうな表情を浮かべて、君の手が懇願するようにそっと僕の頬に触れる。だけど先ほど一度拭った涙はすでに乾いて止まっているようで、その指先は透明な滴で濡れていない。僕は彼女に安心してほしくて、唾を飲み込むと無理矢理口角を上げて見せた。

「大丈夫、もう泣いてないよ」
「……本当にあなたは見栄っ張りですね。嘘なんてつかなくていいのに」
「嘘なんてつくものか。何せ僕はどこも痛くないしね。いつまでも泣き虫だと思われてちゃ困るよ」

 出来ることなら彼女の傷の手当てを今すぐにでもしたかった。だけどそうする術がない。治療道具もなければ、僕は回復魔法を使うことすら叶わない。その力を使える彼女も、自身のためには使えないのだ。

 ――君の力は、何のためにあるのだろう。

 そう考え出すと頭が痛む。君がその力で傷付いた人々を癒してきたことは知っているし、そんな君の姿を誇らしく感じてきたのも確かだ。だけどその力を有するがゆえに今、君が傷付いている事実が悔しくてたまらない。

 僕自身のことは救えなくていい。ただ、彼女を救いたい。そんなたった一つの願いさえ叶えられない自分の無力さを僕は一生忘れないだろう。

「泣いてますよ、ここがずっと」

 僕の胸の真ん中に彼女の手のひらが当てられる。その温もりが震えていて、僕は消えてしまわないように自身の手を重ねて繋ぎ止めた。

「ここって……」
「涙が乾いても、あなたがずっと泣いているのが分かります。誰かを……自分を責めるほど、強く泣いて傷付いてるみたい」
「そんな……」
「言った、でしょう。同じだって。私もあなたに傷付いてほしかったわけじゃないのです。ただ、あなたと一緒に笑っていたかった……本当に、それしか望んでいなかった、のにっ……!」
「……っ、ごめん! ごめん、ごめん!」

 願望を絞るように告げた彼女の笑みがゆっくりと崩れて泣き顔に変わっていくのが堪らなくて、僕は必死に彼女を掻き抱いた。目の前の彼女を救えもしない僕の情けない謝罪と、彼女の精一杯の嗚咽が、闇夜の深い森の奥に溶けていく。

 分からない。この混沌とした感情を吐き出すべき場所も、自分を責めずに自身の心を保つ方法も。

 ――「全ての出会いには意味があるらしい」

 ああ、あの一文をこんなときに思い出してしまうのは何故だろう。君と地下室の書庫で読んだ、あの古めかしい本の書き出し。
 彼女との出会いに淡い希望を抱き、柔らかな熱を纏っていた頃の僕は、この出会いには前向きな意味があるのだと信じていた。だけど今の僕は、こんな残酷な意味を含んだ出会いがあってたまるかと喚きたい。僕らはこんな未来を望んで出会ったわけじゃない。

「……ねえ、これはあなたが持っていてください」

 叫ぶようにひとしきり響いた互いの泣き声がようやく静まった頃、彼女が僕の手に何かを強引に握らせてきた。慌てて拳を開いて確認すると、それは普段彼女が右手中指に着けている指輪だった。指輪の外側真ん中にはクローバーを溶かして固めたような色の魔法石が埋められていて、まるで彼女の命の灯火のように儚く煌めいている。

「どうしてこれを僕に渡すんだ……。これは君が持たないと意味がないものだろ」

 魔法石は持ち主が所持している場合にしか力を発動しない。僕が受け取ったところで扱えもしないし、何より彼女の回復魔法は彼女たち一族の者しか使えない。僕が代わりにこの魔法石で彼女を治せたらいいのにと強く思うけど、実際はどれだけ足掻いても不可能なことだ。

「……いいのです。どうか受け取ってください、御守り代わりに。それに私はもう使えそうにないから……」
「使えないって……」

 どういう意味なのか問おうとするけど、躊躇いが先行して唇を痛いぐらい噛んだ。滲んだ血の味が絶望に突き落とされそうな僕の意識をかろうじて繋ぐ。彼女を抱き締めているはずなのに、腕の中の感覚がなくなっていくみたいだ。

「……諦めない、僕は諦めない!」
「……大丈夫、私も諦めてませんよ」

 必死に自分を鼓舞しようとからからの喉から声を絞り出す僕に、彼女はまた花のように笑った。その笑みに重なるのは、かつて二人で見た、小さな可愛らしい白いシロツメクサとクローバーの群れだった。僕たちのあの始まりの場所も、今は無慈悲な者たちによって踏み荒らされているだろう。
 悲惨な光景が浮かんでしまう中、彼女がぽつりと言った。

「……始祖の泉に、向かってください」

 言われた言葉に僕は訝しげに彼女を見下ろすけど、至極真面目な眼差しに貫かれて息を呑んだ。

「あそこに行けば、村の多くの負傷者を癒す術が残っています。まだ、今なら救えるのです」
「でもあの場所は……物語に記されている場所だろう?」

 僕でもその場所の名前は言い伝えで知っている。だが肝心の位置は分からない。歴史上に本当に存在していたのか、今では確めることも不可能という認識の場所だ。
 そんな場所に向かえと彼女は言い切った。探せとは口にせず、自身がこんな状態に陥りながらも未だに他者を救うためにと。

 戸惑う僕に、彼女は僕の手のひらに自身の手のひらを合わせてきた。僕に渡してきた彼女の指輪を包み込みながら指を絡ませて、二人の手のひらで祈りの握りになる。

「これが、私に出来る最後の務めです」

 小鳥の歌声のように彼女が穏やかに囁いて瞼を下ろす。
 その瞬間、淡い緑色の光が灯るように、僕らが握り合わせた手のひらから零れ落ちた。



▼裏話

お題に見事マッチしていたのでSSとして書きましたけど、これはいつか書こうと思っている魔法ファンタジーのスピンオフというか、前日譚のような位置付けです。この二人は、本編(予定)から見て過去の人になります。

本編(予定)をまだ書いていないのでこのSSについても語りにくいのですが、“僕”はとある身分の人間で“彼女”はとある回復魔法を使える特別な一族です。
本来なら二人が会うことは一生なかっただろうけど、決められた運命に流されるしかなかった僕が唯一自らの道を選んだことで彼女に出会い、そして悲劇が始まってしまいます。

SSは、そんな二人がとある追っ手たちから逃げている途中の物語です。彼女が住んでいる町の近くの森に逃げている最中なのですが、会話とモノローグばかり書いてしまったのでほぼ二人の周りの光景が浮かばない文章になってしまったんですよね。あとで読み返して絶望的に反省しました……。
でも大幅に改稿するのも少し躊躇われて、微修正で確か深い森の奥とだけ追加した気がします。
ちなみに二人の始まりの場所であるシロツメクサ畑は彼女の生家の裏辺りで、始祖の泉は二人がいる森を南下したとある場所の設定です。脳内では位置関係を完璧に把握してるけど、いざ文字にするとだいぶ陳腐な図になってる気がしますね。(苦笑)これはいつか本編(予定)を書くときにも苦労しそうだなぁ。

彼女は結構負傷しているけど、二人はまだ諦めていないのでどうにかなると思います。実は最後の指輪から光が出たあとからが重要なのですが、お題で最後の一文が決まっているので物語としては中途半端に終わっていると思います。そこらへんは本編(予定)と重なるシーンでもあるので、どうにか本編(予定)を書きたいですね。しつこく本編の後ろに予定とつけている時点で私やる気あるのかって感じなんですけどね。

魔法が出てくるファンタジーは読むのが好きだけど、いざ書こうとすると難しいなと実感したSSです。





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