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複雑な「スパイダーマン」の権利とソニーの映画事業

大ヒットシリーズの最新作「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」が全米興行収入で「アバター」を抜いて歴代3位になった。ちなみに1位は「スターウォーズ/フォースの覚醒」、2位は「アベンジャーズ/エンドゲーム」だ。実はこの「スパイダーマン」シリーズ、ソニーの映画だとご存知だろうか。厳密にいうと、ソニー・グループの子会社であるソニー・エンタテインメントの子会社であるソニー・ピクチャーズエンタテインメントがその権利の一部を持っているだ。

スパイダーマンの権利は実に複雑な経緯を辿っている。スパイダーマンは元々マーベルのキャラクターであったにも関わらず、マーベルはスパイダーマンを自由に使用できない。さかのぼること1998年、業績が振るわず1997年に倒産したマーベル・コミックはマーベル・エンターテインメントとして再稼働したばかりだった。その際、同社はなんとか利益を捻出しようとスーパーヒーローたちの映像化権を切り売りしていた。そのときソニー・ピクチャーズがスパイダーマンの映像化権を買い取ったのだ。

2002年に1作目が公開されたサム・ライミ監督の「スパイダーマン」3部作は大ヒット。一方でマーベルも2008年の「アイアンマン」からMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)をスタートさせ、業績はうなぎ登りに。ソニーは再びヒットを狙い、2012年から「アメイジング・スパイダーマン」シリーズを展開するがこちらは思惑通りにはいかず。その後、世界中で支持を拡大していくMCUに、スパイダーマンも参加することになる。ソニーはマーベルと権利を分割することで合意し、2016年の「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」に満を持してスパイダーマンが登場。その後の単独作品も、ソニーとマーベルの共同製作となっている。もちろんソニーはこの権利を手放すつもりはなく、負けじとスパイダーマンの人気ヴィランを主人公に据え、2018年に「ヴェノム」を製作しヒットに導いた。今回の「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」には、ソニーが権利を保有している過去の「スパイダーマン」映画のヴィランが複数登場する。観客としてはアガる状況だが、権利的にはカオスだ。

そもそもソニーが映画事業に手を出していたことも知らない人が多いでのは。実は32年前の1989年、ソニーがアメリカの大手映画会社コロンビア・ピクチャーズ社を買収した。当時の朝日新聞朝刊(東京本社版)によると、買収金額は1株あたり27ドル、総額34億ドル(当時の為替レートで約4800億円)。日本企業によるアメリカでの企業買収としては史上最高額(当時)だった。コロンビア社は「アラビアのロレンス」「未知との遭遇」「ランボー」など多くのヒット作を含む2700本の映画のほか、テレビ番組も2万3000本以上所有していた。

映像ソフト資産がなぜそんなに重要だったのか。
当時の記事では、1970~80年代に家庭用ビデオレコーダーの規格を争った「第1次ビデオ戦争」に触れている。「第1次ビデオ戦争」とは、家庭用ビデオレコーダーの規格争いで、「VHSとベータマックスのデファクトスタンダード(事実上の標準)戦争」を指し、ソニー率いるベータ陣営が敗れた。ソニー側は、日本ビクター(現JVCケンウッド)や松下電器産業(現パナソニック)などでつくるVHS陣営に敗れた原因を「貸しビデオ店の普及に伴い、ベータ方式のビデオソフトの少なさが、シェアの低下へ、それがまたソフト減少につながるという悪循環におちいった」と説明。つまり、ソニーにとってソフト資産の獲得が急務だったのだ。

一方、アメリカ国内では反発が広がった。
当時の日本はバブル真っ盛り。日本車の輸出攻勢で日米貿易摩擦が過熱し、アメリカは日本に対し大きな警戒感を抱いていた頃だ。アメリカ・ロサンゼルスのラジオ局が「日本人は米国を乗っ取るのか」というタイトルでリスナーの声を特集したり、有力紙が相次いで大きなニュースとして扱った。

買収後はなかなかヒット作が出ずに苦戦し、コロンビア社買収は失敗と酷評されることもあった。しかし、1990年代後半からヒット作が出始め、この買収を機に参入した映画事業は、後の基幹事業の1つに成長している。
1995年からソニー社長を務めた出井伸之氏は、2019年3月10日付朝日新聞朝刊(東京本社版)で、盛田昭夫氏らによるコロンビア社買収を「電機産業だけでは将来だめになると考えた」「先見の明があった」と評価している。

現在、ソニーの時価総額は14兆円を超えている。2000年に14兆円までアップしていた時価総額は一転、2012年には一時7000億円台まで下落していた。
ソニーは終わった。そんな声も聞こえていた。しかしその後、ゲームや音楽・映画事業などのエンタメ部門を中心に経営を立て直し、今では四半期(3ヶ月)の売り上げが3兆円を超えるほどになっている。ソニーがまた世界的企業に返り咲く日も近いのかもしれない。


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