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睡眠のいらない生活

あなたの家族や友人のなかに、全身麻酔下の手術の末に突然の「認知障害」を経験した高齢者がいるかもしれない。科学学術誌「Science Advances」で発表された睡眠の最新研究”Increased glymphatic influx is correlated with high EEG delta power and low heart rate in mice under anesthesia”によると、こうした一時的な認知障害は、脳の清掃機能が原因である可能性がある。

われわれの体内には、細胞に栄養を運んだり、細胞から排出された老廃物を運び出して処理するリンパ系がある。脳内にもこれによく似た「グリンパティック・システム」と呼ばれる働きがある。

脳と脊髄には無色透明の脳脊髄液とよばれる液体が循環しており、それは脳と脊髄の血管周囲に沿って移動しながら栄養分を分配し、老廃物を取り除く。われわれの睡眠中には、脳内の「グリア細胞」が縮んで隙間をつくり、その隙間が脳脊髄液の排水溝のような役割を果たす。これが「リンパ系」のように脳内老廃物を効率よく運び出すことから、グリア細胞とリンパ系をかけ合わせ、「グリンパティック・システム」と呼ばれる。

脳の老廃物には、アルツハイマー病患者の脳に見られる異常タンパク質であるアミロイドβも含まれる。たった一晩でも睡眠時間が短いと、脳脊髄液中のアミロイドβは30%も濃度が高くなってしまう。

アミロイドβの沈着はアルツハイマー病の原因となる。アミロイドβは神経細胞を死滅させる毒性を有しているのだ。実際、睡眠不足だったり睡眠の質が低かったりする人ほど、アルツハイマー病になりやすいという報告もある。

最近では、長引くうつ病の原因は睡眠障害にあると結論づける研究結果も増えてきた。睡眠とうつ病との関係、脳の奥深くに位置する扁桃体をみると見えてくる。

扁桃体とは禿頭用の内側の構造であり、大脳辺縁系と呼ばれる情動に関連する回路の主要な構成要素のひとつだ。特に恐怖や不安といったマイナスの情動に深く関わる。

過敏な扁桃体は、ごくささいな出来事でも大きなストレス要因と捉える。多くのうつ病患者の扁桃体は活発だ。驚くべきことに、たったひと晩睡眠不足だっただけで、扁桃体が約60%も反応しやすくなると主張する人もいる。睡眠不足のときにイライラしやすい理由もここにある。

余談だが、不安を司る扁桃体は、記憶や空間学習能力に関わる海馬と隣接しており、喜怒哀楽や快感・不快といった感情面の情報を海馬に伝えている。この海馬を通じて長期記憶となった情報や刺激が扁桃体を過剰反応させてしまうことが不安障害の患者さんでは見られる。つまり、海馬は不安といったものを引き起こすトリガーになることもあり、また不安な状態が続くことで傷つく器官でもあり、関係は深い。

少し話がずれてしまったが、睡眠がいかに重要であるかわかっていただけたかと思う。どんなに便利な道具も、使い続ければゴミが溜まっていく。定期的に掃除をしなければ、高いパフォーマンスを維持することができない。脳も同じだ。”睡眠”という掃除をきちんと行うことで、脳のパフォーマンスを維持することができるのだ。

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aav5447


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