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枕詞(まくらことば)

近場でも“旅”という文字が入ると
待ち合わせはわくわくする。

先日友人と「日帰り温泉旅行」に行った。
と言ってもバスで30分程度の距離だ。
私たちは温泉施設から出ている「無料送迎バス」に乗って、街から離れたその施設へ向かった。

そんな行きのマイクロバスで、ちょっと気になる出来事があった。


後ろから2番目くらいに席を決め、出発まで待つ。
乗客はまばらで、
前列には5、6名のご年配方。
中列にも2、3名のご年配方。
みんなこの温泉行きの乗り物に
少しの“非日常”を期待する顔をしている。

「プー」という間抜けな音がすると扉が閉まり、
静かに温泉行きが動き出した。

出発から10分ほど走った頃。
あちこちで会話もはずみ、
内容までは聞こえないものの、
車内はかなり賑やかなムードだった。

しばらくすると、前列のご年配チームのほうから
渋くて品のある男性の声がした。


「ここだけの話なんだけどねぇ...」


えっ、!?
一瞬、耳がピクッとした。
あまりにもくっきりとしたその声に気を取られ
友人との会話に変な“間”が生じた。

どんな“ここだけの話”なのかすごく気になったが、
友人との会話をやめるわけにもいかなかったので、
こちらの世界に戻り話を続けた。

しかしすぐにまたあの声がした。


「あまり大きな声では言えないんだけどねぇ...」


今度はつい友人と目を合わせて黙ってしまった。
そして小さく吹き出して笑った。
友人も1回目からそのセンスに気づいていた。

あのダンディなオジ様がどんな話をしたのか、
残念ながらかき消されて聞くことはできなかった。

ただ、あの枕詞の効力はかなりのものであったし、
良い意味でずるいなぁと思った。
おそらくバスの運転手も含めてそこにいたみんなの耳の穴を一点に集めたはずだ。
そしてもし自分が使う際には、話す場所や声の大きさには注意しなければいけないなぁ、なんてオジ様のテクニックを真似ようとしていることは、“ここだけの話”にしてほしい。


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