ひとつの賭け(P3)
巌戸台分寮、ラウンジ。
雑誌に目を落としている先輩に声をかけた。
「……ガキさん話があるんですけど」
何事もないように、彼の時間にするりと入り込むように。
「チッ、そのガキさんってのはやめろ。他にも呼び方があんだろーが」
意外と反応はよかった。話の糸口がつかめたので内心ほっとする。
「他ってどんな?」
「荒垣さんとか荒垣センパイとか」
「長いから却下です」
「じゃあアキと同じでシンさんとか」
「そんな暴れん坊な将軍みたいな呼び名は嫌です。
そもそもガキさんだってオレのこと呼ぶの「お前」ぐらいで名前で呼んだためしないじゃないですか」
「くっ……」
本当はわかっているんだけど。
この人は、相手のことをめったに名前で呼ばない。
昔馴染みの真田先輩ぐらいだ。
「じゃあガキさんがオレのこと「リーダー」って呼んでくれたらシンさんにします」
「……」
反射的に唇を舐める。
あまり表情を変えるのは得意ではないけれども、ここは真剣な顔で。
彼にこれだけは聞いて貰わなければならない。
「で、そろそろ本題に入っていいですか。一応真面目な話なんで」
「一方的に絡んでおいてそれか」
真正面からの話し合いはお嫌いですか。
先輩はこちらの顔を見ると、あからさまに視線を落とした。
「体、大事にしてください」
「……」
先輩の体が今は正常な状態ではないことは、わかっている。
まがりなりにも少しの期間、一緒に戦った。
さすが裏通りで顔が知られてるだけあって、すさまじい膂力、体力だってある。
それでもこの人につきまとう影が、気になって仕方がない。
「オレなんとなく死ぬ人ってわかるんです。ガキさんにはオレ、まだ死んで欲しくない。たぶん」
正直な気持ちを言ったにもかかわらず、先輩は小さく息を吐いた。
ため息なのか、失笑なのか。
建物の中でも頑なに取らないニット帽で表情はよくわからない。
多分表情を悟られないための武装なんだろう、この人なりの。
「多分なのかよ」
「おそらく」
「なんだかずいぶんと不安な言いようだな」
この影、勘みたいなものだと自分では思っている。
まあ自分の人生を考えたら他の高校生よりは少し死が身近だって程度だし、
こんな勘当たらないに越したことはないのだけれど。
「オレからはそれだけです。影時間のサポートは全力を尽くしますから」
……とりあえず伝えるだけは伝えた。
自分にできるのはここまでだ。
この人のタイプからして自死はないだろう、健康に気遣うタイプでもないみたいだが。
だとしたら怖いのは影時間だ。ならばこちらでサポートできることは尽くす。
きびすを返した所で、声が掛かる。
「ちょっと待て」
「はい」
多分顔は見られたくないだろう。振り返らずに返事をする。
「お前、それってどれくらいの割合でわかるんだ」
「……今のところ100パーですね」
多分、これは、オレなりの賭けだ。
もし、逃れられない運命というものがあるのなら。
命をかけてでも、やつの言いなりにはならない。
それに逆らってやる。
オレが手に入れた力は、きっとそのためのものだ。
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