「1day彼氏は魔法使い」 第3話

7 デートのような
「ユーリは水が好きなのか?」

 私はボ〜ッとペンギンが泳ぐ姿を眺めていた。

「ん? そうね。私の故郷が海に囲まれた小島なのよ。それで… 海が恋しくなってしまって。水族館は年に何度か来るかな」

「そうか。しかしこの装置は不思議な物だな。こんな外で、しかも透明なガラスか? 水を入れて… これで魔法を使用していないなんて。本当にこの世界の技術者には驚かされる」

「あはは、クリスったら。そればっかじゃん。ここまで来るのにどれだけ時間かかったんだか。クリスにはこの世界がどう見えてるのかな? 私は便利だけど… 時々寂しくなるよ」

「… 色々な物があるのも考えものか。まぁ私は楽しくてしょうがないがな」

「ふふふ。私も上京した当時はクリスのように毎日がワクワクしてたよ。わかる」

 と、私は気を取り直してニコッと笑顔に戻る。クリスは私の横に座り、一緒にボ〜ッとペンギンをしばらく見るのを付き合ってくれた。

 って、やっぱりクリスは… 女子ホイホイだよね。そこらの女子がペンギンではなくクリスを見ているのだから。人だかりができる前に、そろそろ移動しようかな。

「クリス? これから他の街にでも行く? 下町とか?」

「いや、街はもういい。人が溢れすぎて… 恐らくどこもこんな感じで賑わっているのだろう?」

「まぁ、そうね。今日は休日だから余計かも」

「私は静かな場所に行きたい。自然がある場所はないのか? それこそ海はないのか?」

「海ねぇ… 海はちょっと遠いかな。ありがとう、私のために言ってくれたんでしょ? なら、今日はもうお土産でも買って帰ろうか? 記念に」

「よし」

 今日ちょっと思ったけど、やっぱり世界が違うからなのか、クリスは何気ない所でいちいちスマートだ。エスコート慣れ? って言うの?

「クリスって女性にモテそうだよね?」

「そうでもないぞ? 私は魔法塔からあまり出ないし、社交界にもあまり顔を出さないからよく分からないが。こんなに女性といて楽しいのはユーリが初めてだ。そう言うユーリはどうなのだ? 恋人か婚約者はいないのか?」

「婚約者って。あはは。そんな人、いたようないなかったような… まぁ、私も色々ありまして」

「なんだ? 気になる言い方だな。さては逃げられでもしたのか?」

「ん〜そんなとこ」

「… すまん」

「やだ〜、気をつかわないでよ。もう何年も前の話だし。ごめんごめん、私も匂わせちゃって」

「まぁ、まだ若いんだ」

「何そのオヤジ臭い言い方。って、そう言えばクリスって幾つなの?」

「私は二十三だ」

「え!!! まさかの年下! 嘘でしょ! 顔のせいなの? 年上に見える」

「あはは。そうか? あまり変わらんだろ。年下は嫌か?」

「嫌ではないけど。ってお土産コーナーだよ。このペンギンの、チ、チャームとかどう?」

 と、ペアで持つキーホルダーを慌てて勧めてみる。子犬の目で『歳下は嫌か?』とか。めっちゃ焦るじゃん。耐性ない私にはドキドキしすぎて身が持たない。

「ほら、ここが磁石になっててくっつくの。お揃いになるんだ。お互い一つ一つ持ってさ。今日の、って言うか異世界の記念に」

「あぁ、いいな。昨晩の店の絵によく似ている。うん、絵が描かれているアクセサリーか。珍しい。これにしよう」

 それからまたラーメンを食べて帰路に着く。すっかりラーメンの虜になったクリスは店主と仲良くなって、ここでも周りを魅了していた。

 日が暮れた私のアパート前には、友達の山ちゃんとカノンが来ていた。

「きゃ〜、何そのイケメン! どこで捕まえたの!!!」
「まさか、休むって男!?」

 二人はワクワクしながらクリスを上から下まで見定めている。

「彼氏じゃないって。ちょっと訳ありで。まぁまぁ上がって? 部屋で話すよ」

 それから二人をクリスに紹介し、昨日の夜に起きた事を話した。


8 架空の世界は
「エスヤーラ王国! それってアノ?」

「は? カノン知ってるの?」

「知ってるも何も… 今爆売れ中の乙ゲーの国じゃん!」

 私と山ちゃんは顔を見合わせてハテナになる。乙女ゲームなんて知らんし。
 あっ! でも。昨日クリスに聞いた時に引っかかっていたのは、カノンに聞いたことがあったからか〜、納得。

「いやいやいや… で? この人はその国の人? 実在するの? え、本当に?」
 
 山ちゃんはちょっと半信半疑だ。ま〜、無理もないか。

「いや、その国かどうかは知らないけど。そこの魔法使いさんだって。現に魔法陣がキッチンの床に浮かび上がったしね。てか、明日の夜に帰るんだ。… 多分だけど」

 私はしれっと明日帰ることを伝える。

「「はぁ?」」

 山ちゃんとカノンは思考が停止してしまった。口をあんぐり開けてクリスを見ている。

「山ちゃん殿とカノン殿。短い間だがこちらの人間と話せてよかった。私は自分の世界に帰る予定だ」

「山ちゃん殿って。クリスさんだっけ? その話が本当なら召喚しようとしたゆりも連れて行く気?」

 山ちゃんはとりあえずは話を信じてくれたみたいだけど、ズバッと確信をついてきた。って、私もその事は考えてなかったわ。どうなの?

「いや… ユーリは連れて行かないよ。昨日『召喚は誘拐だ』と言われたばかりだからな」

「誘拐って、ゆりちゃん! え〜もったいない!」

 カノンはオタなのでこの手の話は好きなのか、目がランランしている。なんなら自分が行くと言い出しそうだ。

「あはは、クリス。そうしてくれると助かる。私も急に行くのは…」

「え〜急じゃなきゃいいの〜?」

「そう言う意味じゃ… まぁクリスはいい人そうだけど…」

「いいんだカノン殿。あちらに帰ったら召喚の儀の事を王と話してみようと思う。ユーリに言われるまで私達も分かっていなかった。聖女を召喚すると言う意味を」

 急にしんみりとなった私達はみんなで下を向いてしまう。う〜、気まずい。

「てかさ、私、今そのゲーム持ってるんだけど?」

 そんな空気の中カノンがいきなりゲームの話をし始める。

「ん?」

「本物がいるんだしやってみる?」

「いいね〜、面白そうじゃん」

 返事を待たずに、山ちゃんとカノンはいそいそとゲームの準備を始めた。

「ユーリ、何がどうなったのだ?」

「あぁ、今からエスヤーラ王国が出てくるゲーム… 機械式の小説みたいなのをしようかって。もしかしたらクリスも出てくるんじゃない?」

「何! 我が国の物語か… それは興味があるな」

 カノンは『でしょ〜!』とウッキウキだ。ゲームをスタートし、あらすじの映像が流れ始めた。

「実物のような絵だ。しかも動いているとは… あ! 我が王国だ。王城も! 城下街まで… ん? 王子か? 下の文字が読めない… ユーリ訳してくれないか?」

「え? 『…お忍びで外出していた第一王子のアンドリューは、ある日の夕暮れ、王都のはずれの森にて運命の出会いをする』かな」

「何! アンドリュー様…」

 と、クリスは考え込むように腕組みをしブツブツ言い出した。さっきまであんなに食いついて見ていた画面をもう見ていない。どうしたのかな?

「カノン。これって一時停止できる? クリスが急に考え込んじゃって」

「へ? うん。どうしたの、クリスさん?」

 私たち三人は心配しながらクリスを見た。

「あぁ… 実はアンドリュー様。先ほどの第一王子だが、実在する。しかも、よく城を抜け出しては市井へ視察に出かけているのも事実なのだ… まさか本当に私の世界の…」

「それって、しかもクリスさんが生きている時代設定も合ってるってこと?」

「信じがたいが… そうなるな」

 私たちは驚きすぎて無言で顔を見合わせる。

「じゃぁ、この物語って… 実話? 過去のことなの? それとも未来のこと?」

「それはわからない。しかし『エスヤーラ王国』『第一王子のアンドリュー様』『そして私』が揃うのだ。にわかだが、このゲームとやらは我が国がモデルになっていると思う。信じざる得ない根拠が揃っているのは確かだ」

 それって、どうなの? そうなると、これって…

「じゃぁ、このゲームを進めていったら未来がわかるかもしれないってこと?」

「それは、ゆりちゃん考えすぎだよ。だって乙ゲーだよ? 選択肢が違えば未来も違うよ?」

「あっ、そっか…」

 う〜んと私とカノンが悩んでいると

「カノン? これのオリジナルシナリオとか小説版みたいなのってないの?」

「そっか〜山ちゃん冴えてる! あるよ〜これの原作があるんだ。実は小説が先なんだよね〜」

「で?」

「え? 今は持ってないよ。家にあるよ〜」

 山ちゃんは大きく息を吐いてからクリスに向き合う。

「は〜。クリスさん、今の会話で何となくわかったと思いますが。あなたの国について書かれた小説が実在します。その内容が未来なのか過去なのかわかりませんが。クリスさんも認めたように、恐らくあなたが生きる時代のものでしょう。そして、あなたにとってどう影響するのかわかりません。どうしますか? 見たいですか?」

 クリスは『うん』と頷き山ちゃんを見据える。

「山ちゃん殿、私は知った以上は我が国のことだ、見たいと思う。しかし、先ほどの動く絵の文字が読めなかった。なのであなた達に助けてもらいたい。お願いする、訳してはくれないか?」

「わかりました。あなたが帰るまでにあと一日ありますよね。明日、もう一度集まりましょう」

「かたじけない」

 信じられない。いや、現に召喚されたクリスがいるのだからこの展開もアリといえばアリなのか? そんな山ちゃんはカノンにテキパキと指示を出している。

「カノン、明日、病欠取りな。んで、朝九時にここ集合ね。今日はもう帰ろう」

「え? 山ちゃん、そんな急に無理だよ〜」

「何言ってんの! 仮病やなんやでちょくちょく休んでるの知ってんだよ。明日ぐらい休み取れるでしょ」

「え〜、お〜ぼ〜」

「って事で、ゆり、明日また来るから。よろしく」

「は? え? うん?」

 と、明日また集まることになった。


・第1話
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・第2話
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・第3話
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・第4話(最終話)
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