あきこ

双子のライオン堂ファンとして、雑誌「しししし 」などについて書きました。 日本舞踊の…

あきこ

双子のライオン堂ファンとして、雑誌「しししし 」などについて書きました。 日本舞踊のこと、草野球のこと、本のこと。そんなことに興味があります。 この3つが出て来るお話を掲載しています。読んでくださると嬉しいです。

マガジン

  • 座り読みの綾子1〜11

    日本舞踊のこと、忘れられそうな昔の名作たちのこと、読書体験などをお話しの形でまとめてみたいと思いました。読んでいただけたらとても嬉しいです。

  • お客が見たライオン堂「しししし」のこと

    2020年5月3日、雑誌「しししし3」についての記事を掲載しました。    https://note.com/akikorednote01/n/n4b9de42f2c61

最近の記事

座り読みの綾子 11

 衣装をつけたら、すぐに写真を撮る手筈になっている。 舞踊の後は汗がすごいし、衣装もよれている。 だから、踊りの前に写真を撮る。 会場によっては楽屋のすぐ隣で撮影することもあるし、ちょっと歩いて撮影場所まで行くこともある。今日はロビーのすぐ脇を通り、クリーム色のスクリーンが張ってある部屋へ行く。お母さんもその部屋で待っているはずだ。 ロビーをちらりと見た時、ちょうど前川くんの姿が見えた。うちのおじいちゃんが前川くんにお弁当を2つ押し付けている。あ んなにお寿司お寿司って

    • 文芸誌「しししし3」をめぐる無駄話

      一介のお客(私)から見る文芸誌「しししし3」とは 東京・赤坂に小さな書店があります。 「双子のライオン堂書店」という本屋です。 この本屋さんが作った雑誌について、自分の見聞きしたことや 感じたことをお話ししたいと思います。 雑誌「しししし3」と双子のライオン堂書店 雑誌「しししし」の話をするにあたって、まずは双子のライオン堂書店の話から始めたい。 2013年のある日。ツイッターで遊んでいると「古事記の読書会をします」という告知を見つけた。野球好きの私には嬉しいことに、

      • 座り読みの綾子 10

        前川孝夫は一人で食事をし、毎日庭に出てボールを投げていた。 多田くんは教育熱心な両親のもと、学校でもリトルリーグでも相変わらずの真面目さを発揮していた。 レイは図書室に入り浸り、ユリは少しづつ母親に反抗するようになった。 綾子は総ざらいの翌日まで、連日稽古に通った。先生のお宅の舞台は小さいから、ケイさんのお宅のすごく大きな舞台を借りることもあった。稽古着の浴衣を学校まで持っていき、授業が終わるとまっすぐに稽古に向かった。少しずつ綾子の口数が減って行き、前川孝夫にはそれが物足

        • 座り読みの綾子 9

          ユリはただいま、と小さな声で言う。脱いだ靴をきちんと揃える。揃え方が良くなかったら、お父さんに叱られる。今日学校で起きた楽しい出来事が胸の中で小さくなって行き、代わりに緊張感が起き上がってくる。 「お帰りなさい。今日は少し遅かったのね」 と、母の声。居間の空気が乾いていて、少し冷たい。これは台所で煮炊きをしていないということで、つまり父親の帰りは早くないということだ。でも、まだ油断はできない。 「お父さんは?」 「今日は遅くなるって。ユリはちゃんとピアノの練習して、宿題も

        座り読みの綾子 11

        マガジン

        • 座り読みの綾子1〜11
          11本
        • お客が見たライオン堂「しししし」のこと
          1本

        記事

          座り読みの綾子 8

           「前川孝夫」と刺繍が入った、高価なグローブ。 そのすぐ横に、草野球用の安いやつを置く。良い道具を使えばもっと上手くなるぞと父に言われるが、孝夫はそれを信じていなかった。投手には、実はグローブなんかどうだっていい。投げるほうの手は素手なんだ。  孝夫は冷蔵庫を開け、いくつかの皿をテーブルに運ぶ。窓の外に見える前川建設の社屋に明かりがついていて、まだ多くの人が残っているようだった。父親も家には戻っていない。いつものことだが、今日も遅いのだろう。ずっと父親の会社を見ていても仕方

          座り読みの綾子 8

          座り読みの綾子 7

             7 「だからさ。」とレイが口を開いた。 昼休みの図書室。レイはおおよそ、いつでもここにいる。傷んだ本とブックコートフィルムとレイ。これでワンセットだ。 「だから、綾ちゃんが休憩するのは、日本舞踊が綾ちゃんを疲れさせるから、っていう訳でしょ。踊りのお稽古で疲弊してたり緊張してたり、悩んだりしている訳でしょ。それで、休憩を取るために総合書房のおじさんのところに行って、座り込んで本を見てる。」 レイが事もなげにあっさりと言う。図書の修繕をしている手は休まず、そのまま動い

          座り読みの綾子 7

          座り読みの綾子 6

           6 「おじさん、こんにちは。」 「あ、綾ちゃん来たね。い、いまね階段の整頓をしているからち、ち、ちょっと、待っててよね。」 総合書房。綾子の通う本屋は綾子の心持ちに関係なく、いつもの通りに営業中だ。店主のおじさんも、全くいつもの通り。ハタキを持った右手はそのまま、腰に当てた左手を離して、綾子に向けて降ってくれる。  綾子は太宰治の本に手を伸ばしかけ、やっぱりこれは総ざらいが終わってから、と何故だか思い直して、なだいなだの著書も、ちょっと考え、迷ってから手放して、岸田秀も

          座り読みの綾子 6

          座り読みの綾子 5

           5 「おはよう!おかだー」 「おはよう。ちょっと、ランドセル引っ張らないで。」 前川くん。私のじゃなくて、隣のユリちゃんのランドセルを触れば良いでしょ。全く、もう。 「なあ、お前の発表会ってさ、ご祝儀、もっていかなくていいのか?」 「ご祝儀? いらないよ。素人の発表会だもん。」 「発表会のこと、話したんだ。そしたら母さんが、なんか持って行くもんじゃないの?って言うからさ!」 前川くん、きのうお母さんに会ったんだね。だから、朝からご機嫌なんだね。 「いいから、手ぶらで来

          座り読みの綾子 5

          座り読みの綾子 4

            4  稽古、稽古、稽古。でも全然うまくいかない。悲しくなってくる。    綾子は4歳で日本舞踊を習い始めたそうだ。自分ではほとんど覚えていないが、踊りの先生から渡された舞踊扇子を口に持っていって、畳まれた扇子の角を舐めていたことはおぼろげに覚えている。小さい頃は筋が良いと言われたそうだ。「筋がいい」というのは、たぶん「勘がいい」に近い意味なのだ、と綾子は結論づけている。スポーツでも勘がいい人はいる。ものすごく飛び抜けて野球がうまい前川くんと、それなりにうまい多田くんのバ

          座り読みの綾子 4

          座り読みの綾子 3

          「行ってらっしゃい。気をつけてね」という母の声を聞いて登校する。  朝、学校に行くときはは裏口からではなく、店の中を通る。子供が店に来たらいけない、と両親にも祖父にも言われているから、開店前にしかここに入れない。自分の家なのになあ、と綾子は思う。店の内側にかかっている暖簾に触って、硬い木綿地の手触りを楽しむ。祖父はもう仕入れのために河岸へ出てしまっているから、朝には会うことがない。綾子はシャッターの降りている総合書房の前を通りすぎ、さらに坂を上がって小学校に向かう。歩いている

          座り読みの綾子 3

          座り読みの綾子 2

            2  総合書房を出たら、ゆるい坂を下って進む。商店街の端のほうに見えてくる小さな寿司屋が綾子の家だ。暖簾にはぴんと糊が効いていて、その固さを保ったまま風に揺れている。店の中からはお客さんたちの話し声、立ち働く母親の声が聞こえて来る。  綾子は裏口から自分の家に入る。靴を脱いだ先には玄関もなにもなくて、すぐに小さな四畳半になっている。綾子はここで静かにランドセルを置き、茶碗を持ってきて一人で食事をする。ご飯を噛んでいるあいだ、お客さんたちの声を聞くともなく聞いている。毎日

          座り読みの綾子 2

          座り読みの綾子 1

          「 おーい。もういっかい打ってやろうかー」 あっちで前川くんが叫んでいる。 軽くて小さい自分のグ ローブを振り上げ、綾子はイエスの意思表示をする。前川くんはフライを打ち上げるのがとても上手くて、綾子が必ずキャッチできるようなボールを打ち上げてくれる。 扱いが難しいはずの、前川君のの細くて 長いバット。 このバットがふっと軽く鋭く振られ、はじかれたボールが素直な軌跡を描き、綾子のところにボールがやって来る。夕暮れの、ちょっと曇った空。 来た来た。本当にこっちに来た。 あんなに

          座り読みの綾子 1