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風と踊る

水曜日は大崎に通っている。大崎の駅前はソニーのビルなどもある、わりと無機質な超オフィス街だ。駅と大規模なビルをつなぐ大きなペデストリアンデッキがあり、その下でおそらく近所のおじいさんがランニング姿で太極拳をしているのを見ることがある。ペデストリアンデッキの上は賑やかだが、その下はほとんど通るひともなく、がらんとした空間で、薄暗くひっそりとしている。直射日光にもじりじりと照らされることもないし、地面も平らだし、ペデストリアンデッキの下というのはおそらく日の当たる公園よりも太極拳に向いている環境なのかもしれない。

おじいさんはいつも、虚空に向かってゆっくりと動いている。のだが、今日はちょっと様子が違った。今日はとても風が強くて、ペデストリアンデッキの下はビルのあいだをぬけてきた風が対流してくるくると渦巻いていた。おじいさんは、その対流する風に乗って行くように、とても大きい身振りで動いていた。もともと誰も通らない道なので、空間は使い放題だ。おじいさんの動きはかなりの自己流みたいで、太極拳もとくに美しいということもなく、その風に合わせた大きな動きも、一見ただの妙な人という感じであった。

だがそのおじいさんの動きに、「自然と一体になる」とはこういうことかとはっとした。この地球の上で、すごく遠くからやってきた空気が動いて風になっているのを感じる。その動きに、人間が同化していく。そのとき、風も人も同じものからできているのを感じる。この道も木もビルも。この世界がほんとうはひとつなのだということを。

ああっっっ!!!!!これは「カンフー・パンダ」でシーフー老師がウーグウェイ導師から教えられた「インナー・ピース」というやつではないだろうか。

マスター・シーフーは、達人はみな「内なる平和」への道を見出すのだと言った。そして可能になるのは、自然を操るのではなく、自然を含む宇宙そのものと一体になることなのであった。ランニング姿の太極拳のおじさんが見ていたものはこれかもしれないと私は思ったが、写真を撮る勇気はなかったのでみなさん適当に想像してみてください。

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