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この世界がサイテーなのには理由がある「このサイテーな世界の終わり」

ティーンエージャーの頃、世界は真っ暗闇だった。楽しいことなんか一つもなかった。思春期になると、子供からちょっとだけ大人になって、力がちょっとだけ強くなって視界がちょっとだけ広くなる。行動範囲も広くなる。もう親に守ってもらえなくてもどこにでも行ける。だから何かできそうなんだけど、わたしは臆病なわりに尊大で、結局何もできずに、気力と体力ばかりが余って鬱憤がたまるばかりだった。家はど田舎で、きらびやかな高校生活は雑誌やテレビの中にしかなかった。メディアの中の女子高生は人生の盛りとばかりにちやほやされているが、わたしが通う学校は田舎の女子校で出会いもない。わたしといえば田んぼの真ん中をママチャリで学校と自宅を往復する毎日で、部活も帰宅部、スポーツも勉強もおざなりにする、無気力な高校生活を送っていた。

Netflixで、最近「面白い」と話題になっているドラマ「このサイテーな世界の終わり(原題:The End Of The F***ing World )」を見た。批評サイト「ロッテン・トマト」でも97点というハイスコアを記録するこのドラマ。音楽はブラーのグレアム・コクソンという話題作。

遠いイギリスの、いまのティーンエージャーの話だけど、ここにはわたしが学生時代に感じていた青春の鬱屈、あの苦しい感じが克明に再現されていたのに驚いた。

ドラマの舞台はイギリスのど田舎の高校。主人公のジェームスは自分を「僕は間違いなくサイコパスだ」と語る。父と一緒に住んでいて、小動物を殺すという危ない趣味を持っている。その趣味がエスカレートし、「次は人間を殺す」という夢を持つ。そのターゲットになったのが、同じ高校のアリッサだ。アリッサは嫌な性格で、人をイライラさせる天才だ。ダイナーで「クソ大盛りにして持ってきてよ」なんてウェイトレスに言い放ち、言葉遣いを注意されると逆ギレして店を飛び出す。アリッサは母とその再婚相手、彼らに出来た双子と一緒に住んでいて、母は自分そっちのけで新しい家庭に夢中、義父は卑猥なジョークを言ってくるというつらい境遇。

そんな2人の共通点は、現状にうんざりしているということだった。「ここから逃げることができたらいいね。アメリカの高校生みたいだよね」とアリッサは言う。だがここは鬱々としたイギリスの田舎町で、楽しいことなど何もない。楽しい生活はいつだって自分の手のなかにはないのだ。

そこで2人はこの町を飛び出して、旅に出ることにした。といってもお金もない、力もない2人がどこまで遠くに行けるのか。相手を殺せるかもしれないと狙うジェームスと、つらい境遇ゆえに性格がねじくれてしまったアリッサと、2人の短絡的な逃避行は初っ端から思わぬ展開に。。

アリッサの性格は悲惨で、誰にでも暴言を吐いて噛み付く。セックスについてもあけすけなことを言い、慣れきっているように、どうでもいいというように振る舞っている。だが実は彼女は処女で、経験も知識も全然ないのだった。ジェームスも悲惨な過去が明るみになってきて、2人に共通するのは愛に飢えているということなのだった。

思春期になってやっかいなことがおこるのは、家族以外の誰かと繋がることが出来るという可能性に気づくからだ。そしてそれは、今までになかったような幸福を与えてくれるらしい。メディアにはインスタントな愛があふれ、自分もテレビで見た通りに振るまえば、愛が手に入るのではないかと思う。誰か異性を「好きになって」、「抱き合えば」、メディアの中にあるような幸福というものが手に入るのではないかと思うのだ。でも全然そうじゃない。アリッサはポルノを見て「こんなのなんてことないわ」と強がり、ジェームスに性的なことを強要したりする。そうしてすれた女を演じているのだが、実は内心震えているのだ。アリッサは偽悪的な態度を取ることで、自身の傷つく心を隠しているのである。

一方のジェームスといえば、悲惨な過去から「感情を表に出さないように」してきた。内心は深く傷ついている2人だが、そんなこと外見からはわからない。そうしているうちに、なし崩し的に様々な事件が起こっていく。起こったことだけを見れば、2人はまるでボニー&クライドのようなならず者だけど、そこに至るまでには複雑な理由があるし、必然性もあった。内面の傷は、外面からはわからないものだ。

ただ、ドミノ崩しのように事件が起こる、文字通り「このサイテーな世界」を見ているうちに、この世界がサイテーに見えるのは、愛を知った時に世界が輝いて見えるためなんじゃないかと思った。この世界は残酷でタイミングが悪くて不運で最悪でサイテーだ。でもそんな世界でも、愛する誰かがいると輝いて見える。その輝きの美しさを知るために、美しいと思う喜びを知ることができるように、そのために世界はわざわざサイテーになっているのかもしれない。そうして見る、愛のある世界は、このサイテーな世界をバラ色に染めあげてくれるものである。そんなことを思わせてくれるドラマだった。ラストシーンは「大人はわかってくれない」に匹敵するような鮮烈さである。

1話20分、8話完結なのでぜひ気軽に見てみてください。

このサイテーな世界の終わり





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