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日本人シェフがおもてなすパリのレストラン

 今年のお正月にパリへ訪れた際、私は高熱でノックダウンで3日間寝込むという失態で、パリの思い出はホテルのベッドでパートナーが「精がつくから」と買ってきた、アメリカのFIVE GUYSというハンバーガーチェーンのバーガーを齧ったことと、熱を推しても、どうしても買いたかったバッグ、Poleneのブティックでぶっ倒れたという、できれば思い出したくない出来事くらい。
 ということで、今回はリベンジ・パリ。イギリスとイタリアの間に無理矢理押し込んだ渾身の2日間。   YouTubeのお料理動画が、作ってみるとびっくりするほど美味しく、また声フェチの私にとってずっとずっと聴いて(聞いてではない)いたくなる声にうっとりしてしまう、網津聡さんのお店を予約しておいた。
 網津さんは、世界有数のミシュラン三つ星の「ジョルジュ・ブラン」で長年副料理長を務めた、つまり三つ星でNO2だったスーパーシェフ。だからどんなお料理にどんなソースを提供するのか、訪れる前からワクワクしていた。
 私のnoteを読んでいる方なら、私のパートナーがいかにジャンク愛好家で、こういう繊細な料理は苦手中の苦手というのはご存知だと思うけれど、しかもチーズ、大蒜、全ての酢と全てのソースを拒否というとんでもない偏食。そんな彼を連れていくことにかなり躊躇したけれど、シェフの「もちろん好き嫌いに対応」というお言葉に甘えて、店にとってはかなり迷惑な客を引きずってお店にやってきた。


 どちらかというとファインダイニング的なお店を想像していたら、極めてカジュアルでアットホーム。でも椅子のデザインやライティングがやっぱりパリのレストラン、モダンとレトロが程よくミックスマッチした寛げる空間。
 7時オープンと同時の予約だったので、お店はガランとしていたけれど、私たちが席に着いてメニューを眺めてるうちに、テーブルがどんどん埋まっていく。
 メニューはその日の食材で決まるようで、前菜5品とメインが5種類。ベジタリアンのメインもあった。
 私が選んだ前菜は蛸とチョリソーソーセージのサラダ。


 網津さんのお料理はとにかく美しい。美しさが優先するお料理は、飾りが味の邪魔になったりして食べてガッカリということが少なくないけれど、この前菜は、全ての素材それぞれに意味があると納得できる。お皿に存在する全ての味の調和が見事だ。


 ソースを絡めると旨みが食べた瞬間に口の中にふわっと溢れ出す。それが「これでもか」という濃厚な押し付けではなく、全てが混ざり合って、優しくじわじわと広がる感じなのだ。ソースは口の中で旨みが弾けた瞬間、もう素材と融合して一体化する。素材を知り尽くしているからできる組み合わせなのだなあと納得した。
 メインの本日の白身魚も魚と相性の良いフェンネルはともかく、シシトウの存在に驚いた。

洋風のソースに浮かぶシシトウには初めてお目にかかったけれど、その辛味がソースにキックを、ソースが辛味をマイルドにする相乗効果に嬉しくなる。ムール貝のコクが芳るソースはパンを擦りつけたくなるし、ところどころに色のアクセントを添える紫玉ねぎのマリネは、らっきょうを思わせるコリコリの食感と酸味で思わず笑みが漏れる。ギフトの箱にさらに小さなギフトを見つけた時のような気持ちだ。


 ところで、ジャンク好きのパートナーがソース抜きで同じメインを食べたが、「ソース無しでも魚自体の焼き具合だけでこんなにも美味しい」と驚いている。
 私が無理矢理連れて行くファインダイニングでは、手をつけない、あるいは残してしまうことが多い彼が付け合わせの豆まで完食したのには驚いた。
 デザートはクッキードウとチョコレートのアイスクリーム。私には少し甘過ぎたけれど、正にアメリカ的正統なクッキードウをフランスで食べられるのはラッキーかもしれない。アイスクリームはシルキーで濃厚、クッキードウのソースといった役割。

ピーナッツもダメなパートナーのためにソースもピーナッツも乗せられないので、これは例外のプレゼンテーション


 食事が進むにつれて、レストランは満席。ハンサムな青年と可愛い女のこの二人で2階(多分プライベートルーム)含めて忙しなく動き回っている。
 シャンパンで始めたお食事、本当はブルゴーニュを頼みたかったけれど、あまりに忙しそうで、デザートが運ばれて来て諦めてしまった。
 フレンチというとコッテリバターのソースというイメージだが、ここのお料理はとにかく繊細で優しい上に、ゆっくりと楽しまないと発見できない複雑なアロマが口の中、あちこちで頭を持ち上げる。それでいて、素材そのものの味が生かされて、決してソースで誤魔化していない。
 ソースは、まるで主役より優れた名脇役の役者みたいな存在感なのに、そのロールを絶対はみ出さないプロの役者、そんな感じの料理だった。
 最後に、出されたお料理はどれも小賢しさなど一切ない丁寧なフレンチであるにも関わらず、野菜の食感やプレゼンテーションに、なぜか和を感じた。噛み締めながら、今年の春に訪れた京都の景色が甦った。それはシェフが日本人だからという私の先入観だけだろうか。
 次回は美食に貪欲な娘か友人と一緒に来て、グルメな女子会で予約しようと、心に誓った。

Baillotte
16 Rue du Dragon, 75006 Paris, France

https://www.restaurantbaillotte.fr/


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