タクチケ
今年も10月17日から10月20日にかけて、CEATECが幕張メッセで開かれたとのニュース記事をどこかで読んだ。
CEATECとは、いわば最先端技術の見本市のようなイベントで、メーカー・IT企業などが参加しこぞってブースを出すことで、自社製品をアピールする場となっている。
私も、メーカーの社員時代に参加したことがある。
当時三年目にして、部署異動があり、技術営業といって営業の方々に同行し商品の説明や拡販業務を行なっていた。名前はコロコロ変わるが、言ってみればマーケティング部署みたいなものである。
そのような経緯もあり、CEATECの自社ブース内でデモ機の近くに立って解説担当をしてほしいとお達しがやってきた。
外部と交流する良い機会だろうと、私の他にも多くの若手が、説明員として駆り出されていた。
CEATECは4日間にわたって、午前10時から、午後6時まで開かれる。
我々説明員は、4日間に渡りシフト制で交代。
初日の者を除いて、当日の午前に関西から幕張に移動、午後には前任者から引き継いで説明員を担当、続いて翌日の午前も担当し、午後からは別の者に引き継ぎ、という流れになっていた。
私は、3日目の午後と4日目の午前担当となっていた。
業務の流れはざっくり言えば、ブース内に入ってきた人でデモ機に関心のありそうな人に声をかけ、デモ機の解説を行い、さらに興味のありそうな人には名刺交換をして、営業部が作成したシートに顧客情報を記入、後日営業部が見込みありそうなところに営業をかけるという流れだ。(全部一応行ってたのかも)
このようなイベントは、新たな商談のきっかけにもなりうる、とも言える。
3日目に現地入りした私は、早速用意してあった昼食の弁当を食べ、前任者から引き継ぎを受けて、ブースに立つことになった。
「今日は、あんまり人少ないねぇ。」
前任者から言われた通り、ブース内に足を運ぶ人間は当初少なかった。
少ないなりに、ちょこちょこ人はウロウロしていたので、適当に声をかけ、うろ覚えの説明を始める。最初のうちは慣れなかったが、1時間もすれば、大体テンプレートのようなものができ、その後は慣れたものである。
午後3時を回ったあたりから、急に訪れる人も増え始め、気づけば名刺交換した枚数もかなりの数になり、最終的にはまずまずの盛況に終わった。
午後6時になり、片付けを終え、近くのホテルのチェックアウトを済ませると、京葉線に乗り、新橋へと向かった。
当日私は飲みの約束をしていた。
関東に出張に行く機会もそれほどなかった当時の私は、なかなかに浮かれ気分で、大学時代の友人が待つ新橋へと向かう。(京葉線は、東京駅の乗り換えが遠い。。)
友人は関東に転勤になっていた。
「SL広場で待ってて。」
LINEには、そう書かれていた。
少し仕事で遅れるらしく、やることもなかったので広場のあたりをウロウロする。
「ちょい写真撮ってもらって良いすか?」
カップルから声を掛けられた。
二つ返事で写真を撮り、スマホを返すと、
「いやー、実は関西から来たんですよー」
カップルは関西人だったようだ。
関西人は関東に来ても厚かましいのか。
「あ、僕もそうっすよ。」
「えー、そうなんですか?」
少し、驚いた表情だったがこれ以上会話は続かなかった。
そんなこんなしているうちに友人が到着する。午後の9時近くにはなっていたかと思う。
「時間もあれやし、家の近くでいい?」
そう言って友人宅近くの五反田に移動することになった。
「せっかく来たんやから、もてなさんとな!」
いつになく気合充分の友人だったが、私は翌日も説明員がある。
「帰りは心配せんでええで!タクチケ持ってきたから!」
友人は当時地方のテレビ局に勤めていた。今となっては時効だが、私と飲んだ後、送り返す為にタクシーチケットを持ってきたらしい。
「これでもう無限に飲めるやろ!」
こうなってしまっては、私も付き合うほかない。
結局五反田の居酒屋でクダを巻いているうちに、午前4時近くくらいにはなっていた。
「これで帰ったらええで!」
なかなか酒が回っている私に、友人はタクチケを渡し、私を送り出す。
五反田から、幕張は遠い。
タクシーに乗っているうちに、何回か嘔吐いたが、なんとか堪える。
その間も車は高速をぶっ飛ばしていた。
ホテルに着いた頃には、空が少し白んでいた。
翌日の説明員は午前10時からである。
少しでも寝たい私は、すぐにベッドに身を投げ出していた。
朝起きると午前9時。急いで支度を済ませ、ホテルをチェックアウトして、会場へ向かう。頭がガンガン痛い。
前日同様、テンプレートの説明をしているが、大層酒臭かっただろう。
もはやヤケクソである。テンションも少し高かっただろう。
前日が、
「こちら、どうぞ。」
だとしたら、
その日は、
「こちら、ドゥゾー↑」
くらいにはなってたと思う。
完全に自分が悪いのだが。
なんとか、午前の部が終わろうとした頃、見た目は至って普通のオジサンがブースにやってきた。
少しウロウロしていたので、声を掛けてみると、
「なるほどなぁ。こういう新しい技術とかってのは、若者にやらせてみればいいんだよ!ガハハハハ!」
なかなか、ノリが良いオジサンとお見受けした。
「いやー、ホンマっすねぇ!」
おそらく酒臭い息を漏らしながら、やや関西弁強めに返事をする。
そう言われるとこっちとしても、無鉄砲な若者を演じなくてはならない。
あんまり無意味かもなぁと思いつつ、なんとなくの勢いでこう続けた。
「あの、名刺とか交換していいっすか?」
通常、あんまり関心なさそうな場合、めんどくさい場合などは名刺交換はしない。営業部としても見込み客を厳選しないと労力を削られる意味もあるだろう。
その時の私は、何故か口が先に動いていた。
「ああ、いいよ。」
と言って渡された名刺は、他の人と違い何やらキラキラ光っていた。
昔のカードゲームのレアカードみたいな。
名前の上に肩書きが書いてある。
「ソ⚪︎トバ⚪︎ク株式会社 △△△センター長」
めちゃめちゃ大企業のお偉いさんでしたぁぁぁぁぁ。
めちゃめちゃ酒臭い対応してましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
あっけに取られている私を尻目に、オジサンは颯爽と去っていった。
後日自社に戻ると、何やらてんやわんやしている。
「おい、誰が担当で行くんや?」
「とりあえず部長と課長で行くらしいですよ。」
どうやら、どこかに挨拶に行くらしい。
行き先はおそらくソレ。
大変そうだなぁ、と思いつつ、
「それ、俺が酒の勢いで持ってきたんすよ。」
、、、とは流石に言えなかった。
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