デリバレートプラクティス

ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルは様々な職業におけるプロフェッショナルにインタビューした結果、一流と呼ばれるようになるまでに彼らは皆少なくとも一万時間以上の練習を積んでることを自らの著書で述べている。

一万時間以上とは一体どのくらいの時間なのか?

一日3時間練習をしたら、およそ9年間にも及ぶ。

では、誰でもそのくらい時間をかけて努力すれば一流のプロフェッショナルになれるのか?

残念ながら、世の中はそんなに甘くはない。

そこで、多くの人が考えがちなのは、才能がなかったらいくら時間をかけて無駄だってこと。

たしかに、どれだけ野球を練習したってイチローや大谷のようなメジャーリーガーになれるわけではない。

しかし、一流と呼ばれるプロに到達するための様々なメソッドを試すことは決して無駄ではない。

フロリダ大学の精神学者のアンダー・エリクソンは、「高い目的意識を持ち、科学的根拠に基づいた効率的な練習をすれば、誰でもプロ並みに上手くなれる可能性を持ってる」と述べる。

彼が提唱しているのは、デリバレートプラクティス(Deliberate Practice)と呼ぶ練習法だ。

日本語では計画的な訓練とでも意訳できるが、Wikipedieaの定義だと以下のような説明になる。


repetitive performance of intended cognitive or psychomotor skills. rigorous skills assessment. specific information feedback. better skills performance.


繰り返し行う意識的または精神運動性技術、精密な技術向上の診断、特定のフェードバックとより技術的に向上したパフォーマンス。

ただ目的なくダラダラと練習を繰り返すのではなく、意識的に練習の目標を定め、その結果を記録し、良し悪しによって改善方法を考え、出来なかった部分を集中して練習するというやり方だ。

主に技術の向上に重点を置いたトレーニングで、PDCAサイクルのそれと似ているかもしれない。

例を挙げるなら、サッカーのシュート練習をする時に、一日の練習量を100シュートと決めて、一本一本に集中し、そこから得られたデータを記録していく。

外したらなぜ外したのか考え、キーバーの動きや心理的な駆け引きを分析し、次の練習のセットでそれを意識し、改善していく。

多くの選手はこうした努力をするまえに、根気が続かず諦めてしまう。

これを当たり前にできる人とできない人がいて、当然プロサッカー選手として大成するのは前者だろう。

このプロセスを投資に置き換えてみる。

どれだけトレードを繰り返したって、損切が遅く、利確が早ければ、たとえ勝率が高くても、遅かれ早かれ必ず口座の資金は減っていく。

なぜ負けるのかという理由を考え、負けている手法と逆のやり方を試してみるとか、欠点を改善していく目的意識で取り組めば、いつか必ず「こうすれば勝てるんだ」という自分なりの答えがでてくる。

スポーツ選手には欠点を指摘してくれるコーチの存在がある。

アンダー・エリクソンは、パフォーマンスの改善には他者の存在が大きいと述べている。

自分自身のやり方を客観的に見るのは容易ではないし、実際に稼いでいるトレーダーがアドバイスをくれるのなら耳を傾ける必要があるだろう。

デリバレートプラクティスを最大限に活用するには、同じような目標を持つ仲間を多く持つことだ。

SNSやツイッターも使い方を間違わなければ有効なツールとして、トレードスキルの向上に役立つ。

人類は試行錯誤しながら、様々なスポーツ記録を更新してきた。

たとえば、マラソンの記録。

1896年に行われたオリンピックのマラソンの記録は、2時間58分50秒。

120年前は、42.195kmを3時間あまりで走れば、世界一のランナーとして君臨できたのだ。

現在の最高記録はデニス・キプルト・キメットが2014年に出した2時間02分57秒。

この1世紀のあいだに記録を1時間も縮めたことになる。

今のご時世は3時間で走る市民ランナーもいるし、女子ですら2時間台で走る。

この120年で人類がより速く走れるように進化したのか?

確かに生活環境や食生活が改善したが、身体能力が昔よりもはるかに向上したというような具体的なデータはない。

すべては地道な技術の向上が記録更新につながったのだ。

マラソンのケースは極端だとしても、ほとんどのスポーツ記録は世代が若返るごとに上書きされている。

昔のメジャーリーグでは、160キロ台のスピードで投げる投手はほとんどいなかった。

いまや、アロルディス・チャップマンをはじめ170キロ近くの剛速球を投げる投手は珍しくない。

これも選手の身体能力が変化したのではない。

昨今のメジャーでは、従来の勘や経験といった曖昧なものではなく、セイバーメトリクス (SABRmetrics, Sabermetrics) というコンピューターを使用し、データを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考えるやり方が主流になっている。

各球団はスポーツ力学の専門家を雇い、どうしたら早い球を投げられるかといったことが研究され、そのノウハウが数多くの剛速球投手を生んでいるのである。

最近では球速スピードよりも、投げる球の回転数が注目され、フォークなどは回転数が遅いほうが三振が取れるということがわかってきた。

これもいってみればデリバレートプラクティスが導いた結果と言っても過言ではない。

結局のところ、成功するのに最も大切な要素は、生まれ持った才能云々よりも、明確な目的を持ちそれを可能にするために効率的な練習をやり続ける情熱があるかどうかなのだ。

株でもFXでも最初から上手い人はいない。

トレーディングという作業こそ、技術的向上という点でデリバレートプラクティスの効果は計り知れない。

少なくともプロ野球選手やプロサッカー選手といったプロのレベルに到達するのに比べたら、一般人が投資で成功するのははるかにハードルが低いといえるだろう。

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