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あるすばらしい夜の咄 夜咄@福山

今回私は、4泊5日で、島根→鳥取→岡山→広島を巡る旅をした。その最後の夜は福山で過ごす。予約していた夜行バスが東京に向けて出発する場所だからだ。

最後に訪れる店は、福山市昭和町の「夜咄」と決めていた。さる筋から確かな店だとの情報を得ていたからだ。そうでなければ、福山駅南口から1km、何度も角を曲がらねばたどり着けないこの店に、一見の観光客が入るはずがない。

実は今回の旅はトラブル続きだったのだが、最後の夜、この店を訪れる直前に最悪のそれが起こった。

ポータブル充電器とスマホ本体を結ぶUSBケーブルが、経年劣化で切れてしまったのだ。

旅先でスマホが使えなくなるのは、2010年代のこの社会においては最悪の事態である。しかも、来店の予約をした1800に、あと15分ほどでなってしまう。


名勝鞆の浦からバスで福山駅に着いた私は、駅ビルの中にあるauショップを目指す。悪いことに、ショップは改札口から一番遠い奥にある。しかも、ケータイショップは客さばきに時間がかかる。順番待ちをしていて苛立ちが募る。

で、切れたUSBケーブルと同じものを買ったのに充電できない!なんだこれは!? そうこうしているうちに1800を過ぎてしまった。お店に連絡を取りたいが、取る手段がない。今どきの公衆電話には電話帳がないのだ。電話番号の調べようがない。

やむなくセブンイレブンで乾電池式の使い捨て充電器を買うことにした。これだけは避けたかった。しかも、慌てていたために、タイプCではないものを買ってしまった!開けてから気づいたので、仕方なく買い直す。気をつけていたつもりでいたのに……。ここまでトータルで4500円ほどの予定外の出費。

で 、ケーブルをさしても充電は0%のまま。わかっていた。乾電池程度でスマートフォンが充電できるはずがないのだ。

どうするか?タイプは違うが、セブンイレブンで買った乾電池式の充電器のケーブルを、手持ちのポータブル充電器に繋いでみる。充電できた!

2%まで充電がたまったところで1815。慌てて「夜咄」に電話をする。最近飲食店での予約の無断キャンセルが問題になっている。店主に叱られ、断られても仕方がない。なんて夜だ!

が、「夜咄」の、声を聞いただけでもまだお若いとわかる店主は、「お気をつけていらしてください」の一言だけ。この時私は心に誓った。予定していたよりも酒を呑もう。料理を食べよう。そして、何があろうと、各種SNSでお店のことをべた褒めしようと。

店に着くと、カウンターにすでにお若い女性が3人座っていた。さほど広くない店に110kgの巨躯の私が入った。しかもカウンター一番奥の席である。店主に遅れて来たことを、女性客たちには椅子をひいてもらうことを詫びながら奥の席に座る。

まず日本酒を頼む。ここは店が銘柄を自動的に決めてくれるシステムのようだ。その方が私にはありがたい。3杯頼んで「天宝一」「澤の花」「宝剣」の順に出てきた。


料理は「つむぶりのユッケ」「小いもとゆばのあんかけ」、少し時間を空けて「わたりがに身だけ酢」「和食屋の牛ほほ柔か煮」を頼んだ。


隣に座っているお若い女性3人(職場の同僚?)の会話がおもしろかった。内容はもちろんよく分からないのだが、とにかくリズムが良い。「そりゃいけんわぁ」を連発しているのもおもしろかった。

料理が提供される度に、3人声を揃えて歓声を上げる。もちろん、料理そのものにそうさせる力があるからだ。

良い店には良い客が付く。これは真理なき世の真理である。というか、そんなことは論理的に考えて当たり前である。

私は特に温かい料理が良いと思った。「小いもとゆばのあんかけ」(私は注文時、手書きメニューを見て「小いも」を「小つも」と発音してしまった。食べてから自分の間違いに気がついた。心優しい店主は、復唱時に発音しなかった)も「和食屋の牛ほほ肉柔か煮」も、永遠に食べていたい旨さだった。



先ほど、この店のことをべた褒めしようと最初から決めていたように言った。が、当然冗談である。繰り返すが、この店がかなりの実力店であることは来る前から知っていた。だから私はこの店に来たのだ。

そして、実際に来てみてはっきりした。福山に、あるいはこの近くに来たときには、また必ずよらねばならないと。

今回の中国地方旅行のうち、広島・岡山は3年ぶり2度目の訪問であった。今回訪れた店のいくつかは、前回も訪れた店であった。が、いずれも店主が高齢であるなどの理由から、今回店が開いていなかったこともあったし、次回また訪れることができるか心もとない店もある。

だが、この「夜咄」はそういう心配はないだろう。店主は若く、実力があり、何よりもすでに良い客が付いている。

店主に話しかけられたが、自分は旅行者であるということ以外は伝えなかった。この店はカウンター席だけではなく、金曜夜はさすがに忙しそうだったので遠慮した。本当はこの中国地方旅行がいかにすばらしかったかをお話ししたかったが。

旅行を締めくくる、完璧な夜だった。 「そりゃいけんわぁ」は、日常の場面でいつか使いたいものだ。この福山の夜の思い出の証として。

https://m.facebook.com/yobanashi/?locale2=ja_JP

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