Navel

 神さまってどこにいると思う?
 彼女が僕に訊ねた。僕はいつものとおり、小さな息をひとつ吐き出してから、答えを考えはじめる。一昨日訊かれたとき、僕はエルサレムと答えた。疲れていたからあまり頭を使いたくなかったのだ。その前にはたぶん、十字架のなかと答えたと思う。その他に今までどんな答えを導き出したのかはおぼえていない。そんなことをいちいちおぼえてもいられない。
 僕が考えているあいだ、彼女はマットレスの上から手を伸ばし、クシャクシャになった赤いゴロアーズを取ると、老獪な刑事みたいに吸った。彼女が灰皿に手を伸ばすたびに、ところどころスプリングの飛び出したマットレスが金属製のハムスターみたいにキュッキュッと鳴った。その音は残り時間を刻む音のように聞こえる。シンキング・タイムのカウントダウンははじまっているのだ。僕は暗がりの部屋で、うつぶせの姿勢のまま、もっと闇の深いところに答えを探す。煙と月明かりが沈黙と混ざり合って、消える。
 陶磁器みたいに青白く硬質に見える彼女の肢体をぼんやりと眺めながら、僕は神さまの居場所を探した。そんなものがいたらの話だけれど。なにしろ僕はもう数え切れないほど、その在り処を突き止めようとしてきたのだ。見つかるとしたら、それはこの世界ではないことくらい見当がついてしまっている。
 いつまでこんなことを続けるのだろう? どれだけ探したところで見つからないものもある。それならば、そんなものはないものとしてしまった方がずっと楽になれるのではないだろうか。眠たそうな目でこちらをふり向いた彼女に僕は微笑みながら、ピストルの形にした右手の人差し指を自分の頭に向ける。彼女は何も言わずに、じっと僕を見つめる。
 そこが神さまのいるところ? 彼女は独り言を呟くように言った。煙のように小さな声だった。もしそうだとしたら、あなたの頭ごと神さまを叩き潰してやるわ、と言いたそうに不満げな口ぶりだった。
 人の心の中などという凡庸な返答よりは気が利いていると思ったのだが、それはどうやら僕の思い違いだったようだ。僕はいつも勘違いばかりしている。僕はずっと取り違えてきたのかもしれない。質問の意図を、あらゆる意味を。
 僕は右手をそっとこめかみから離すと、行き場を失った右手を彼女の胸へと向けた。静寂の渦が激しさを増したように耳の奥で反響している。身体の向きを変えると、彼女は僕の右手をその年の最初に降るひとひらの雪を受けとめるように、そっと握った。とても冷たい手だった。そして、彼女はゆっくりと僕の右手を自分のお腹のあたりに持っていく。迷子になっていた人差し指は彼女のほぞを指し示し、僕は神さまの意味を知る。

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