【小説】将棋の滅亡(2/4)

 翌日、第2局が開催された。私が先手番、会長が後手番だった。試合は順調に進み、またもや会長が悪手を指した。そして、すぐさま、前回と同じ状況になった。次に会長がどんな手を指そうと、次の私の手で「詰み」である。会長の持ち時間は、まだ1時間40分あった。また同じことをされるのか……。私が心の中でそうつぶやいたとき、意外なことに、会長はすぐさま次の一手を指した。さすがに、同じことを二度もするのは恥ずかしいと思ったのだろうか。私は安堵した。私は次の一手を指し、そこで「詰み」となった。私の2枚の駒が会長の「王将」の前に立ちはだかり、王将はどこにいっても取られる。仮に、私の1枚目の駒をとったとしても、その後ろに待ち構える2枚目の私の駒が王将を撃破する。きれいな「詰み」の形だった。
「まで。91手を持ちまして……」
記録係が対局の終了を宣言しようとすると、会長が遮った。
「いや、いや、まだ待ってください。」
待ってくださいもなにもなかった。勝負は終わったのだ。この人は何を言っているのだろうか?
「あの、詰みですから。」
記録係がそういっても、会長は盤面を見つめて動かなかった。
「あの、会長、もう、詰みです。」
その言葉を聞いてか聞かずか、なんと会長は次の一手を指し、私の1枚目の駒を取ったてしまったのである。私はひどく困惑した。この王将、取っていいのだろうか? 私は、今までの対局で、実際に王将を取ったことなどない。というか、恐らくほとんどの人が、そんな経験はない。もし私がここで目の前の王将を取るなんてことをすれば、それは将棋への侮辱ではないだろうか? だが、現に相手は手を指してしまったのだ。これはもう仕方なかった。私は、心の中で将棋の神様に謝りながら、その王将を取ろうとした。
 そのときだった。なんと、会長はさらにもう一手指し、私の2枚目の駒まで取ってしまったのである。その場にいた全員が凍り付いた。
「え、あの、二手指しですよ。」
私がそう言っても、会長は黙っていた。呆気に取られていた記録係もようやく口を開いた。
「あの、会長、反則です。」
会長はのんきにお茶をすすった。
「あの、二手連続で指しましたよね? 反則ですよね?」
私は、半分泣きながら訴えた。すると会長は得意げに答えた。
「まあ、そんなに感情的にならないでくださいよ。いいですか、将棋というのは、いわば、お互いが交互に手を指すゲームです。ですから、私は、そのルールに則って、交互に手を指したんです。」
私は、この人が何を言っているのかわからなかった。
「だから、交互に指すんですよね。今、2回連続で指したじゃないですか。」
「ですから、交互というのはいわば、あなたの番、私の番、あなたの番、わたしの番と、こういうのを交互と言うんですよ。」
「はい、だから、でも、あなたは2回連続で指しましたよね。」
「いいですか。先ほど申したように、あなたの番、私の番、あなたの番、私の番、と、こういう風に指していましたが、今度は、私の番、あなたの番、私の番、あなたの番、と、つまり、これも交互ということですよね?」
まったく意味がわからなかった。
「ですからね、あなたの番、私の番、あなたの番、私の番、となって、その次に私の番、あなたの番、私の番、あなたの番、と、このようになっても、それは交互と言える、ということです。だから、いわば、結果として、私の番が2回連続になってしまうと、そういうこともあるのだと、私は、先ほどから申しているんです。」
なるほど。彼の理屈はこうだ。この対局は私の先手番で始まったのだが、途中で彼が先手になった、ということだ。途中で先手と後手が入れ替わるならば、結果として、2手連続になるということだ。
「あの、待ってください。なぜ、途中で先手と後手が入れ替わるんですか?」
「入れ替わってはいけないと、書いてあるのですか?」
「え?」
「あの、ここにルールブックが存在するわけですが、この中において、この中においてですよ、先手と後手が途中で入れ替わってはいけないと、そのように、書いてあるんですか? 書いてあるんだとしたら、それを見せていただきたい。」
私は一応そのルールブックを確認したが、そんなものは、書いてあるわけがなかった。なぜなら、当たり前過ぎて書く必要のないことだからだ。しかも注意深くルールブックを読んでみると「二手指し」が反則負けであるという記述はきれいさっぱり消えていた。会長が話し続ける。
「いいですか、こちらのルールブック、ここにですよ、『交互に手を指す。』とこのようにしか書かれていないわけですから、そして、今の私の、結果としては2手連続になりましたが、これもいわば、交互に指したと、こう解釈できるわけですから、これは、全く、ルール違反にはあたらないと、そう申し上げているわけです。」
なんというか、もはや私はバカバカしくなっていた。この人としゃべることは、それこそ時間の無駄だと思った。
「あの、記録係のあなた、時間は計っていますか? 今はこの人の手番なんですから、今のこの時間、3分か5分かわかりませんが、きちんと、計測をお願いしますよ。」
私の心はここで完全に死んだ。私は、もうどうにでもなれと思って、次の手を指した。さっきの会長の理屈で言えば、同じ手は、二度は使えない。もう一回相手を詰ませればいい話だった。正直ここから挽回するのはかなり難しいと思っていたが、相手の度重なるミスで、またもや私が優勢になった。そしてまた、詰みの一歩手前になった。恥を知れ、バカ。お前は反則しても負ける運命なんだよ、ザコが。


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