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平行世界へ その5

お祭りに行くのを断って以来、綾ちゃんとの間柄に怪しい雲がかかるようになった。
わたしの中に
「綾ちゃんは普段は慎ましくしてるけど、本当はお金持ちのお嬢さんなんだな…」
という嫉妬心があった。
あと、自分は貧乏な(ちゃんと満腹食べてたし、健康そのものだったけどお金がない)家の子だから、そのことをわざわざ他の人に言わないといけない付き合いは面倒だし恥ずかしかったのだ。

しかし、祭りがない時の綾ちゃんはいつも通りだった。
わたしを憐むでもなく、おべっかを使うでもなく、彼女の普段のペースではあった。
でももしかしたら、意識してそうしていたのかもしれない。

ある時、わたしがエレクトーンを習いに行ってると話すことがあった。
たしか遊びの約束をしようとしていて、その日はエレクトーン教室に行かなくてはいけないと断ったからだ。
綾ちゃんは割と独占欲が強かったので、「えーそんなの休んじゃえばいいじゃん。」
と軽く言った。

わたしとて、4年生から続けてきたエレクトーンに限界を感じていたので、休めるものなら休む。
わたしはエレクトーンを始める時に母と「絶対に続ける」という約束をしたのだ。
何せエレクトーンは当時の転勤族だった我が家にはかなり贅沢な代物だったからだ。
ただ、エレクトーンは毎年のように新型が発売され、3年目ともなると同じ値段で素敵な音色やリズムが使える物ができてしまうのだ。
わたしは機械や道具が非常に好きなので、まだ見ぬ音色やリズムを想像しては「自分のエレクトーンじゃありきたりの曲しかできないわ。」と思い込んで、見慣れた機械に飽き始めていた。
まだ全部のポテンシャルを引き出してもいなかったが、練習しなくてもそこそこ弾けるくらいの課題しか出されなかったのは本人としては辛かった。
今でもその傾向はあるけど、そこそこできたら推敲したり磨き上げたりするのはとても苦手なのだ。

さてさて、エレクトーンの話はそのくらいにして。
その時のわたしにはまだエレクトーンをずる休みする勇気?はなかった。
そして話を逸らすために
「綾ちゃんは習い事しとらんの?」
と訊いた。

少しの沈黙があって
「習ってはないけど、踊りを踊らんといけんのよ。」
と言った。
へぇ、踊り。
どんなの?
「友だちには見せちゃいけん、言われとるんよ。」
えー、もったいない。
「そうかねぇ?」
うん。だってウチは踊りとかできんもん。
「んー、まぁ他の人には踊れんとは思うけど。」
ねぇねぇ。
踊る時は綺麗な格好をするん?
「うん!透き通った布の服を着るんよ。」
えー、どんなんじゃろ?
お姫様みたいなんじゃろうねぇ。
「お姫様か…」
とひとしきり話した後、綾ちゃんは満更でもない顔をした。

そして、ちょっと待っとってと階下へ降りて行った。
突然一人きりになったわたしは例の祭壇のある広間で、ぼーっとしていた。
一人になると改めてその広間はおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
恐ろしげな風に感じるのは気のせいじゃろうと忘れようとしても、祭壇の真ん中にある鏡が直視できないくらいじわじわと存在感を増した。

そこへ、綾ちゃんは襖から顔だけ出して
「お父ちゃん、おらんかったけん、少しだけ踊りを見せてあげる。」
と言った。
見せてはいけない踊りを見せてくれるのだろうか。
綺麗な衣装を着て見せてくれるだけでも嬉しいので、さっきまでの不安を忘れるためにどんな踊りか衣装かを想像して過ごすことにした。

ふと気づいたら、30分くらい経っていただろうか。
綾ちゃんがやけに帰って来ないことに気づいた。
そして、おばあちゃんと綾ちゃんの声が聞こえてきた。
「綾ちゃん、お父さんに分かったら怒られるよ!」
「おばあちゃん、言わんでよ!」
「でも…」
「大丈夫、音楽はかけんし、衣装もすぐ脱ぐけん。」

えー、そんなに大ごとなら、無理して見せてくれんでもえぇんじゃけど。
心配になってきた。
半年くらい遊んでても綾ちゃんのお父さんと挨拶したことはなかったし、遠目に怖そうとは思っていた。
綾ちゃんが怒られるならやめて。

でも、もうすっかり準備ができたらしい。
少し照れながら、綾ちゃんは襖から顔だけ出した。
「本当はお父ちゃんが踊る時を決めるんじゃけど、特別ね。」
と言う。

随分と恥ずかしそうにしながら、綾ちゃんは広間に入ってきた。
綾ちゃんは十二単衣とまではいかないけれど、五色くらいの薄い布が重なった着物を着ていた。
上衣は裾を後ろにゆったり引き摺るような長さで、よく見る着物と違い、ゆったりした袴もはいている。
あの長い黒髪はほとんどそのまま垂らして毛先に近い方で紐で縛っていた。
普通のリボンとかではなくて、組紐みたいな初めて見たような紐。
お姫様というよりは天女みたいな感じだ。
わたしは口を開けて見つめるしかできなかった。

そして踊りがはじまった。
日本舞踊みたいだけど、衣装も相まってやっぱり神様の前で踊るみたいな感じがした。
音楽なしで踊る綾ちゃんをぼーっと見ながら、わたしは浦島太郎っぽいと思った。
特に何かしてあげるようなこともなかったのに、竜宮城に招かれて綺麗な踊りをみている。

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