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CRハルマゲドン・タイム

四つの生物はアァメンと唱え、長老たちはひれ伏して礼拝した。

ヨハネの黙示録


あの子と話すのはとても緊張した。
彼女を夏祭りに誘ったのは、一緒に花火を観るためだ。
一番大きな花火が上がった瞬間、彼女に伝えよう。ずっと君が好きだったって。ジンクスなんて信じちゃいないけど、この夏休みが最後のチャンスだ。彼女が東京に引っ越す前に、必ずそれを伝えなきゃならない。

沙弥ちゃんは隣にいる。だから焦ってはいけない。僕らは2人前の焼きそばを持って屋台を抜ける。神社の境内にはそれなりに人がいた。だけどそれで良い。本当に二人っきりになってしまうと、なんだか失敗しそうだから。

小学生の頃からずっと彼女に憧れていた。彼女との出会いは何気ないものだった。僕達は生き物当番で、メダカの餌やりを一緒にやった。僕達は湾から掬った海水でメダカを飼っていた。僕達はその頃、メダカが淡水魚だって知らなかったし、先生も教えてはくれなかった。そもそも、そのメダカはクラスの誰かが海で見つけてきたのだ。メダカは、ある程度の濃度であれば海水でも育つことが出来る生き物だ。僕は、海の生き物を見ると、絵本の中の海物語を思い出す。海の物語は必ず悲恋で終わるものだ。ガラスケースの中の小さい海から始まったこの愛の物語も、ケースと同じくらいちっぽけで、間違いだらけで、結末は明らかに思われた。

湾からスターマインが上がった。リチウムが反応した赤い火が空に瞬き、消えた。

ドン、ドドン、と花火が続く。空を埋め尽くす花模様は、必ず終わりゆく恋への手向けに思われた。

次だ。次の一番大きな花火が上がったら、伝えるんだ。僕は、君のことが…好きだ。

そう確かに言った。恐らくは、そう言ったはずだ。僕は自分の言葉に呆然として、天上に、天使がいるように思われた。天使はその手にラッパを持っていた。僕はそれを幻だと思った。

次の花火が上がったら、返事が返ってくると思った。

沙弥は少し困ったような顔をしていた。

「タケルくん、わたし……」

ギュンギュンギュンギュン!ギュイーン!

ハルマゲドン・タイム!

空には金色のド派手なフォントで、確かにハルマゲドン・タイムと表示されていた。どうやら、先ほど打ち上げられた玉によって、激アツ演出に入ったようだ。さらに空には数万の天使が飛び交い、その全てがラッパを鳴らし、馬に跨った騎士が4体、順番に飛び出したことで、僕は、大当たりになることを直感した。騎士の登場に合わせてビビッドで派手な数字が順番に表示され、射幸心を掻き立てる。やがてジャラジャラというあの音が聞こえた。あの悪夢の音。

そして、バスケットボール大の金属球が天から降り注いだ。お前たちがこれまで打ち上げてきた玉の全てを、いま返してやるぞと言わんばかりに。何十キロもの上空から金属の玉が降り注げば、地面には壊滅的な穴ぼこが生まれる。人も屋台も境内も、祭りの夜に相応しい色とりどりのお好み焼きになって、まだまだ降り注ぐ金属球に埋もれて見えなくなった。僕達は逃げた。金属球の着弾の揺れで足を取られて、何度も転んだ。転がってくる大量の金属球の波に飲まれて多くの人が潰されていった。他の人たちのことはどうでも良かった。玉にぐちゃぐちゃにされた肉片の横で、小さな女の子が泣いていた。その女の子も、やがては玉の中に消えた。彼女の家の前を通った。瓦礫すら見えなかった。彼女の家族も僕の家族も、もう生きてはいないだろう。

その日、世界各地でハルマゲドン・タイムが観測されたという。ラジオによれば、ニューヨークではその日のうちに2000万人を超える犠牲が出たらしい。ロンドン、パリ、香港や東京も壊滅的な被害が出たようだが、死者数はいまだ明らかにされていない。もう希望は残されていないだろう。

僕はメダカに思いを馳せた。結局、ケース内の海水の濃度が上がりすぎて、メダカは全て死んでしまった。僕達が時々、海水を追加するごとに、塩分濃度は上がっていった。メダカにとっての僕達は、決して世話係などではなく、死を振りまく残酷な黙示録の騎士だった。メダカ達のちっぽけな海の物語はそうして終わりを告げたのだった。

あの後も僕達は逃げ惑い、やがて、湾の裏にある洞窟に逃げ込んだ。やがて洞窟の入口は出玉によって塞がれた。僕は今や、本当に君と二人っきりだ。僕は暗い喜びが湧き上がるのを悟られないように、ゆっくりと息を吐いた。浴衣姿の彼女は美しかった。僕は、彼女の震える肩に手を置くべきか迷っていた。

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