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ディック・ザ・ファック

俺たちは本当に新しい音楽をやらなきゃならねえ
俺たちはただ歌うだけだ。それ以外の全部賢しらに喋りてえだけの奴らに放り投げろ
俺たちは本当に新しい言葉を喋らなきゃならねえ
ディック、テメーも覚悟キメるんだな

なあ、本当に俺たちやるんだな?

ディックと呼ばれた男は身長が190もあった。ペニスもデカいに違いない。しかし、小心者であった。昔からだ。どれだけ鍛えてもそれだけは治らなかった。それでも。

マックス、俺はテメエについてくぜ。

俺たちは民衆に火をつけなきゃならねえ
剣はペンよりも強え。銃は剣よりも強え。そんで最強はなんだか分かるか?爆弾さ。いつだって世界は、爆弾によって動いてきた。
単なる殺傷力の話じゃねえよ。今じゃ誰もがペンを持って、いっちょ前に何かを書いてやがる。だからペンは価値がねえんだ。俺たちの敵はそれにつけこんでコントロールしてやがる。規制するよりも得だとわかってやがんだ。みんな自分の意志だと思ってモゾモゾ何か書いてんのさ。笑えるだろ。そうさ、今どき行動できるヤツなんてそうそういねえんだ。美しく演出された爆発はなによりもインパクトがある。世界を永遠に変えてしまうほどにな。だから俺たちは爆破してやるんだ。あのでけえ糞の山を……

俺たちはロックバンドだ。だから俺たちがヤツらをぶっ殺さなきゃならねえ

スターリーはもはやライブハウスではなくアジトと化した。メンバーの思い出の部屋にはグレイマンが用意した即席爆弾I E Dが積まれている。結束バンドのメンバーは全員テストステロンを打って強くなった。強い男に。名前だって変えたんだ。
ディック。マックス。グレイマン。ゴリアテ。

姉貴、ごめんな。アンタの遺してくれたもの、こんなにしちまった。

マックスは虚空に向かってぽつりとつぶやく。かつてステージの上で燦然と輝いていたSTARRYの文字は今ではホコリを被り、くすんで見える。姉貴は7年前に政府のドローンにチーズにされちまった。あんたは生きんのよ、と呪いの言葉を残して、目の前で。だから、俺は姉貴のために奴らをファックしてやんのさ。

姉貴は最期まで星だったな。

ディックは今にも泣き出しそうなマックスを見て、
グレイマンは凄いよな!昔のスマホで信管を作っちまうなんて!
と話を変えた。
しかし、やはりマックスの悲痛な顔は変わらない。我慢ならなかった。マックスは笑ってなきゃならねえ。泣いてるお前を俺は許さねえ。感情が溢れ出る。それは内側から男の皮を剥いでいく。

にじかちゃん、と。
そう言った。
ふと、昔の情景が溢れる。
にじかちゃん、にじかちゃんはいつも、笑っていたよね。スターリーでみんなと過ごしたあの日。自動販売機の前で。あの居酒屋の前だって。

お姉さんが死んだ日、にじかちゃんは言ったよね。女の体は戦闘に邪魔だ。捕まったらレイプだってされちゃうんだよ。それに……わたしたち、救国の乙女ジャンヌ・ダルクになんてなっちゃいけないんだ。世界を救ったって、結局、次の時代には新しい偶像として利用される。物を言わない象徴にされるなら死んだほうがマシ。わたしたちはけっしてアイドルなんかじゃない。わたしたちは『ロックバンド』だ。
それでもね、私はにじかちゃんに変わってほしくなかったんだ。いつもみたいに、あの笑顔で、私の背中を。

いつか酔っ払いのお姉さんに言われたっけ。「敵を見誤るな」と。私はこの人たちのために音楽をやるんだと、そう思えた。そして、本当に倒すべき敵が現れたとき、私たちは無力だった。誰のために音楽をやっているんだっけ。そんな人たちはぼろ雑巾みたいに死んでいくか党を崇めるようになってしまった。そんな時に私を音楽に戻してくれたのはいつもにじかちゃんの笑顔だった。

マックスはいつもは「にじか」なんて呼ばれるとブチギレるのに、なぜか今日だけは大人しかった。少しだけ笑っている。

馬鹿だな。弱さなんて捨てたはずなのに。結局、肝心なとこで変わることができねえ。
昔からいつもテメェには助けられてばかりだ。ライブの時だっていつもディックが……いや、ぼっちちゃんが助けてくれたんだよ。出会った時から、ぼっちちゃんには……

なんだ。なあんにも変わってなかったんだ。わたしたち。

それで良かったんだ。マックスはにへらと微笑んだ。

マックスは咳払いする。

よし、行くぜ。もうじき喜多ちゃんグレイマンリョウゴリアテも到着する。こうでなくちゃロックとは言えねえ。世界がこんなんなって、ようやく俺たちはロックになれるんだ。オリコンチャートなんてクソ喰らえ。音楽レーベルなんてクソ喰らえ。この腐った世界を全部爆破してやるんだ。党も、奴らの「唯一の理」とやらも全部ファックだ。
見せてやろうぜ。ギターヒーロー。俺たちの、
いや、テメェの。ディック・ザ・ファックを!

* * *

昨日、党本部で起きた火災で、警視庁は市民解放戦線と見られる犯行グループによる放火の可能性について調べを進めています。犯行グループは数年前から行方をくらませていた後藤ひとり容疑者、伊地知虹夏容疑者、喜多郁代容疑者、山田リョウ容疑者と推定されており、顔と名前を変えている可能性が高いとのことです。またこの事件による死亡者・怪我人ともおりません。このようなテロ行為は断固許されません。また今後も市民への卑劣極まりない攻撃が行われる可能性もあり、市民の皆様へはよりいっそう警戒を怠らないようにしてください。「父の優しき眼」を避ける、またはチップ挿入を拒否する人物を見かけた際には通報をよろしくお願いします。我らが党は市民の皆様と共にあります。テロリストによって党が揺らぐことはありません。我が国は安定しています。繰り返します。我が国は安定しています。安定しています……

 私達の爆発を、チンケな放火だなんて言わせてたまるか。ゴリアテはテレビの前で爪を噛んだ。BOSEのスピーカーからははるか昔、ギターヒーローがカバーした曲が響いている。MUSEの『Psycho』。彼女が好きな曲。今、一人の兵士が調教されている。パーソナリティを剥奪され、殺人マシンに仕立て上げられようとしている。その歌詞はまさにこの国の今を言い表しているようだった。
 さあ、犯行声明のアップロードが今しがた完了した。世界は、私達が成し遂げたことを知るだろう。


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