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【不妊治療】第2章【手探りの治療3】夢は見ない・後編

夢は見ない 後編


平成7年3月19日

『期待』は、こうも簡単に壊れてしまうものだと知った。

基礎体温が下がり始めた。今日か、明日には生理が来る。何の間違いもなく『絶望』は来る。
主人の前でメソメソするのはやめなきゃ。彼がプレッシャーで流されてしまう。『絶対に出来る訳がない、ダメだ』と、頭の中ではわかっていたはずなのに。
何度も何度も祈って、何度も何度も目が覚めて、覚める度に体温を確認して・・・。

あと少し・・・あと少し・・・。
何度も祈ってはみたけれど、やはりダメなものはダメだった

これから、何度となくこんな事があるのだろう。慣れておかなくては・・・こんな事ぐらい、慣れておかなくちゃいけない。

『ゴメンね~、体温下がっちゃったよ!』心の中で主人に言う。
『また、ダメだったよ・・・もう少し頑張ろうね、本当にゴメン』と。

『もう少し頑張って仕事でもしてなさい』って事だね。
『まだまだ他にやらなきゃならないことがある』って事だね。
『今はまだ子供を持つ資格がない』って事だよね。

・・・自分に言い聞かせる。

でも、つらい。誰か、助けて


平成7年3月20日

基礎体温が大きく下がった。生理が来る。
S医師の話では、このままいけば『体外受精』に踏み切るだろう。

今日、東京では大変なことが起こった。地下鉄でサリンと言う劇薬がばらまかれ、無差別殺人が起ったのだ。
今年は、日本中が異変だらけ。

先日の阪神大震災、そして今日のサリン事件・・・今までに無いほどの天災人災が起っていて、被害も大きい。

こんな時代に子供を産んだりしてはいけないのかもしれない。
地球温暖化や異常気象・環境汚染・・・色々おかしくなっている。

こんな時代に子供が育っていくなんて、不幸な事なのかもしれない。『イジメ』の問題もどんどんエスカレートして過激になり『自殺』する子供も増えている。また『虐待』で理不尽な死を遂げる子供もいる。子供がいない方が、気楽でいいのかもしれない。

でも、この頃 子供のいる人や、妊婦さんを見るより、子供自体を見る事がつらくなって来ている。このままだと『子供』が憎くなっていくんじゃないかという不安すらある。『子供が憎い』なんて絶対よくない事だ。分かってる。

でもいつか自分が、そういうところまで追い詰められるような気がしている。ノイローゼだ・・・。
少なくとも、こうしてこの気持ちを文字にし、文章にしている事で救われてはいるが・・・。いつまでもつか・・・。

何もかも悪循環だ・・・。どんどん悪い方向へ行く・・・悪い方へ考える自分がいる。
子供が普通に産める人、何の苦労も無く子供を授かった人・・・

貴方達には
決して分からない苦痛がここにある。
決して分からない絶望がここにある。

『子供はまだ?』『子供、早く作りや~!』『子供はいいよ~!』とか言わないで。これ以上追い詰めないで
毎日毎日、誰かに聞かれる、言われる。

放っといて!子供がいる事がそんなにえらい事なの?子供を望んでも、出来ない私達はそんなに半人前なの?
≪私達は10年戦う覚悟なのよ。貴方たちは同じことを、10年聞き続けるつもりなの?≫

私達は、やっと不妊症と言うものと戦い始めたばかりなのよ!不妊症と戦うだけでも大変なんだから、貴方達の『子供はまだ?』と言う、そんな言葉と戦う余裕はないのよ!だから放っておいて!!

誰のせいでもない・・・私達の不妊は誰のせいでもないのだから、誰も恨みたくない・・誰にも傷つけられたくない。


平成7年3月23日

『絶望』は、思わぬところからもやってきた。主人の口から発せられた言葉は『もう、いい!!』だった。
当事者が初めてあきらめの言葉をはいた。

今朝、彼は注射をうってもらう為に通院し、薬を貰いに行く日だった。
昨日からの風邪による発熱が気になっていたので、内科へも行くように言い、まだ熱が高いようだったので『ついて行こうか?』と言ったら、急に怒って、『ついてこなくていい!』と言われた。

何が彼を怒らせたのか分からない・・・が、彼は注射と薬のために通院する事をも「もう、いい!!」と言ったのだ。

涙が出た。

あまりにも突然だったので、驚いた
まさか本人の口からそんなふうに、あきらめの言葉が出るとは思わなかった。彼は、涙する私に『冗談だよ』とすぐに否定した・・・ひどくムキになって否定した

ムキになっている・・・その感じが、本音のように思えた。『もう、いい!!』それが本音。
”もう治療をやめたい” ”もうレースをおりたい” 彼の心の叫びを聞いたようだった。

私は主人に『あなたがもういいなら、やめてもいいよ・・・』それしか言えなかった。

私はまだあきらめたくない。
まだ方法があるうちは、その全ての方法に賭けてみたい。
でも、一人では参加し続けることの出来ないレース
パートナーがレースをやめて諦めてしまうなら、私もリタイアしなければならない。

結局、彼は何事も無かったかのように、病院へ向かった。
つらい叫びを閉じ込めて・・・


平成7年4月7日

今日は2度目のAIHが可能な日ということでT病院に来ている。
さきほど採取した精子を、渡したところだ。
名前を呼ばれAIHを施してもらうのを待っている。

主人の治療を始めて、約4ヶ月になる・・・3ヶ月で良い結果が得られなくても、4ヶ月目に良くなる人もいると言うのだから、また少し期待してしまう。
少しでも改善の余地があれば、本来の泌尿器科での次回の検査まで待ってみようと思う。
婦人科のS医師は『ご主人の改善が認められなければ、体外受精、しかも顕微授精に踏み切るしかないです』とおっしゃっていた。
しかし、今のところこのT病院では体外授精をしていない。
どこか別の病院を紹介してくれるらしい。

2度目のAIHが終わった。
精子の結果は、あまり変わらず『顕微授精』をしなければならないレベルの数値だった。


次回・・・第2章 手探りの治療<4>
闇は深い・前編
・・をお届けします。


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