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【不妊治療】第2章【手探りの治療2】夜はあまりに暗い・・・

平成7年2月3日

≪精子減少症≫と言う事実は、こんなにも主人を追いつめるものなのか・・・。無意識の事とは思うが、彼は極度に生気を失っている様に私には見えてならない。

体のあちこちが痛いと言い、毎日毎日『しんどい』『いたい』『だるい』の連発だ。精子減少症と言う事実が彼を追いつめているのか・・・?
それとも、私が追いつめているのだろうか・・・?どうしてあげる事も出来ない。せめて『子供』と言う言葉を口にしないことが精一杯だ。
毎日、腫れ物に触るような感じで、接している・・・。

私自身、会社や得意先で・・・業者の人や、久しぶりに逢う他支社の同僚に・・・『子供はまだ?』と聞かれる。
『早く子供作りや~』『子供はイイよ~』と。

ツライ・・・ただツライ。
彼は私以上だろう・・・。
子供の出来ない苦労は、子育ての苦労とは訳が違う。
子育ての苦労は『幸せな苦労』だ。でも、子供が出来ない苦労は・・・。
ただ虚しいだけ・・・失敗失敗の連続だ。

今日、主人のすぐ下の妹さんの子供に贈った1歳の誕生日プレゼントのお礼の電話があった。

彼女の声を聞いたとたん『聞かれる!』と思った・・・

『子供は?』と。

妹さん達はまだ何も知らないのだから仕方がない。
案の定、主人は聞かれたらしい。でも主人は正確に答える事を避けた。
もう、人に説明するのは、めんどくさい!』と私に言い放った。
私より、もっともっと、彼は苦しんでいる。どれだけ努力すれば、報われるのだろう。

『子供はまだ?』と聞く人達には、何の悪気もない。社交辞令と同じだ。
それは分かっている。
でも、≪結婚=子供≫なのだろうか?
結婚する人もいればしない人もいる。それなら子供を作る人もいれば、作らない選択をする人もいて・・・それでいいんじゃないの?!


平成7年2月4日

「もう、子供はあきらめようか」とふと昨夜思った。
「一生、2人の生活でもいいんじゃないか?!」と。

主人の気持ちを考えると涙が出る。彼自身、自分の気持ちのやり場に困っている。仕事を休みがちになり、なんとか行くのかと思えば、遅刻したり。
行く気がないのか、やる気がないのか・・・まさしく彼は≪うつ病状態≫だ

今までの私の人生の中で最も大きな壁・・「不妊症」。どう立ち向かう?

明けない夜はない・・・』『やまない雨はない・・・』そう思って、今まで生きてきたけれど・・・『明けない夜』もあるのではないかと思えてくる。

色々な不妊についての症例を本で読むが、みんな苦しんでいる。
苦しんで、苦しんで、それでも子供に恵まれた夫婦もいるが、中には≪究極の治療≫を何回行っても子供の出来ない夫婦もいる。

私の今の段階では、人工授精=AIHだが、おそらくその方法では、
100%出来ないと思われる。今後、段階を踏めば、HIT法やGIFT法など・・・そして『顕微授精』という事になるのだろう。

少なくとも、色々な面から考えて、出来るだけAIHを望むし、非配偶者間の精子を使う(AID)なんて事は考えられない。
せめて、次の段階で子供が出来たら・・・そう思う毎日。

ただ・・・子供を欲しいと思う反面、子供を望まなければ、この苦しみから逃れられるのでは、とも思う。

幸い、まだ子供のいる人を見て「羨ましい」とは思っても、あまり暗くならなくてすんでいる。
それはまだ、≪希望のパーセンテージ≫の方が大きいからだろう。


平成7年2月7日

今日は、通院日。
診察の結果、私の卵巣の卵子が今だ未成熟の為、今月の人工授精のチャンスは見送りとなった。無駄に、時間だけが過ぎて行く気がして、内心焦りを感じる。

薬による、排卵をしなければならなくなった。
S医師の話では「こういった事は、精神的なものでも左右されるから、もしかしたら、先月(1月17日)の阪神大震災の不安が生殖細胞に影響を与えて、発育を遅らせているのだろ」と言う事だった。

診察では今夜から、1週間、朝夕2回、2つずつ薬を飲み、人工的に生理をおこさせ、その後排卵誘発剤で、排卵をおこさせるというものだった。

主人の無理して明るくふるまおうとする気持ちと、私の不安とが、結局悪い方向へ治療を遅らせているのかもしれない。
もっと、気楽に、安易なものと考えたいのに、なかなか出来ない。

本当にどれほどの通院と治療をすれば子供に恵まれるのだろう・・・。


平成7年2月10日

今週から、私の仕事は忙しくなる。ウチの支社では、私しか出来ない仕事だ。代わりの人はいない。
私自身にとっても、最もハードな肉体労働込みだ。毎日車で外へ出かける・・・得意先を回る。今は肉体的にも精神的にも疲れたくない。
大事な時期なのに・・・。

その上、週末には、合同展示会もある。これも私の担当だ。つらい週だな。

まして、今治療に使っている薬のせいか、下腹部に痛みを感じ、全身にだるさを感じる。これからのことを考えると、どうも不安になる・・・。
この不安感が最も良くないのだけど・・・どんなふうに気持ちを切り替えればいいのだろう。

上司からは、無理な仕事量を言われるし・・・仕事を辞めてしまいたいと思う事もある。でも、仕事が好きだとも思うし、これからの治療費を稼ぎ出すには、私が辞める事も出来ない。

一度、レースに参加してしまうと、やめる事が出来ない。つらい・・・。


平成7年3月1日

昨日は通院日だった。薬を飲み始めてからの通院だったが、結果はあんまりだった。
私自身の、排卵の状態が良くないという事で排卵誘発剤を飲んでいたが、それも思ったより効果がなく、排卵も遅れていて・・・今月もAIHは見送りかも。
もっと積極的に、治療の段階を進めて欲しい・・・。

3月中旬の主人の再検査の結果、数値が全く改善されていなければ、「顕微授精」をしなければならないだろうと、S医師は言っていた。
S医師は、まだ自然妊娠やAIHの望みは捨てていないのだろうか?
あと2週間ほどで、主人の再検査だ。少しでも良くなっていて欲しい。


平成7年3月4日

今日の通院は単に『排卵の状態を診る』だけだったが・・・今まさに排卵寸前と言う事らしく、『今夜夫婦生活をしておくように』とS医師に言われた。

・・・医師からの指示で、しなければならない夫婦生活・・・もう、義務か、治療の一貫だと思わなければ割りきれない。
まだ、自然妊娠の望みがあるとS医師は思っていらっしゃるのだろうか?!主人の状態が『薬と注射』によって改善される事に賭けていらっしゃるようだ。

先日、私の母に『もう子供は別になくてもいいよ』って言われて、少し気が楽になった。子供・・・本当になくてもいいのかなぁ?!


ある本に、ある不妊女性の症例と、それに対するその女性の気持ちが書かれていた。
何だか少し感銘した。彼女はこう書いていた・・・

『どうしても子供が欲しいと言うよりは、与えられるチャンスを全て活かして、とにかく挫折(不妊)から抜け出そうと必死だった。私にとってのゴールは、子供を産んで挫折感を克服する事で、子供のいる家庭や生活と言った事は全く頭にありませんでした。とりあえず、治療と言うレースに勝ちたかった。』と書いてあった。

また、別の女性の不妊治療に対する気持ちで『不妊症の治療は、目の前に次々と新しい方法が提示される為、一度始めてしまうと、なかなか途中下車できないのです。』『≪この方法なら次は子供が出来るかもしれない≫と思うと自分自身も医者も、そして周囲の人達も子供をあきらめる事を許してはくれないのです。≪もう、どんな方法も残っていません≫と医者に言われない限りとめられないのです。』と書かれているものもあった。

良く分かる気がした。もう、終点まで降りられない列車に乗ってしまったようで、治療に対する疲れも、いささか感じ始めている。

治療と言っても、まだ、初歩の段階で、具体的にはAIHのみだけど、そのAIHさえも、2ヶ月見送りを、余儀なくされている。
もっと積極的な治療を、短いスパンで繰り返すものだと思っていたので、少し歯痒い気もする。

それに、フーナーテストなど、医者が指示した日、また指示されるであろう日を計算して行う『夫婦生活』も、何だか情けない。

人間の心をどこかに置いてこなければ出来ない、続けられない治療だ。

確かに子供は欲しい。子供がいる生活を考えると、不安もあるが、それもまた別の楽しみもあるだろう。
仕事・金銭面・・・それ以外にもいろいろ不安はあるが、でも主人の『子供が欲しい』と思う気持ちは確かだ。

主人は『ゴメンね、欠陥商品で』と言う。そんなこと言わないで・・・。
そんな事思ってないよ。もうこれ以上、彼を苦しめたくない。

そう思うから、途中下車できない・・・


平成7年3月13日

おとついの通院で、少し嬉しいことがあった。
まさかとも思うけどS医師が『妊娠していたら・・・』と言ったのだ。
もちろん『していなかったら・・・』とも言ったけど、可能性がないわけじゃない。

しかも、人工授精じゃない。確かに排卵は薬によっておこしたけれど、受精は人工じゃない。
基礎体温も、今のところ調子よく今までにない高温期にある。もしうまく受精していてくれたら・・・苦しまなくていいのだ。このまま高温期が続けばいいのだが・・・。あと4日以上・・・体温が下がらなければいいのだが・・・。

・・・どちらにしろ、あと1週間もすれば分かる。主人の検査の日も近いし・・・もし数値が少しでも良くなっていれば・・・。


次回・・・第2章 手探りの治療<3>
夢は見ない
・・をお届けします。


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