亡命電子国家 V ~【前編】
〇大使の抗議
中華連邦の劉日本大使は、日本政府の重鎮、敷島の邸宅へと向かう。日本政府は党指定のテロリスト、ラビー・ガードを匿っているとの情報を得たからだ。引退したとはいえ、いまだ政府に影響力のある敷島に抗議をし、日本政府に圧力を与えるためだ。党、中華連邦は怒っている、と。
「テロリスト、ラビー・カードをこちらに引き渡していただきたい。彼女は、我が国の過剰に誤った情報を流布し、大衆を扇動している。あまつさえ、国会体制の転覆まで企てている」
〇大使の困惑
だが、敷島はそんな圧力に動ずることなく、こともあろうに当のラビー・ガードとともに現れる。敷島は言う。「ラビー氏は、私の客人であり、友人だ」
次の瞬間、部屋の様子が変わる。敷島の秘書に扮したラビーが指で空になぞるように窓を描く。その窓は実体化し、開いた。そしてその向こう側には……。
〇収容所、一日の始まり
朝は五時に起床。連邦国歌で目が覚める。十分で身支度を整え、集会場へ向かう。主席の肖像画に敬礼をし、直立不動で今までの罪を告白する。誤った生活態度、誤った思想、誤った信仰……。それら全てを謝罪し、心から誓う。
私は間違っておりました。連邦の、党のお言葉こそ真理なり。もう二度と道を間違うことはいたしません。残りの人生は、党の教えを忠実に実行する事を誓います。
党は寛大なり。
党は寛大なり。
党は寛大なり。
集会場に集められた百を超える老若男女の集団が絶唱する。
そして、忠誠の証として、自らの身体に注射器を打ち込む。中身は位置確認、監視目的のナノチップ。自身の言葉が誤りでなかった事を証明するためだ。
そこには中華連邦の悪行が映っていた。
少数民族を職業訓練センターと称した収容施設に隔離し、暴行、洗脳……そして民族の浄化。
ラビー・ガードは収容所からのサバイバー。民族・Uの女性である。
私はこの世界から何とか逃げられた……。映像はまだ続く——。
〇情報部から来た男
大使はほうほうの体で逃げ出すように敷島邸から戻ってきた。屈辱だ。事前情報と違うではないか。いつものように振舞えば、いつものように折れるはずだったのに。
さて、本国にはどう報告するか。
大使館の一室で、劉大使は頭を抱える。この事が自分の評価にどのように影響するのだろうか。
「李同志がお見えです」内線を受け、大使は背筋が凍る思いがした。
李泰全。国家安全部・対外防諜偵察局第一室主任の肩書を持つ男。公安だ。人民を、党員を監視する組織から来た男。
挨拶もそこそこに、李は話す。大使の〝失敗〟は予想済みで予定通りだ、と。そして李はさらに奇妙な事を言う。
敷島はすでに死んでいる、と。
〇国会にて。
まずはここにお集まりの皆さん、そしてここに招いて頂いた日本政府、そのために尽力して頂いた関係者の方々に厚くお礼を申し上げます。
私はラビー・ガード。民族・Uの生き残りです。わが民族の運命は風前の灯です。このままではおそらく次世紀まで生き延びる事はできないでしょう。我々は絶滅危惧種なのです。我々が追い込まれている原因はただ一つです。中華連邦による病的とも言える執拗な弾圧によるものです。彼らは、肉体的、精神的、あらゆる方法を用いて我々を責め立てます。
私は当局に拘束されました。職業訓練を目的とする再教育センターにです。職業訓練とは聞こえが良いですが、実際には捕虜収容所です。そう、私たち民族・Uは連邦においては〝捕虜〟なのです。それは私が、民族・Uだから。民族・Kではないからです。
彼らの目的は、党の下で世界を一つにまとめる事。文字通り、世界征服が目的です。
笑い事ではありません。彼らは真剣なのです。だから平気でジェノサイドを起こせるのです。
〇新しい世界へと
見ての通り、今の私の姿はアンドロイドです。私のオリジナルの肉体は、先に述べた収容所による薬物投与、暴行、拷問によって著しく損傷し、人としての役割を成す事が不可能となりました。
しかし、私はまだ人間なのです。その精神を、魂をデジタル化——あえてこの言い方をしますが——しただけなのです。私を、私たちを救ったのは技術です。技術が生み出した新しい生命体。勿論、人類の側にも私たちの境遇に同情し、連邦政府に異を唱える方々も存在します。しかし、いずれ色々な圧力にさらされて、結局は保身という名のイデオロギーに飲み込まれてしまうのです。
政治家やマスコミは、援助を求める弱者のためでははく、自身の商品価値を上げるためにしか動かない事を学びました。
権力にもの申すかっこいい俺……。〝自己実現〟のために、〝人権〟を使われると私たちは物悲しくなります。
私たちは結論づけました。
人間では無理なのです。
私たちは〝どこかの世界〟に亡命しました。が、それもすぐに終わります。私たちは自分たちの国家を建国します。その場所は地球上とは限りません。WEBに似た仮想空間が主な場所になるでしょう。一人一人の魂をプリントした〝データ〟が〝国民〟となります。そう、これは私たちの、あるいは犠牲者(Victime)たちのため独立宣言なのです。
【中編へ続く】