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留守録



〇A氏、その日常

 『今時、連絡手段がメールと電話しかないなんて……。まあいい、連絡をくれ』

『今日は助かった。話を聞いてくれて。一緒に泣いてくれて……』

『おい、べつに読んでいない記事に👍する必要はないだろう。気を使うな。かえって悲しくなる』

提案されたアイデアは実に興味深いのですが、一部確認を取りたい所があります。プラモデルの制作者鑑定人とは? ご連絡を』

『なるほど、とあるプラモデルを組み立てた人物を特定する、という意味ですか。上手い下手に関わらず作った人物の性格や特徴が表れると。いや面白いです、この次までに細部を詰めましょう』

『先にいただいたアイデアですが、基本はその線で。もう少し何か加えましょうか。私の提案は別途添付します』

 

〇A氏、天災級の事故に巻き込まれる

 『大丈夫か? 連絡をくれ』

『大丈夫? 大きな事故だと聞いたけど、大丈夫だよね』

『ニュースで知った。無事なら連絡を』

『留守電を聞いた。どうやら元気そうだな。安心した。だが、念のため病院に行った方がいい』

『特殊事故医療機関調査委員会のSです。あなたには早急に精密検査を受けていただく必要があります。その費用は政府が負担させて頂きます』

『これは義務といってもいいです。私どもが指定する検査機関へご案内します』

『入院していたのか? 見舞いにも行けず申し訳ない。前に保険に入っている、と言っていたな。なら安心だな。お前らしいよ。また連絡します』

〇A氏、無常と直面する

 『調査委員会の報告はいち民間企業が起こした事故という見解です。巷で流布されている賠償金の対象にはあたりません。政府としては提示した額以上の見舞金以上は出せません。保険に入られているのなら、保険会社と相談しては?』

 『こんな時に悪いのですが……。アイデアは詰めましたか? 締めが近いのでよろしくお願いします』

『申し訳ございません。何度も申し上げたように免責事項の一つです。確かにお客様は昨年の更新時にオプションを追加されました……』

『……しかしそれだけでは不十分なのです。情勢は常に変化します。繰り返しますが、面積事項の一つです。……お客様は運が悪かったのです』

『見事な解決策です。その線で行きましょう』

『まだ相談したい事がある。時間取れるかな』

『それはおかしいぞ。最新の治療は無理でも、既存の治療法には使えるはずだ。もう一度良く読んだ方がいい』

『何年も会っていないのに、都合のいい時だけ友人ヅラして申し訳ない。だけど他に頼れる人が思いつかない。話を聞いてほしい』

『何度も色々な形でお問い合わせを頂いたようですが、私共といたしては、やはり同じ回答をせざるを得ません。もう一度約款をお読み下さるようお願します。免責事項の第三項です……』

『……失礼しました。これ以上のお申立ての対応は致しかねます。弊社提携の法務機関とご相談するようお願いします。連絡先はまた別途……』

『お疲れ様です。結論から申し上げますとお力になれそうもありません。保険会社の言い分には、隙がなく——あえてこう言いますが——法令を遵守しています。他を当たって頂きますようお願します』

『残念ながら、あなた様のご期待にそえることはできません。約款には、災害によるナノマシンに関する免責事項が記載されています。いわゆる〝小さく細かい字〟ですが。突然変異したナノマシンが引き起こす健康被害に対して責を負う義務はないと解釈できます。その契約書にあなたはサインしている。訴訟は難しいでしょう……』

『……残された時間を有効に使う方法を模索した方がよろしいかと』

〇A氏、クズに囲まれる

 
『本当に苦しいんだ。子供もまだ小さいし、これから物入りになる。保険が下りるのだろう。国からもたんまり出るみたいだし……。必ず返すから少し都合してくれないか』

『検査には必ず来るようお願します。データが必要なのです。今後のためにも』

『なあ、連絡くれよ。親友だろう? 切羽詰まっているんだ』

『怖いのは分かりますが、まずは現状を把握していただかないと。連絡をお待ち仕手おります』

『進捗状況はどうですか。締めから三日も過ぎています。納期を守って頂かないと困ります』

『保険会社の言う通りナノ災害によるナノマシンの暴走は明らかにイレギュラーな案件のため、免責事項の一つです。まあ、自然災害と同じですね』

『自身の細胞、DNAがナノ粒子によって書き換えられ、強制的にいわば他の生物に変わってしまう恐怖は理解できます。だからこそ、ケアが必要です。今なら格安なプランもご提案できます。ぜひとも、最寄りの弊社事務所まで足を運んで頂きたい。ご検討を』

『データが必要なのです。データが』

『必ず返す、って言っているだろう。俺たち友達だよな。月末までに何とかしないとヤバいんだよ』

『仕事には納期がありまして……。ご連絡を』

『検査には来て頂かないと……。電話には出てください』

『ちょっと、仕送りがまだ届いていないよ。保険金とか賠償金とかたんまりもらっているくせに。……あんたが死んだら、私の生活はどうなるのさ。好きで歳を取ったわけじゃないんですよ。面倒見るの当たり前』


〇A氏、旅立つ理由


 キヅナ。つなげようココロと心。

 あなたの心を聞かせてほしい。

 一般社団法人ココロねっとわーく。

 フリーダイヤル。0120―○○―〇〇〇〇 二四時間、受付可。


『すまなかった……。俺のせいじゃないだろう? まさか俺の名前出していないだろうな?』

『…………』

『…………』

『…………』

 『メッセージがいっぱいです。これ以上の案件を記録するなら、一部を削除する必要があります』


 2070年 日本 配給:ユービックファクトリー


〇配給元からのお知らせ


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