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子どもの小説

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「子ども」が主人公だったり、印象的だったりする話。
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#猫

【短編】 塩辛猫の思い出

 小さい頃、私は猫というのは人間の言葉を喋るものだと思っていた。 「やあキヨハル、去年より背が伸びたな。お土産はちゃんと買ってきたか?」  母方の実家で飼われている猫は、私にそう話し掛けてくる。 「キヨハルはいつもお土産を忘れないから、オレ好きさ」  お土産というのはイカの塩辛のことで、猫の大好物だった。 「猫はイカや塩辛いものはダメだから、いつもは食べさせてもらえないけど、キヨハルのお土産なら仕方なくオーケーになるんだよな」    母方の実家には、祖父と祖母が住んでいるだけ

【短編】 生意気なマキ

 月猫駐車場。  一蚊月20円也。  尚、無断駐車につきましては発見ししだいタイ焼きの空気を抜かせていただきます。 「ごちそうさまでした」  当駐車場にご用の方は、まず季節の変わり目に気づかぬまま弛んでしまったご自分の靴ひもを結び直し、次に月猫の沿線を走っている国道“3月に生まれた子供たち”を決して振り返ることなく横断していただきます。 「めしあがれ」  そして一番注意してほしいのは、生意気なマキに遭遇しても知らん顔をするということ。しかし万が一マキと目があった場合はそれまで

【短編】 ドア

 私は井戸に落ちた。  しかし何秒たっても底に衝突しなかったので、ずいぶん深い井戸なのだろうと考えながら落ちた。そして私はもう人間じゃなく、ただの落下物なのだと考えることにしたところでポケットの中の携帯電話が鳴った。手探りで携帯電話をつかみ、風圧で定まらない指で通話ボタンを押して、やっとのことで耳に当てると女性の声が聞こえた。 「ササキさんの電話ですか?」 「いいえ、私はサトウです」  電話の女性は、間違い電話だと分かると丁寧にお詫びを言って電話を切った。私はそのまま携帯電話