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きっと幻覚だろうなと僕は思った。 「あたし、雨が好き」とそいつは、赤い傘の下から小さな顔を覗かせて言った。「だってお気に入りの傘さしてね、ピカピカの長靴はいたらね、あたし何だってヘッチャラなの!」 言い忘れていたが、僕たちのいる場所は砂漠の真ん中である。 「ねえ君、水持ってないかな? 僕、もう三日も水を飲んでないんだよ」 「水?」とそいつは言って、不思議そうな顔をしながら僕を見た。「空に向かって口を開けてみたら? そこらじゅうに雨が降ってるでしょ」 僕は空を見上げた。ま
ある夏休み、僕は怪物と出会った。 「はあーん、ブふふーん!」 二億年の眠りから目覚めた怪物のミーちゃんは、肺に溜まったカビを吐き出しながら、死ぬほどまぶしい青空や、水平線を白く支配する入道雲を5万カラットの瞳でキラキラと眺めていた。 「ねえミーちゃん、今から海へ行こうぜ!」 「いいよ、ケンちゃん!」 海水浴場へ着くなり、僕はTシャツを脱ぎ捨て海へ飛び込んだ。しかしミーちゃんは、水際でポツンと海を眺めるばかり。 「こわくない、こわくない」 ミーちゃんは心を決めてプルル
トランポリンとランポリントは双子ではありません。この世に一秒違いで生まれた赤の担任でした。 赤は副担任のランポリント先生のことを愛していましたが、それに嫉妬した正担任のトランポリン先生は最近学校を休みがちです。 「肺!」 教室の後ろノセキの女が元気に手を挙げました。 「トランポリン先生はきっと恋をなさっているんです。だってアタシもノセキに恋してるから、先生のお気持ちよく分かるの」 副担任のランポリント先生は、誰も座っていない正担任席を眺めました。 「肺!」 今度はノ
新米の猫を夢の中で見たのは、その夜が初めてだった。僕は目が覚めると布団から這い出し、床に静止した冬のミカンに色鉛筆を突き刺した。色は青だった。しかし色は何色でもよかったし、ミカンじゃなくてリンゴでもよかった。でも僕は青い色鉛筆しか持っていないし、リンゴは昨日腹を空かせた子どもにあげた。ぼろぼろの服を着た憐れな子どもだった。 「ねえ、あたし知ってるよ」 僕は、お城の外周を何も考えずに後ろ歩きしている最中だったし、他人に何かを知られるような人間ではなかったので、たぶんその子ど
死んだラクダを500円で買った。店の主人は僕に、死んだラクダには水も餌も必要ない、だから砂漠のお供には最高の動物だと言った。 「じゃあなぜこんなに安いのか? ずいぶん役に立つ動物なのに」 「そりゃあ旦那、今生きてるラクダの数に比べたら、すでに死んだラクダの方が圧倒的に多いからですよ」 なるほど。つまりラクダの価値とは役に立つかどうかではなく、生きているか死んでいるか、あるいは数が多いか少ないかで決まるということか。 「ええ。旦那の選んだ奴はもう千年以上も昔に死んだ、ありふ
月猫駐車場。 一蚊月20円也。 尚、無断駐車につきましては発見ししだいタイ焼きの空気を抜かせていただきます。 「ごちそうさまでした」 当駐車場にご用の方は、まず季節の変わり目に気づかぬまま弛んでしまったご自分の靴ひもを結び直し、次に月猫の沿線を走っている国道“3月に生まれた子供たち”を決して振り返ることなく横断していただきます。 「めしあがれ」 そして一番注意してほしいのは、生意気なマキに遭遇しても知らん顔をするということ。しかし万が一マキと目があった場合はそれまで
がるがるがるーは夏を知りませんが、春に生まれた子どもや秋に死んだ猫のことは知っています。空を飛べる動物が、忘れた頃にやって来て、がるがるがるーにいろんなことを教えてくれるのです。 「この家に来ると、俺はいつも歓迎されてない気がするね」と空を飛べる動物は言いました。 「気のせいよ」とがるがるがるーは言葉を返しながら、ついさっき動物が入ってきた窓を閉めました。「きっと寒さのせいで、楽しいことを思い出せないだけ」 部屋の温度計はマイナス273℃を指しています。この温度になると世
黄色い服のひとが、夏の庭を横切っていった。 そのひとは満足そうに太っていて、腰の部分を古代人の服のようにヒモで結んでいた。 隣でうちわを揺らしている母にそのことを伝えると、母は外をすこし眺めたあと、私の小さな頭をなでながら、それはきっと目のサンカクですねと私に言った。お庭は塀に囲まれてとても狭いのですから、誰か知らないひとが歩いているはずはありません。きっとお庭に入ってきたお日様が、その黄色いひとに見えたのでしょうと。 私は庭に出てあちこちを確認したが、結局、蝉のぬけ