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うれいのひとみ 〜解決の実〜

あるところに、一人の役者さんがいました。  
彼はみめうるわしく、おしばいをする時はいつも主役でした。
彼のひとみは、まるで魔法の力をもっているようでした。
彼に見つめられると、たちどころに恋におちてしまうのです。
それは、女の人にかぎったことではありません。  
男の人でさえ、とりこにしてしまうのでした。  

彼の友だちの役者さんたちは、彼をうらやみました。
「おまえほどの、美しさをもっていたなら」
「おまえほどの、歌声をもっていたなら」
友だちは、自分にそれほどの力があったなら、もっともっと 有名になり、好きなことができて、お金もうけもできると考えたのです。  

けれど、彼はうちょう天にはなりません。
なぜなら、彼はまじめだったからです。  

まじめすぎて、役になりきれないと言ってなやみました。  
まじめすぎて、自分をほめる言葉も半分にしかうけとりません。  

どうしたら、もっとじょうずに、この役をやれるだろう。  
なん日も、ねむれない夜がつづきました。  
なやんで、なやんでつらくなりました。  

ある時、どこかで声がしました。
「そんなにつらいなら、いのちをわたしにあずけなさい」  
何にもとらわれなければ、休めるだろうか。
それなら、少しだけこのいのちからぬけだしてみよう。
彼は、だれに言われたのかもたしかめずに、そのとおりにしました。  

 彼がやくそくの時間にこなかったので、彼の家にみんながやってきました。  
 すると、そこには彼のかわりはてたすがたがありました。  
 見ためは、屍とかわりません。  
 彼は、とうめいになって、部屋のたんすの上からみんなのようすを見ていました。  
 みんなはあわてふためき、彼を病院につれて行きました。  
 けれど、どんなに腕のいいお医者さんでも、彼を元どおりにすることは、かないませんでした。    

 彼はとうめいになったので、何にでもするりとはいりこめます。  
 彼はピエロのような、おかしな脇役の人の中にはいりこみました。
 脇役の人は、彼のことを聞いて、とてもおどろきました。
 そして、なぜぼくに相談してくれなかったのかと、くやしがります。
 彼をねたむ気持ちなど、これっぽっちもありません。
 
 おしばいのなかまも、彼がいなくなったことをとても悲しんでいます。
 彼のことを悪く言う人など、一人もいません。  
 みんなが自分のことをほめてくれたのは、本当に心からの言葉だったのです。  
 彼はその時になって、それがやっとわかりました。

 彼は、みんなのところにもどりたいと思いました。
 あずけたいのちをもどしてほしいと、思いました。
 けれども、今となっては、あの声がだれだったのかもわかりません。
 悪魔だったのでしょうか。
神様だったのでしょうか。  
 それとも、気がつかなかっただけで、自分の中から聞こえた声だったのかもしれません。  
 彼はもう、なかまのところにもどることはできませんでした。

 彼のおはかができました。
 毎日、たくさんの人がやってきて、なみだをながしました。
 たくさんのお花がそなえられました。
 彼の美しいたましいは、そのおもいをだいじにうけとりました。

 そして、おはかのそばの土の中から、一本の木が生えました。
 それは、ぐんぐん大きくなりました。  
 太陽のひざしから、おはかを守りました。  
 強い風から、おはかを守りました。  
 そして、細いえだや、やわらかな葉っぱは、おはかをそっとなでました。  

 やがて、その木に花がさき、赤い実がなりました。
 そして、おはかまいりにきた人たちは、それは彼の想いの実だと思いました。
 人びとは「一つだけいただきます」と持ち帰りました。
 すると、その実には、ふしぎな力があることがわかりました。
「なやみがあっても、その実を食べると解決する」力があると。  

 それは、なやんでなやんだ彼が、なやまなくてもいいように、みんなにおかえしをしてくれたのかもしれません。
 それとも、まじめに生きた彼のことを知っていた神様が、彼にくれたおくりものだったのかもしれません。

 ほんとうのことは、だれにもわからないのです。  
 わかっていることは、彼のまぶたは、もう二度とひらかないということです。
そして、そのおくの魔法のひとみを目にすることはできません。  
 けれども、彼はみんなの心の中に生きているのです。

 完

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