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【プロセカ二次創作】それはまだ恋には遠く

『『……ああ、やっぱり、眩しい』』

 入院している間、よく見ているテレビ番組には、”はるかちゃん”が出演していた。
 病院で仲良くしているおばあちゃんたちも、みんな”はるかちゃん”のことを知っている。
 アタシと同い年の中学生。
 でも、住んでいる世界は全然違う。
 桐谷遥ちゃん。
 国民的アイドルユニットASRUNを牽引する絶対的センター。……――だった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ようやく病気が治って復学したけれど、アタシの知らない間に、いっちゃんたちはバラバラになっていた。
 仲直りしてほしくて色々頑張ってみたけれど、やっぱりダメみたい。どうしたらいいのかな。
「咲希、お昼、中庭で食べない?」
 いっちゃんがいつもどおりの穏やかな笑顔で声を掛けてきた。
「あっ! いいね! 今日天気もいいし!!」
 元気いっぱいに返して、アタシはランチバッグを取り出して立ち上がる。と、そこで誰かにぶつかって、少しバランスを崩しかけた。
「……ごめんなさい」
「あ! ううん! 全然だよ!!」
 ぶつかった相手ははるかちゃんだった。一週間前、アイドル引退の電撃ニュースが飛び込んできて、それからすぐにうちのクラスに復学してきた。
 元国民的アイドルとクラスメイトになるなんて! と、はじめは心が躍ったけれど、学校にいる時のはるかちゃんは、物静かで……そして、いつも”ひとり”だった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「うーーーーん」
「どうしたの? 咲希。からあげ食べながら難しい顔して」
 中庭でお昼を食べている間、先程ぶつかったはるかちゃんの暗い表情が頭から離れず、食べているものの味もわからなかった。
「ねぇ、いっちゃん」
「ん?」
「はるかちゃんって、いっつもひとりだよね!」
「宮女は芸能人も多いけど、あんな有名な子が急にクラスメイトにって言われても、みんな戸惑うよね。状況も、状況だし」
 いっちゃんは客観的意見をぼんやり話しながら焼きそばパンを頬張る。
「でもさでもさ、復学してきたってことは、学校生活楽しみたくて戻ってきたんじゃないかなぁ」
 お行儀は良くないけれど、玉子焼きを突きながらそう返すと、しばらくモグモグしていたいっちゃんが飲み込んでからこちらを見る。
「……まぁ、そうかもしれないけど。でも、他人にはそれぞれ事情があるし」
 アタシが戻ってきてから、いっちゃんはよくこの言葉を口にする。
 いっちゃんらしくなくてモヤモヤするけど、ほなちゃんやしほちゃんたちと疎遠になってしまっている現状では、こう言われてしまうと、アタシは何も言えなくなる。
 ……昔は、誰よりも早く助けに来てくれるヒーローだったのに。
 アタシは下唇を噛んでから、振り払うように笑った。
「そうかもしれないけど。せっかく、クラスメイトになったんだし、話せるようになりたいなぁ」
「そうだね」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 翌朝、学校の廊下で赤いマフラーを付けたペンギンのマスコットを、いっちゃんが拾った。
 それがたまたまはるかちゃんの落としたものだったみたいで、拾ったお礼をさせてほしいと話すはるかちゃんを、アタシたちはお昼ご飯に誘ったのだった。
 三人とも、今日は何も持ってきていなかったから激混みの購買戦線を生き残らなければいけなかった。
 しかし、はるかちゃんと一緒に歩いてみてわかったけど、すごいなぁ。全然知らない人たちにへーきで話しかけられる。これじゃ、はるかちゃん、気が休まらないだろうなぁ。
 アタシたちは人でひしめき合う食堂の列に並んで、ひと心地ついた。
「天馬さんは何を買うの?」
 そう言って、はるかちゃんがふっと笑った。ただそれだけなのに、キラキラと光の粒子が舞うエフェクトがかかった気がして、アタシはつい固まる。
「天馬さん?」
「はっ! ごめん、ぼーっとしてた。パスタと甘いものかなぁ」
「そっか。私、あんまり来たことないんだけど、いろいろ置いてあるのかな?」
「うんうん♪ うちの購買は種類が豊富らしいよ! アタシもまだ全制覇できてないし!」
「……復学してきて、一カ月しか経ってないしね」
 アタシが元気いっぱい先輩風を吹かせているのを聞いておかしくなったのか、いっちゃんが笑いながらそんなツッコミ。
 はるかちゃんがそれを聞いて、不思議そうにアタシを見てくる。顔が良すぎて眩しい。慣れないとなぁ。
「アタシ、子どもの頃から体が弱くて。入退院を繰り返してきたんだぁ」
 出来るだけ暗くならないように明るい調子で説明すると、はるかちゃんは少し考えてから、優しく問いかけてきた。
「もう大丈夫なの?」
「あ! うん! 治ったから! たまに熱は出しちゃうけど」
「そうなんだ。良かったね」
 とても優しい笑顔。”大変だったんだろうね”とかそういう言葉は何もなかった。はるかちゃんの良いとこ、ひとつ発見。

 病室で見ていたテレビ番組には、はるかちゃんがよく出ていた。
 いつもキラキラした笑顔で、激しいダンスを踊りながら、ソロを歌いこなす。別世界の人。
 こんなすごい人は、どれだけ、人生を謳歌できているんだろうと。入院で少し心が腐りかけた時、よく考えた。
 でも、あんなにキラキラした笑顔で、夢や希望を歌う人だから。そうだよね。やっぱり、優しい人なんだ。

「星乃さんが一番詳しそうだね。おすすめがあったら教えてほしいかな」
 はるかちゃんがいっちゃんにエフェクト付きの笑顔を送る。
 いっちゃんが数秒停止してから、ゆっくりと首を振った。たぶん、アタシと同じ状態になっていたのだろう。わかる。わかるよぉ。
「焼きそばパン、かな」
「あはは! いっちゃん、そればっかりー!」
「焼きそばパン好きなの?」
「うん」
 はるかちゃん、無自覚にキラキラした笑顔で話しかけてくるから、アタシたち幼馴染は若干タジタジだ。
 いっちゃんもコクコクと頷き返すので精一杯みたい。
「そういえばさぁ、ゲームセンターに新しいプリ機が入ったって、クラスの子が言ってたんだよね!」
「プリ……? 懐かしい。小学校の時、撮った以来かな」
「もしよかったら、今度の休みに一緒に行かない? はるかちゃんと遊びたいな! ね! いっちゃんも!」
「あ、ごめん。私、週末は用事があった気がする」
 いっちゃんがすぐにそう言って、スマホで確認を始めた。
 はるかちゃんはその様子を窺うように横目で見ていたけれど、少ししてから横髪を耳に掛け直して照れたように笑った。エフェクトが舞う。
「私でよければ。大丈夫だよ」
「わっ! ほんと?!」
「……二人で行っておいで」
 やっぱり、予定が入っていたのか、いっちゃんが残念そうな笑顔でそう言ってくれた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 出来上がったプリシを見つめて、アタシは満面の笑みを浮かべた。
「楽しかったねぇ。いろんな機能が増えててビックリしちゃった」
「ねぇ~♪ スマホでダウンロードもできちゃうなんて。せっかくだから、しばらく、これ待ち受けにする! いいかな?」
「二人で撮ったものだし、私に確認する必要ないよ。そっか。じゃ、私も……」
 はるかちゃんがスマホをすすっといじって、すぐにこちらに向けてきた。
「壁紙に設定した」
「おおおお……」
 元国民的アイドルのスマホの待ち受けに、アタシの顔が!
「どうしたの?」
「あっ! ううん! なんでもないよ!」
 はるかちゃんは普通の高校生だって、頭では理解しているつもりなんだけど、どうしても、あの頃の卑屈虫が顔を出す~。
「この後、どうしよっか?」
 一人反省会をしていると、はるかちゃんがそう言って、スマホで時間を確認した。
 ゲームセンターでプリシを撮るくらいじゃ、高校生の土曜日は終わらない。もちろん満喫するに決まっている。
「あっ! じゃ、カラオケ行かない? アタシ、退院して来てからまだ行けてなくて!」
「カラオケか。いいね。私、ボイトレ目的以外でカラオケ行ってなかったかも」
「そうなんだ! ふっふっふ~。じゃ、二人で、はるかちゃんの”初めて”を堪能しよう!」
「! ……ふふ。天馬さん、面白いこと言うね。ありがとう」
 特大のキラキラエフェクト付きではるかちゃんが笑った。
 あ、でも、そろそろ慣れてきたかも……? さすがに、毎回キラキラを受けて固まるわけにはいかないもんね。
「はー」
「どうかした?」
「えっ、あ、ため息漏れてた」
「疲れた?」
「ううん。プリ撮ってる時も思ったけど、はるかちゃん、睫毛すっごい長いなぁって思って」
「……それで、どうしてため息?」
「羨ましいなぁってため息だよ。ネガティブなため息じゃないからね!」
「羨ましい? どうして? 天馬さんはそのままで可愛いよ」
「んんっ!」
「……大丈夫?」
 はるかちゃん、無自覚なのかなぁ。慣れてきたと思ったのに、剛速球が飛んできて、うっかり変な声が出たアタシは少しだけ身を屈める。
「調子悪い? 帰る?」
「いや、だいじょ……」
 顔を上げると至近距離にはるかちゃんの綺麗な顔があって、慌てて俯いた。
 顔が良すぎる。
「……ごめん、もしかして、近かったかな? そういえば、たまにファンの人がそんな感じに」
 思い当たったことがあったのか、反省するようなはるかちゃんの声。アタシはすぐに切り替えて立ち上がった。
「ごめん! はるかちゃん、キラキラしてるから、なかなか慣れなくて。はるかちゃんだって普通の高校生って、アタシが言ったのに」
「キラキラ? そんなの……」
「え?」
「なんでもない」
 アタシの言葉に、はるかちゃんは何か言いかけたけれど、アタシの顔を見るや困ったように眉を動かして、ふるふると首を横に振った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「よくよく考えたら……国民的アイドルの生歌をこんな至近距離で……」
 はるかちゃんが隣で歌っているのを聴きながら再認識して、一応手に持ったマラカスを振ることもできずに、はるかちゃんの歌声に耳を傾ける。
 はるかちゃんの歌は、歌手と比べたらとっても上手ってわけではないのだけど、真っ直ぐで澄んでいて、ふっと心の琴線に触れる。そういう歌声をしている。
 たぶん、サービスのつもりなのかな……と思いながら、彼女の持ち歌を聴いて、アタシはしんみりした。
 はるかちゃんはアイドルを引退したのだけど、お昼を一緒に食べた時の話を聞いても、やっぱり、そう在り続けようとしている姿勢がずっとあって。どうしてやめちゃったんだろうという疑問が、湧き上がってくる。もちろん、それを訊くなんて無神経なことはしないけど。
 曲が終わって、アタシはすぐに盛大に拍手をした。
「すごぉ~い。アタシ、この曲好きだったんだぁ~」
「あ、それならよかった」
「……気を遣わなくていいからね?」
「え?」
「アタシ、はるかちゃんと友達になりたくて誘ったんだから」
「…………。うん、わかってるよ。天馬さんも歌って?」
 はるかちゃんが持っていたマイクをこちらに向けてくる。アタシはそれを受け取り、歌おうと思っていた曲を入れた。
「あ、この曲、QTの」
「私、あいりちゃんが大好きで」
「そうなんだ」
 アタシの笑顔を見て、嬉しそうにはるかちゃんは目を細めて、すぐに手拍子を入れてくれる。
 カラオケなんて本当に久しぶりだなぁ。退院したら、四人で行こうって思ってたのに、結局、行けないまま。このまま、アタシたちは、離れ離れになっちゃうのかなぁ……。
 一番は元気いっぱいに歌ったけれど、三人の顔が過ぎって、アタシはすぐに歌うのをやめた。明るく元気な音楽だけが鳴り続ける。それが余計に寂しさを助長させた。
 はるかちゃんがアタシの様子を見て、すぐに曲を止めてくれる。
「天馬さん、どうかした? やっぱり、調子悪いのかな?」
「……はるかちゃん」
「うん?」
「はるかちゃんは、仲の良かった人と疎遠になっちゃったら、あきらめる……?」
 立ったまま問うと、はるかちゃんはアタシを見上げたまま、数秒固まった。長い睫毛を伏せ、何かを考えるように唸り声を上げる。
「相手が私と会うのが嫌だろうと思ったら、悲しいけど、疎遠のままにする、かな」
「……そっか」
「……だけど」
「だけど?」
「私は、だよ。天馬さんは違う気がする」
「アタシは違う……?」
「うん。天馬さんには”あきらめる”って言葉は似合わないと思うよ」
 真っ直ぐ、真面目な表情でこちらを見つめて言ってくるはるかちゃん。
 ゆっくりと立ち上がって、アタシの肩に手を置いた。
「まだ仲良くなって日が立ってない私に、その話をしてくれてありがとう。だから、私は、天馬さんを応援するよ。絶対大丈夫」
 はるかちゃんに触れられた肩が熱かった。そっとさすってくれる細くて白い手は、彼女のオーラとは違って、とても頼りなかった。
 それでも、たぶん、アタシは、誰かにその言葉を言ってほしかったんだと思う。
「ありがとう。はるかちゃん」
 ひとすじ、アタシの目から涙がこぼれ落ちた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 一か月後。宮益坂女子学園屋上。

「一旦休憩にしましょっか」
 愛莉がそう言うと、みのりが私の隣でへたり込んだ。
 ずっとトレーニングをしてきた私たちと違って、みのりは基礎体力が追いついていない。仕方のないことだった。
 すぐにみのりの持ってきていたドリンクを取りにベンチまで行って拾い上げる。
 ふと、校庭をみると、天馬さんたちが四人仲良く登校してくるのが見えた。
 天馬さんの楽しそうな笑顔。
 私は、目を細めて口角を上げる。

――……ああ、やっぱり、眩しい。

「遥ー。休憩の間に打ち合わせしておきたいことがあるんだけど」
 愛莉が私を呼ぶ声がした。
 私は自分とみのりの分のドリンクを持って、踵を返す。
 私の表情を見て、愛莉が不思議そうに目を丸くした。
「どうしたの?」
「ううん。なんだか、嬉しそうに見えたから」
「え?」
「……まぁ、やっぱ、桐谷遥は笑顔のほうが良いわよね」
 愛莉が八重歯を覗かせて得意満面笑ってみせ、倒れたまま動かないみのりを助け起こすように腕を引っ張った。
「……天馬さん、よかったね……」
 私は誰にも聞こえない程の小声で、それだけ、ポツリと呟いた。

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