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読書記録「表現を仕事にするということ」

あきやあさみさんが講演会の中でご紹介された本。
「表現を仕事にするということ」というタイトルもさることながら、続けてご紹介された「やるやつは、やるなと言われてもやる」に心を鷲掴みにされまして読むことに。

小林賢太郎さんは寡聞ながらピンと来なかったのですが、ラーメンズは分かりました。
(映像でコントを拝見したことがあるような気もするけど、拝見したとすればわたしの記憶がデリートされている期間だと思うので、自信がありません。)

文体は、テンションの起伏はあまりないけど、言い回しにユーモアを感じる、なんというか…、無茶苦茶抽象的ですが、めっちゃこっち見ながら真顔で駄洒落を言ってくる人みたいな文章だな。と思いました。そしてわたしは、めっちゃこっち見ながら真顔で駄洒落を言ってくる人は結構好きだったりします。
いや、ここは正直にいきましょう。大好きです。そしてこういう文章を書きたいと思えるくらい好きな文章でした。

特にグッときたのは「表現と睡眠」の最後の一文、

電車の音が聞こえてきました。おはようございます。

でした。
この1篇全体の流れできてからの、この1文で締めくくるのがもうね、ギュンってなる。
暗に示すかっこよさ。…素敵ッ。

あまり本文の内容に踏み込まずに書きますが、改めて腹落ちしたのが2点ほど。

・夢は名詞ではなく動詞で書く
エピソード含めてもう共感の嵐。
将来の夢は〇〇屋さんって書けなくて困り果てた記憶がいくつあることか…!!!

・自分のジャンルを自分でつくるという選択
〇〇屋さんを標榜したらそれを軸にしなければならない、極めなければならないという固定観念があったなぁと。やりたいことはひとつでなくていいんだよな、そりゃそうだよね。

さて、本文中に自分のブランディングというワークがあったので、これはまたじっくり取りかかろうと思います。
自分について、できること・できないこと・すること・しないこと等々で分類する…。
そう、まずは分類することが大事。これは少し前に何冊か読んだ片付けの本にも似たようなことがあったなぁ。(まずは引き出しのものを全部出して、分類するという手法だった)


そして最後に、最大の問いかけである、表現を仕事にしたいと思うか、否かということについて少し。
わたしの現時点での結論は、仕事には出来ない。

ただ、表現という仕事にとても憧れているし、わたしを形作る根幹の部分にも、「表現する」ということが深く食い込んでいると思っています。
だから、たとえ仕事ではなくても、表現することを手放さずにいたい。(なにか大きいことでなくても、たとえばこういったnoteの更新であったりとか)
(あわよくば、仕事にできないと判断した要素を今後クリアし、晴れて表現を仕事にしたいとも思う)

流れる日々に忙殺されて、表現を手放しかけていたことに気がつき、取り戻すきっかけをくれました。
しよう、表現。
世の中の混沌を吸い上げて。

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