30年

 小学校4年生の頃の話だ。同じ社宅内に住んでいた同級生が、ジャニーズのファンクラブに入っていた。
 その子は小4にしてジャニーズのファンクラブに入っていた他にも、色々とませていることで有名だった。大人のお姉さんが読むちょっとエッチなマンガを読んでいたり、芸能人や恋愛についてやたらと詳しかったり。
 高校生のお姉ちゃんがいた影響があったのかも知れない。同級生は皆、今で言う「ちょっと引く…」という反応を見せていた。
 児童数が少なく、全体的に仲のいい平和な学校だったこともあって特段嫌われていた訳ではなかったが、彼女のいないところで「ちょっとね…」という話になることはよくあった。

 ある日の下校中、みんなでその子の話をしていた。坂道を下った横断歩道に差し掛かった辺りで、ある子が大声でこう叫んだ。

 「マセガキ!!」

 あれから30年。うん、おばさんも振り返ってみてそう思うよ。きっとおうちの人に話したら、おうちの人がそう言ったんだろうなと思う。

 それが私の「ジャニーズ」に対するファーストインプレッションだった。決して良好なものではない。嫌悪とまでは行かないものの「ちょっとアレ」な印象であったことは間違いなかった。
 SMAPの人気が爆発する前の話なので、タレントの印象は無かった。ただただ「やたらとませてるあの子が小学生のくせにファンクラブなんかに入っている」という記憶だけ。彼女が誰のファンだったのかも記憶にない。

 ぼんやりと「なんかちょっとアレ」だった印象がいっぺんに悪化したのはそれから2年後のことだ。
 私は3年生の途中まで通っていた学校に転校をした。転校先の小学校のクラスに、熱狂的なKinKi Kidsファンの子がいた。
 彼女はいじめグループのリーダーだった。「N」としておく。子どもだがとにかく人相が悪くて身なりもだらしなく、パッと見ただけで「あっ…なんかちょっと、関わり合いにならない方がよさそうだな…」という感じの子どもだった。
 休み時間になるとMyojoか何かのページを開いて「光一くんが、光一くんが」とギャーギャー騒いでいたのを今も覚えている。その周りにいつも5、6人の決まった取り巻きがいる。
 なんか、嫌な学校に転校してきちゃったなと毎日憂鬱だった。他の同級生も恋占いなんかが載った雑誌を開いてヒソヒソ話をしていたり、週末に大宮でショッピングをする計画を立てたりしている。私は崖の上に秘密基地作ったり、その辺の草食べたりして暮らしていたのに…。
 「やたらとませたちょっとアレなあの子」が転校先の小学校ではデフォルトだった。

 転校して間もない頃、何故かNの自宅におよばれした。今考えると、まだ人間関係を形成していない私を自分の子分として取り込もうとしたのかなと思う。
 Nの自室の壁にはKinKi Kidsのポスターが貼ってあった。鮮明に覚えている。その他にも沢山のグッズ、おしゃれアイテム、立派なラジカセ、山のような8cmCDなど。マンションの最上階に住んでいる一人っ子で、何でも買ってもらえるお嬢様なのだろうなと察した。
 山の中で野生児よろしく駆けずり回ってその辺の草を食べていた私がそんな人と気が合う訳もなく、Nとの距離はすぐに離れていった。

 当時から音楽が好きだったので、私は同じ音楽好きのIさんと仲良くなっていった。すると異変が起こり始める。Nの取り巻きのTが口をきいてくれなくなったのだ。
 小学生とは言え、プリントを渡したりだとかそういう業務連絡事項は色々とある。そんな業務連絡ですらTとTの友人は取り合ってくれないのである。
 「Tさん、清掃活動の班なんだけど…」
 そんな風に話しかけてもこちらを横目でじろっと見て、その後「フン」って感じに嘲り笑う。こいつらもかなりの悪党である。

 IさんはN率いるいじめグループから嫌がらせを受けていた。しかも、Nは決して自分自ら手を下さないのだ。取り巻きを使って、陰湿な嫌がらせを繰り返す。無視の他にも下駄箱の名前シールを剥がしたり、体育などで教室を空けている隙にIさんの机だけを列から大きく外れた場所にずらしたり。授業でグループを組む際、Iさんがどこの仲間にも入れないように手を回し工作したり。自分の仕業だとばれないように手下を使い、巧妙にやる。
 今思い返しても本当にタチの悪いクソガキだ。今頃一体どんなクソババアになっているのだろう。

 しかし、なぜIさんはこんなひどい目に遭っているのだろう。ある時、そのわけについてIさんが話してくれた。私が転校してくる前、うっかりKinKi Kidsのことを悪く言ったのをNに聞かれてしまったというのだ。
 「KinKiのこと、学校で絶対話題にしない方がいいよ…。Nさんに聞かれたら、終わりだから」
 悪口でなくてもダメらしい。Nの気に食わないことを言ったらダメ。KinKiを、特に光一くんのことを好きなのはもっとダメ。今で言う「同担拒否」だ。
 怖い!今考えてもシンプルに怖い!何、自分の気に食わないこと言う人間がいたら手下使って消しにかかるの!?怖すぎるんだけど!

 うちの近所に住んでいたYちゃんはNの取り巻きだったが、Tらと違って何もしなかった。いつも、Nの後ろを黙ってついて行くだけ。おとなしくて自己主張を一切しないYちゃんはそんな学校生活に悩み、私が転校してくる前不登校気味になったこともあると中学に上がってから聞いた。言うことをよく聞くYちゃんは使い勝手がよく、小間使いのようにされていてNのお気に入りだった。
 Yちゃんのお母さんはいつも、通学路の途中までYちゃんを迎えにきていた。今では下校する子を家族が迎えに出るのは普通の話だが、当時は「過保護」という風潮があった。
 今でも心配そうに交差点の向こう、水路の脇でYちゃんの帰りを待っているお母さんの姿を覚えている。不審者対策だけではなかったのかもしれない。下校する時も、Yちゃんは大体Nと一緒だったから。

 どういう育ち方をして、どういう事情があれば思いやりの欠片もない、あそこまで傍若無人で極悪のガキが出来上がるのかはよくわからない。ワガママ放題のお嬢様だったからなのか、それとも他に何か家庭に問題でもあったのか。
 KinKi Kidsやジャニーズと、Nの素行や人間性に関連はないと思う。あれだけ多くのファンを持つ人達だ。もしファンの全てがあんな極悪人だったら社会が一つ滅んでいるだろう。
 しかし「学校」「クラス」というごく狭い世界で生きている子どもにとっては大変なインパクトだった。小学校6年生の子どもの中では、Nの人間性とKinKi Kidsやジャニーズが結びついてしまった。

 という理由で、この時点で私の中の「ジャニーズ」に対する印象は最悪のものとなった。
 不思議なことに、KinKi Kidsに対しての印象ではないのだ。何故かというと、この時KinKi Kidsはまだデビュー前だったからだ。なんだか顔立ちの整った少年が二人、というのは雑誌で見て知っていたが曲を聴いたこともない、テレビで喋っているのを見たこともない。彼らがどんな人達なのかもよくわからず、印象が極めてぼんやりとしている。音楽好きで主にFMラジオから情報を得ていた私としては「どんな曲を歌っているのかもわからない、歌手なのかなんなのかよくわからない美少年2人組」という印象でしかなかった。
 転校前の学校にいた「ちょっとアレなあの子」と転校先の学校にいた「いじめグループの親玉N」の相乗効果で「ジャニーズ」というものへの印象が最悪になってしまったのである。

 その後、私が中学2年の時にSMAPの人気が爆発した。私自身も母や妹と一緒に毎週『SMAP×SMAP』を楽しく見ていた。番組の本も家にあった。
 月曜の夜10時、チャンネルを8に合わせると流れてくる「♪ロート、ロートロート、ロート、ロートロート、ロート製薬〜」という一社提供のクレジット。豪華ゲストに料理を振る舞うコーナー「ビストロSMAP」。「マー坊」や「古畑拓三郎」といったコント。ゲストミュージシャンとSMAPのセッション。今はなくなってしまった良質なエンタテインメント番組だったという印象が強い。いい思い出だ。
 その後、夜更かしをして深夜番組を見るようになってから、その頃まだ深夜帯でやっていたTOKIOの『鉄腕!DASH!!』に出会う。その頃は今のような農業や大工仕事(土木工事?)といったスタイルではなく、TOKIOが体を張って馬鹿げた実験をするというスタイルだった。本当にバカバカしくて、毎週楽しみだった。まだネットもパソコンも、スマホなんか当然無い時代。深夜テレビは若者にとって最高の娯楽だった。
 KinKi Kidsが出演していた『LOVE LOVE あいしてる』もよく見ていた記憶がある。V6が出ていた『学校へ行こう!』も。
 彼らの活躍によって、同級生の「ジャニヲタ」によってもたらされた嫌な思い出や、ジャニーズへの悪印象は払拭されていった。

 「オタクの一挙手一投足が推しの評判に関わるからオタクは日頃の行いに重々気を付けろ」

 今では広く周知されていることだが、本当にそうだな…と子ども時代を振り返ってしみじみする。Nのやったことは最低最悪だ。少なくとも私とIさんは、Nのせいでファンも含めたジャニーズ全体に対し悪印象を抱いてしまうこととなった。

 Nは取り巻き以外の女子からの評判もすこぶる悪かった。取り巻きに見える子の中にも「本当は嫌だ」と思っているYちゃんのような子もいる。だが、皆が「Nを怒らせたら怖いから」と声を潜め、息を潜め何も言おうとしない。
 男子もそうだ。「こんな気持ち悪い男にキャーキャー言ってバカじゃねーの」とか揶揄う空気の読めないバカ男子もいたことにはいたが、そういう男子でさえ尋常でなく人相の悪いNに睨まれ、舌打ちして「死ねよ!」と怒鳴られれば、次からは何も言わなくなる(男には何故か自ら死ねと言うのだ)。

 (今思い返してもとんでもない学校に転校してしまったものだと思う)
 (その後中学で私は不登校になっている)

 なんだか似ている。
 みんな、身の回りに「ジャニヲタ」がいっぱいいるから、何だかおかしいなとか変だなとか思っても、何も言ってこなかった。
 なんでテレビはこんなにジャニーズだらけなんだろう、とある時期からファン以外の多くの人は疑問や違和感を抱いていたはずだ。私もそうだ。スマスマやDASHは楽しく見ていたし、特にTOKIOは好きなグループだが、ニュースやスポーツ中継を見ていても必ずジャニーズの誰かしらが出てくる状況には、ある時期から流石に辟易していた。
 だが、言えなかった。「ジャニヲタは怖い」。小学校の時の原体験が、意識の奥深くに刷り込まれていた。彼女達を怒らせたら、どうなるかわからない。
 女性は学校に、職場に、友達に親戚に身の回りのどこにでもジャニヲタがいる状況。気まずくなりたくないから、何も言えなかった。男性はやはり「彼女や奥さん、或いは周りの女性を怒らせたら怖いから」何も言えなかった。
 30年前からずっとそうなのだ、と気付いた。

 誰も何も言わないから「みんなジャニーズが大好きだよね」ということにされてしまった。
 調子に乗ったテレビは「視聴率が取れるから」という理由でジャニーズのアイドルをニュースやスポーツ中継、教養番組にまで出すようになり、企業はジャニーズのアイドルを広告に大量に起用するようになった。オタクの凄まじい購買力をアテにして。
 巨大な問題を葬り去ったまま「みんなジャニーズが大好きだよね」という、巨大なイメージだけが膨張していった。

 「Johnny & Associates」という社屋の看板が取り外される前にと、アクスタやぬいぐるみなどといったグッズを手に記念撮影に訪れているファンが大勢テレビに映っていた。中には母娘連れまで。カメラに向かって笑顔を見せている。正直に言って、ゾッとした。
 数百人とも、それ以上ともされる被害者がいることは間違いがなさそうだ。それなのにグッズを手に記念撮影に行ける神経がわからない。母親だったら娘が行きたいと言っても「被害者の人がいらっしゃるから、寂しいけどやめておこうね」と諌めるのが本当ではないのか。
 こちらを一瞥するNの目つきが蘇る。やっぱり、この界隈はああいう人がいっぱいいるんだろうか。怖いな。そう思ってしまう。

 「オタクの一挙手一投足が推しの評判に関わるからオタクは日頃の行いに重々気を付けろ」

 これは真実なのだ。
 自戒も込めて、昔の話を書かせて頂いた。
 推しを本当に推したいのであれば、ライブ会場やSNSだけではなく、毎日の生活での振る舞いから気をつけなければならない。

 そして、おかしいと思ったことには怖くても誰かが「おかしい」と言わなければならない。
 彼らが歌やダンスやお芝居、トーク、バラエティなどで私達を楽しませてくれることは事実だ。だが、専門性が必要とされる報道やスポーツ中継、教育の分野にまでアイドルやタレントが登用されるのはどうなのか。一部のオタクの購買力ばかりをアテにするのは、商品のマーケティングとして果たしてどうなのか。


 「無敵の笑顔で荒らすメディア
  知りたいその秘密ミステリアス
  抜けてるとこさえ彼女のエリア
  完璧で嘘つきな君は
  天才的なアイドル様」
 (『アイドル』/YOASOBI)

 あくまでも『推しの子』というアニメのストーリーに寄せた歌詞で、主人公のアイも女の子だけれど、この曲が今年最大のヒット曲になりそうなのは皮肉だなと思う。

 「嘘はとびきりの愛なんだよ」
 (星野アイ)

 先日まで再放送されていた『あまちゃん』もそういう話だったが、やっぱりアイドルはみんなの笑顔や夢のため、最後まで嘘をつき通さなければいけない厳しい職業なのだと思う。
 その「とびきりの愛」を創業者が、事務所が木っ端微塵にしてどうするんだという話だ。アイドルを矢面に立たせて。この会社は危機管理の面から言っても、エンタメどうこうではなく企業としてダメなのだ。

 私はジャニヲタではない。だが家族と毎週月曜夜10時に笑ってテレビを見ていた子供の頃の思い出を、深夜のテレビにかじりついて爆笑していた若い日の思い出を、東日本大震災の後も福島で米を作り続けるTOKIOに勇気づけられた思い出を、綺麗なまま返してくれとは思う。彼らがくれた「とびきりの愛」を。

photography,illustration,text,etc. Autism Spectrum Disorder(ASD)