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ルリハの春のうた

悪魔の笛(*)を吹く人々が現れた。
去年の冬のことだ。

外には、人の見えない毒素が満ちあふれているという。
自分では毒がまわったか分からないこともおおいという。

毒は人にうつしてしまうという
そして、みたことも無いぐらいバタバタ大勢死ぬという

そのうち、毒がまわったと名指しされた人は
隔離され村の別な場所で暮らすようになった。

人々は、笛の恐怖から村から出ることができなくなり、
とうとう家からも出られなくなった。

子どもは学校に行けなくなった。
家の中に閉じ込められ心が干からびた子供たちは自分で死んでいった。

自分に毒がまわったかもしれないと思う母たちも現れた。

そして、自分が毒をまくかもしれないと思い、
「自分のせいで迷惑かけたかも」と命を絶つ母もあらわれた。

毒で死んだ人は少なかったが、自ら死んだ人は多かった。
仕事を失った人はもっともっと多かった。

それでも村をおさめる国のスピーカーから、
村運営のいくつものスピーカーからも、
連日、毒が廻った人の人数と検査を促す放送が
朝、昼、夜、夜中も
1日中繰り返し流された。

それを見て村の片隅で一人暮らす木こりは言った。
「悪魔の笛だ」

☆☆☆
僕は、木こりの独り言を聞いていた。

「悪魔の笛に脅されてはいけない」
「長い間、森でくらしてきたからわかる」
「毒はあったかもしれないけれど、
この村の周りでは現れて消えた」

それに・・・
と彼はつづけた。

「知らないうちに繰り返しやって来た毒に対して
免疫を持っているから、大丈夫なんだ」

ふう・・・ため息をつく。

「前も同じだったじゃないか」

長い独り言だ

「私に何ができるのだろう」

「村人たちに説明したけれど
だれひとり信用してくれない」

「それどころか、放送スピーカーの数も音も頻度も増える一方だ」

僕は 斧に手を置き 
初夏の空を見上げてため息をつく彼を
いつまでも見ていた。


☆☆☆
カーン カーン

夜明けを迎えた村にある日、森や村にかん高い音が響いた

毒におびえる人々は家の中で音をきいていた

木こりがスピーカーの土台の木を斧で切り始めたのだ

「悪魔の笛を止める」

それを見た村人は言った

「気がふれてしまったんだ」
「国営放送だって毒が人々を襲っていると言っているのに」
「そんなことしたって、スピーカーは無数にある」

トコトコと見慣れない少年が駆け寄った

「なにしているの?」
きこりは、少年の目をまっすぐ見て思っていることを伝えた

少年もきこりを真っすぐ見つめ直した
「ふーんそうなんだ。お疲れ!」
少年は走って去っていった

「今年は鳥が鳴かなかったね!」
遠くから帰り際に少年がさけんだ

僕は、きこりから飛び散る汗を眺めていた
初夏の日差しのなかで蝉の声がしはじめていた


☆☆☆

カーン カーン

翌日も木こりは別なスピーカーに斧を立てた

昨日は一つ倒すのがやっとだった

今日は少し離れたところの2つめだ

「どいてくれ どいてくれ」

村役人が昨日木こりが壊したスピーカーのところにやってきて、
あたらしいスピーカーを立てた

こんどは金属製のピカピカのものだった

「高性能スピーカーで毒が回った人数が電波で即座に放送される
近くに毒が回ったひとがいると警告もできる装置もついている」

見に来ていた村長が胸を張った
「秋にやっとできた中央都市から届いた最新型だ」

「これで、危ない人を村から排除できて安心安全ね」
と村人たちも誇らしげだった
「毎日ひとりずつ装置の前に立って毒の検査をしましょう」
「そして、危ないやつをはじけばいいんだ!」
「そうだ!そうだ!」村人たちは叫んだ

僕は、金属のスピーカーに反射する村人の声を聞いていた

☆☆☆

次の日も
次の日も
きこりはスピーカーを1本ずつ倒し続けた
真夏の太陽が彼に照り付けた

1日で切り倒せることもあったが

何日もかかることもあった

そのたびに、新しい金属製のスピーカーがつくられていった

「やらせておけばいいさ。金属スピーカーに置き換えればいい」
「建築の費用が省ける」
「そのうち、飽きるだろうさ」
「体を壊すにちがいない」
「頭が先に壊れたんだ」
「妄想で滝つぼにそのうち飛び込むんじゃないか」
「めんどくさいから見ないでおこう」

村役人や村人たちの声を僕は聞いていた


☆☆☆

ある日、木こりのそばに
この前の少年を先頭に黒いコートを着た大人2人がやって来た
遠い国の真ん中の街からやってきたという

「何をなさっているんですか?」彼らはたずねた

「村の人たちを悪魔の笛から守りたいんだ」彼は言った

「このひと頑張っているんだ」少年は言った

その後、彼らは木こりとしばらく話して帰っていった

紅葉に囲まれて木こりはまた斧をふるい始めた

僕は、だまって斧をおろす木こりをみていた


☆☆☆

カーン カーン

その日も明け方から木こりは斧を振るっていた

トントン

汗にまみれた木こりの肩をたたく人がいた
木こりは振り返った

「郵便です。お宅にいらっしゃらなかったので探しました」
郵便配達人は指についた木こりの汗をぬぐいながら言った

木こりのからだからは、寒気の中で湯気が立っていた

「ありがとう」

木こりは手拭いで汗をぬぐい、手紙の封を切った
綺麗な白い紙に達筆で文字が記されていた

きこりは斧と切りかけたスピーカーの土台の木を
交互にまじまじとながめた

木こりは斧をしまった

僕は、作業を止めて家にかえる木こりの後ろ姿を見送り続けた
森は冬の空気に包まれていた


☆☆☆

新年が静かに開けてしばらく経った

その日の朝は静かだった

冬の冷えた丘にゆっくりと朝日がのぼった

その日、スピーカーは無音になった

人々は、毎日大きな音で毒素による
陽性者と検査数と死者総数をがなりたてるスピーカーたちに慣れていた

急に無音になり 少し驚いた


「故障かな? 出てもだいじょうぶなのかな?」
村人はいぶかった

隣の家からも人々がでてきた

「あ、おはようございます! ひさしぶりですね!」

こんなにも伸び伸びと外で深呼吸したのは
どれぐらいぶりだろう

朝日を眺めたのは
何日ぶりだろう

「学校行けるの? 遊びに行けるの?」

子どもたちは大喜びしていた


「あれ、これはなんだい?」

木材が何本も村の中央広場に置かれていた

「きこりが森から材木を切り出して一人ではこんでいたよ」
「何に使うんだろう」
「家に閉じこもらないで、こんなことするなんて
やっぱり気がふれていたんだね」
「そうだそうだ」

僕は木を一つずつ運んでいた木こりを思いだしていた
つぶれた手のマメには血がにじんで
ぼろぼろの服は泥だらけだった
雨や雪の中も独りで木材を黙々と運んでいた


☆☆☆

もう冬が終わろうとしている
湯が沸くのが早い

木こりは朝日のなかで
配達人が渡してくれた手紙をよみかえしていた
マメから出た血と泥と汗でくしゃくしゃになっている

ときどき引き出しから出しては読んでいる

< 拝啓
貴殿の村からスピーカーを倒す男がいて困っているという情報が
国の警察公安に届いていたので調査していました

すこしまえ、少年と会って会話したでしょう

実は事情によっては逮捕もできるように法律を整え
貴殿への逮捕状も作ろうとしていました

話をして良くわかりました
この手紙をわたすことにしました

誰にも言わず声を出さずにどうぞ続きを読んでください


少年の報告をもとに私たちは調査を開始しました

貴殿がおっしゃっていることがファクトだとわかりました
私たちは耳を疑いました

これまで、
たくさんの御用学者が毒の恐ろしさを王様や私たちに伝えていたので
とても恐ろしかった
そして、そのおそろしさをスピーカーを使って連日放送してしまいました

その中で少年が「毒で大勢死ぬなんてウソだ」と叫んだのです
「僕はみてきたんだ」と

少年は「真実を見ぬく少年」です
お城で大切にお守りしています

大昔「王様はハダカだ!」とさけんだ少年の末裔です
今も王様に仕えています

わたしたちは、国民や村を破壊していたことに気づきました
もうすぐスピーカーは止むでしょう


あなたは、もう何も壊す必要はありません
私たちは、あなたの味方です

良いきっかけをつくってくれました

王様はファクトに従って民をまもる御所存です
貴殿が悪魔の笛を吹くと呼んでいた人々もいなくなっていくでしょう

これから、国や村を建て直さなくてはいけないでしょう

またお便りいたします

準備しておいてください
たくさんの木材が必要です >


☆☆☆

きこりはそっと手紙をまた戸棚にしまった

隔離されていた人々も解放された
家族と抱き合って喜んでいた日のことを思い返していた

その日村長はピカピカの金属スピーカーの検知装置を全て外した


彼は、もう孤独ではなかった

たくさんの村人たちが木材あつめを手伝ってくれた

「こんなに村を壊しちまっちゃぁ、直すのはたいへんだな」
「俺たちは、なんてことをしちまったんだ」
「時間かかるかも」

「大丈夫ですよ。ひとつずつやりましょう」
木こりは村人たちに言った
マメだらけの節くれだった手を見せてニッと笑った

休憩のとき独り切り株に座り
彼は治りかけた手の幾重にも重なるマメの傷跡をずっとながめていた

手をなぜながら遠くをずっとながめていた


☆☆☆
小屋で朝ごはんの支度をしているとき
彼は、ふと窓の外をみた

何かが近づいてくる

丘を登ってくる
少年をたずさえた2人の黒服の大人だ


僕は、少年の肩に飛び乗って春の歌を歌った
少年が僕の目をみた
目が合う
とび色の瞳と黒髪の組み合わせが美しいと思った

木こりの家がだんだん大きくなるにつれ
僕は、もっと元気よく歌を歌った

「ルリハ鳥が歌ったよ 春の歌を歌ったよ」

少年が大人の周りをグルグルまわりながら
走り回った

「瑠璃羽鳥が歌った 春の歌を歌った」

僕は、少年の声を聞きながら歌い続けた


少年が振り返ると、
王国の中央都市から村を建て直すために向かう人々が
列をなして並んでいるのが遠くに見えた

スキップする少年と碧い鳥は
楽しそうに春の歌を歌い続けた

木こりの耳にもかすかに少年の歌がとどいた
鳥の歌もとどいた
春の歌だった






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