自叙伝風小説40WSOP編

一つの大会を聞き終えて、倉田は疲れたように長く深い息を吐いた。
「・・・すごい、ですね。こっちまで緊張してしまいます」
「ふふ、ありがとう」
アカヤギは素直にそう言ったが、実際に彼の体験した緊張感の十分の一もわかっていないだろうということは倉田にもわかっていた。
あくまで彼はプレイしたことのない人間であり、大会なんかの空気から何から知らないのだ。
尤も、それでも面白さや空気感が伝わってくるのはポーカーの、そしてアカヤギの話のうまさもあるのかもしれない。
「さっきも言ったけど、ヨコサワくんはトッププレイヤーだし、今はもうさらにYouTuberとしても大人気だからね。彼らの動画を見てポーカーを始めたなんて子も多いんじゃないかな。日本にアミューズメントカジノを作ったりしてるし、あれは簡単なことじゃない」
そういう言葉には熱がこもっていて、彼もまた経験があったのだろうということは倉田にも伝わっていた。
「それもですけど、アカヤギさんもすごいです。そんなところで一緒に戦うなんて・・・何かで世界で戦う人間って多くはないじゃないですか。それが本当に尊敬できます」
「ありがと」
照れ臭そうに言葉少なに礼を告げたアカヤギは誤魔化すように咳払いを一つしてから話を変えた。
「僕は結果的に$5,100で14位だったんだ」
「ええ、と5100ドルって・・・え、当時の金額はわからないですけど、かなりの賞金じゃないですか⁉︎」
「うーん、当時だと60万円行かないくらいかな」
「・・・ポーカー、言ってもカードゲームでそのお金を取るのは本当にすごいです」
「うーん、その言葉は嬉しいけど。・・・その大会、ヨコサワ君は結局優勝したんだ。経験僅か九ヶ月で、しかも初めての海外挑戦でだよ。本当にすごいと思う」
「・・・はぁ、もう何か一流同士の話についていくので精一杯です」
疲れたようなため息を吐きながら倉田はメモを構え直してアカヤギに手をあげて質問を返した。
「ちなみにその大会って優勝賞金は・・・?」
「十万ドルだね。当時でも1100万円くらいかなぁ」
「・・・・僕も、始めてみようかな」
それはあくまでジョークであり、アカヤギもそれをわかっていて楽しそうに笑いあう。
「一千万ももちろんすごいことだけど、それで驚いてたらW S O Pなんて死んじゃうよ」
クスクスとアカヤギもずオークを言って笑うと倉田はそうだ、と思い出したように仕事の顔に戻った。
「それ、前は世界一の大会だから関係ない世界、みたいに思っていたんですけど。もしかしてアカヤギさんも出場されたことがあるですか?」
倉田の恐る恐るの質問にアカヤギは何食わぬ顔で頷いた。
「うん、もちろん。そもそもサッカーのワールドカップみたいに厳しい予選を潜り抜けて、っていう大会でもないしね。参加費を払うことができれば誰でも出られるし、W S O Pは一つじゃないというか」
「・・・?」
サッカーの国対抗世界大会で言えばW杯やEuroなどが思いつくが、あくまでそれぞれ別の大会だ。二個目のW杯なんてものはない。
だが、アカヤギの言葉ではそのようなものが合うという言いぶりだった。
「・・・そうだね、W S O Pの話する前にこの大会について改めて話そうか。前も言ったことだけど念のためにね?・・・W S O PっていうのはWorld Series Of Pokerの略で、さっき話したW P Tと並んで世界三大大会の一つだよ。毎年5月末~7月末の約2ヶ月間に渡ってアメリカのラスベガスで行われていて、メインイベントは10億円の優勝賞金とかがある世界一大きな大会で、ずっと僕がプレイしているテキサスホールデム以外のポーカーの大会もやってるんだ。大会はE S P Nっていうスポーツ局が全米放送しているくらいだし、サイドイベントも多くやってるんだ」
ここまでは話したよね、とアカヤギに聞かれて倉田も頷いた。
「イベントっていうのは大会のことで、期間中は60以上の大会が開かれることもあって、ポーカーのオリンピックなんて言われることもあるんだ。その全てで高額の賞金と名誉あるブレスレットをもらえる」
「ブレスレット、ですか?」
急に意味がわからず首を傾げると、アカヤギはそうだね、と軽く頷いた。
「オリンピックでいう金メダル。トロフィーとか盾とか。そういうのと同じ扱いだよ。・・・まあWSOPで優勝すれば盾とかトロフィーも貰えるんだけど、ポーカーの大会優勝といえばブレスレットなんだ。これを持っているだけでステータスだし、いくつも持っている人も多い。・・・あと、シンプルにこのブレスレットが豪華でね。トランプのスートを模した飾りがあるんだけどルビーとかダイアとかサファイアとかの宝石がついてたりしてて・・・以前W S O Pのメインイベントで優勝した人がブレスレットをオークションにかけたら1200万円になったなんて話もあったね。そのお金は寄付したみたいだけど」
「・・・本当に、世界一の大会なんですね」
「うん。このブレスレットは今まで日本人では四人しか取ったことないんだ。しかもメインイベントでは誰も取ってない。メインイベントの日本人記録は最高で25位だね、それくらい難しいしレベルの高い大会になるんだ」
「・・・25位ってだけ聞くと、そんなに、って思ってしまうんですけど」
倉田が素直にそう小さく呟くとアカヤギはとんでもない、と手を振った。
「そもそもこの記録って2019年なんだ。その前は2012年に小倉孝が樹立した64位だったんだ。これも相当の快挙なんだけど・・・」
「え?小倉さんって、話に出てきたような」
パラパラとメモを見返している倉田にアカヤギは肯定するように頷いた。
「うん、戦ったこともある同じもとプロ雀士の小倉さんだね。その人が64位で日本人最高だったんだけど、19年にやっと更新されたんだよ」
「へぇ、本当にレベル高いんですね・・・!」
「うん、19年は結構規模が大きくて、8500人くらいメインイベントには出てたんだ。その中で25位だからすごいでしょう?」
サッカーW杯では32チーム、同じ個人戦で言えばテニスのウインブルドンは128人での戦いだ。もちろん、ルールも何も違うからどちらがすごいという話ではないのだが。
それでもその人数の中から優勝するのは当然ながら一人だけ。ものすごく狭き門なのだ。
「それに、25位って言っても賞金は三千五百万円くらい貰えたんだよ?」
「え・・・そんなに⁉︎」
「うん、TOP10に入ればみんな最低でも一億とかは貰える世界だからね、だから本当にこれは凄いことだよ」
「・・・どんな天才なんでしょう」
その言葉にクスッとアカヤギは笑った。
「倉田くんの方が年齢近いんじゃないかな?今三十いかないくらいだし、当時は26か7くらいでその結果を残したんだよ」
「え、若い!」
「うん、しかも面白いことに、その人は例のヨコサワ君のYouTubeで一緒に活動している人でね。その賞金を使って会社を作って日本でアミューズメントカジノを作ったりしたんだ」
「・・・僕なんかとやることの規模が違って、何が何だか」
とりあえず頭のてっぺんから爪先までポーカーなんだろうな、と笑いながら倉田が呟くのを見て、アカヤギは軽く諭すように声を変えた。
「あんまり一人称を僕なんか、っていうのよくないと思うよ?キミだってキミにしかできないことを立派にやっていると思うし。そんな言い方したら本当にできることが小さくなっちゃうよ」
「・・・すみません」
確かに聴いていても気持ちの良いものではないか、と倉田はすぐに謝った。
「ううん、僕こそごめんね、どうしても気になったから。・・・ポーカーの話に戻そうか。さっきのようにメインイベントは色々と派手なんだけど、それに負けないくらい色々な大会が同時に開かれいるんだ、19年の話が出たからいうけど、19年は90個くらい大会が開かれたね。僕が初めてW S O Pに出たのは2012年だね」
「あ、やっぱり出てたんだ・・・!どうだったんですか?」
「・・・うーん、嬉しいことも、悔しいこともあったかな」
そう前置いてアカヤギはまた当時を振り返って話し始める。

「はい、ありがとうございます」
僕は今、またラスベガスに来ていた。
だが前とは同じ場所に来ながらも目的はまた違う。今回はポーカー、しかも憧れのW S O Pだ。いつものトーナメントよりもさらに気合と緊張が違った。
韓国でのW P Tから、またさらにオンラインポーカーで修行をしたから、もちろん上手くはなっているだろう。だが、W P Tよりさらにレベルが高いかもしれない、とも思うと不安も大きかった。
レベルはわからないが、少なくとも人数の規模は圧倒的にこっちの方が上だ。しかもカジノはどこも絢爛でテンションが上がってしまうほどである。
この空気にいい意味でも悪い意味でも呑まれてしまっているのかもしれない。
だけど当たり前と言うか手続きはどこも同じで、チップをもらうまでは慣れたものだ。
だからこそ今表面だけでも冷静を装えているのかもしれない。
やるのはいつもと同じテキサスホールデムだ、必要以上に怖がる必要はないとわかっていても、どうしてもふわふわして感じで落ち着かないのも事実だった。
サイドイベントで参加費は約5万円。人数は約250人だから優勝すれば1250万円。W S O Pの中ではそこまで大きなトーナメントでもないが、勝てば十分すぎるほどのプラス収支だ。
まずはある程度しっかり戦えるトーナメントで弾みをつけようというわけだ。
とは言っても絶対に優勝できるなんてとても言えないし、余裕を持ってプレイできるわけでもない。あくまでメインイベントや他の賞金の高いトーナメントに比べればレベルは低いかも、というだけの話だ。
初期チップは5000点。これがなくなればもう一度だけ5万円を払って参加することができるが、これはすぐになくなってしまう可能性があるもの。
1ハンド目からA Aが来て強気にオールインをして、Kのトリップスに負けてしまう、なんて可能性もあるから、数分で敗退も十分にあり得るのがポーカーの世界だ。
今持っているこの軽いチップたちが、まさに自分の命というわけだ。
時間が迫り指示に従ってテーブルにつく。
韓国の時とは違って周りにはあまり日本人は見られないし、テーブルにもアジア系の人間は僕だけのようだった。
9人で楕円形のテーブルに集まり、僕は横側の一人席に腰掛けた。
他に集まった人たちは老若男女様々で、楽しそうに話を振ってくるもの、緊張して集中した様子のもの。まさに色々な人間がそこにはいた。
僕も話しかけられれば笑顔で返し、自分から話すことはなく集中をしていく。
少しそうしていると、ようやく大会が始まるアナウンスがあり、いよいよか、と意気込む間も無くカードが配られていった。
自分の元に滑ってきたカードを押さえ、いつものように左手で捲って確認する。
W S O P記念すべき最初のハンドは♧3と♡9。ポジションはU T G。
僕は悩む間も無くカードを戻し、皆が僕のアクションんに注目する中で、軽く笑いながらカードを裏向きに捨てた。
まあ、1ハンド目から勝負しなければいけないような手が来ても困るかもしれない。
徐々にゲームに慣れていくにはいいかもしれない、と言い聞かせながら。
そして数分後、1ハンド目のポットを取ったのは僕の右隣、スーツ姿の男性だった。
ここまでフォーマルな人も珍しいなぁ、と関係ないことにも頭のウォーミングアップがてら思考を回しながら次のカードを待つ。
そしてそれからしばらく勝負できないことが続くが、一周と少し回ったC Oのとき。
ようやく勝負できるハンドが入ってきた。
相次ぐフォールドの中、僕がコールしてチップを前に投げると、S Bは降りて、B Bだけが残った。
B Bのパーカー姿の若者がちらっと僕を見てくる。あまり表情は明るくなさそうだ。それに、今まで何度か彼が参加していたプレイを見ていたがそこまで勉強しているわけではなさそうだ。まだまだ始めたてでチャレンジしているのかもしれない。
B Bだしとりあえず参加するか、程度でそこまで強いハンドではないのかもしれない。
僕は♧Kと♧9のスーテッド。最強ではないがレイズしても良かったかもしれない。
だが、最初の勝負手だということ、初のW S O Pで緊張していたのかもしれない。
今更僕はなんでコールで入ったかな、と軽く後悔しつつフロップを確認する。
出てきたのは♢2、♢7、♤9。そこまで強いフロップではないから、Kも十分に強い。
だが、相手が♢のスーテッドだったりAが一枚あれば不利になることもあり得る。
彼はチェックをするために軽くテーブルを叩く。そして僕は彼と同じ指で返した。
4枚目、ターンは♡J。
僕は顎に指を当てながら真剣に考え直す。
正直、勝てる可能性は十分にあるとは思う。9のワンペアでKキッカーだが、セカンドペアであるしキッカー勝負もAに負けるのみだ。ある程度強いカードが向こうにあればレイズしていただろう。
まぁ、自分もレイズしているべき場面でコールしているからミスの可能性も十分にあるのだが。
まだ彼のプレイを十分にわからないし性格もわからない。そんなときにミスまで考えていても仕方ないから頭の中から除外して今見えることのみに集中していく。
8もしくは10があればストレートドローになっている。8、10だったらストレートは完成しているが、果たしてB Bだからと乗って来るだろうか。レイズはなかったしまだまだブラインドも低いからスーテッドだったらあり得るかもしれない。
あとは♢のスーテッドだったらフラッシュドローだ。
ふむ、と腕を組んだところで彼は自分のチップを数えて取り始めた。どうやらベットするつもりらしい。
どれだけ来るかな、と見ていると彼はポットの半分ほどのベットをしてきた。
まだ初めだからと思うこともできるし、今乗せて後でさらにチップを出させるつもりかもしれない。
だが、今の手で即降りすることもないか、と僕は同じだけのチップを投げた。
そしてリバーは♤Q。
これで僕の手は進むことはない。9のワンペアでKキッカーで確定だ。
彼はK、Tの場合もストレートになったが、先ほども考えたがそれだとレイズしそうなものだが。
なんて考えていると彼はテーブルをそっと叩いた。チェックだ。
僕は思考を続ける。
先程のベットで何か強そうだと思ったのだが違うのだろうか。ここにきてチェックするメリットはない。
自信あるならもっと奥にチップを出させたいはずだ。最初だからとりあえず勝ちたいって言う気持ちはあるのかもしれないが、僕を降ろしてポットを取るのと変わらない。だからだろうか。
「・・・・んー」
最初だから僕もとりあえずは様子見でいいか、ハンドが見えたらラッキーだ。
チェックを返すと彼は静かにカードを表にする。♢の8と♢9。
なるほど、フラッシュドローもあってベットしたのだろうか。ペアもできていたし。
だがキッカー勝負で僕の勝ちだ。
僕がカードを表にすると納得するように彼は何度か頷いてすぐにカードを投げていた。
あまり多くはないがしっかりとしたポットを初めて取った。ようやくW S O Pが始まったのだ、と実感できて僕は内心で笑顔になるのだった。
そしてしばらくまた細かい勝負が続き、僕のハンドは♤A 、♤Q。かなり強い手が入った。
Aだし、スペードのスーテッドであるし、もう一つのQもかなり強い。ポジションもH Jで悪くないし、これは勝たなければならないハンドだ。
U T G、E Pとフォールドすると、M Pがチップを数え出した。
とりあえず勝負になりそうだ、と見ていると彼はブラインドの倍くらいのチップをそこに置く。レイズしたのだ。
M P、弱くはないが有利でもないだろう。ある程度のハンドでないとレイズしてこないはずだ。プレイヤーをチラリと確認すると大きなヘッドフォンをかけた男の子と言えるような年齢の若者で、本当に成人しているのか疑わしいほどであった。
レイズしたあとは周りに興味もないのかなぜか目を閉じて待っている。
僕の右隣も降りて、僕は迷わずにチップを掴んだ。
出したのは彼より更に3倍ほどのチップ。リレイズと呼ばれる、レイズにコールではなく更なるレイズをする行動だ。
ハンド的にもここは強気でいくべきだろう。
結局M Pの彼以外降りて、彼は自分の番にすぐさまコールを返してきて、今度は僕の顔をチラッと確認していた。こちらの自信を確認するような目つきだ。
フロップは♧2、♧9、♡6。正直言ってあまり嬉しくはない。
折角の♤のスーテッドがこれで全くの無意味になってしまったからだ。
連続で♤が落ちても4枚にしかならずフラッシュはもう不可能。
それに落ちている数字も低く、僕の持っているA Qには絡んできてくれない。
これから幾ら僕の望むようなカードを引けたとしても最高でトリップス。これではあまりにも心もとない。
相手がレイズしたのが僕と同じようなA絡みでスーテッドだとしても怖い。
そもそもポーカーにはブロッカーという概念がある。1セットのトランプでやるゲームだから、デッキに残る全てのカードは解らずとも、少なくともこのカードはない、ということはわかるのだ。
僕が見えているのは♤A、♤Q。まずこれがブロッカーになる。
彼がA絡みのスーテッドでレイズしていた場合、♤のAは僕が持っているから♤以外ということになる。もしクラブだったらフラッシュドロー。ハートでもフラッシュの可能性はある。
その時点で今の僕より優勢な可能性があるのだ。
彼のチェックを見てターンに何かいいカードを、と願いつつ僕もテーブルを叩く。
落ちたのは♧5。僕は更に舌打ちをしたい気分になってしまう。
トリップスも消えたし、ツーペアもない。僕が今この先一番強いのはAのワンペアだ。
対して向こうがクラブのスーテッドだった場合すでにフラッシュが完成してしまっている。
もう一つ強いてとしてはAともう一枚が3や4だった場合ストレートもない事はない。もう一枚がそれでスーテッドだからとレイズするだろうかという疑問は残るのだが。
ここもお互いチェックで流し、リバー。
落ちたのは♤Kだった。これで僕はAのハイカード決定。
リレイズで入ったにしてはなかなか厳しいことになってしまった。
だがここで、相手がチェックを返してきたことで僕の思考は切り替わる。
そもそもターンでベットではなくチェックしてきたことを思い出してみる。
もし♧のスーテッドだった場合すでにベットしてきてもおかしくはない。もちろん僕から多くチップを取るためにチェックしているとも思えない事はないが、それにしてもチェックは引っかかる。クラブのスーテッドではなく、何かのポケットペアという可能性の方が高そうだ。
更に言えば最初にレイズしてきた時点でそこまで弱いペアではなさそうではある。
Kのペアだった場合今ベットしない理由がないのであまり無さそうで、途中も全てチェックだったためこの中では強そうな9のペアでも無さそうだ。同じく2、5、6もなさそうだがそもそもこの辺りでレイズするのか微妙なところで人によるので一旦そこは除外。
そうなるとA、Qは強そうだが、一応一枚ずつブロッカーになっているからそこまで可能性は高くはないだろう。そうなるとJ、Tのペアは考えられる。
対して僕はというとリレイズで入った僕もここまでチェックしているから、同じようにペアは可能性から捨てられているだろう。リレイズで入ったという事はポジションの有利以上に何か強い手があると思ってくれているはずだ。
A AかK Kか、と相手の思考を考えながら相手のハンドを推測していく。ここまでチェックしているのだからペアではあるけど伸びなかった、が正しいとは思う。
だからこそ、僕はリバーで相手がチェックしてきたことをきっかけにチップを掴んだ。
「ベット」
ポットと同額くらいチップを投げる。
これは、ブラフだ。ショウダウンしてもただのハイカードなので勝ち目はないに等しい。
相手はブラフしてこなかったので、何かしらの役はあるがチェックばかりなのでそこまで強くはない。
そこで、僕はブラフベットを仕掛けたのだ。
相手もそこでしばらく黙り込んで考え始める。
このまま降りてくれればラッキーなのだが・・・。
数分経って、相手はチップを数え始め、そこで僕は諦めてしまった。
残念ながらブラフは失敗したようだった。
コールを聞いて相手が♧10、♡10を出したのを見て僕はマックする。
負けてしまったこともブラフ失敗したことも悔しいが、それ以上に相手のハンドが予想通りで安心したということもあり、思ったより落ち込む事はなかった。
大丈夫、今の考え方であっている、戦える。それを裏付けてくれているような気がしたからだ。
それに、失敗したがあそこでブラフを仕掛けたのは間違いではなかった。はずだ。
そこからまたしばらくプレイしてブラインドが上がっていく。
おかげでジリジリ減ったりするのも痛いし、たまに取れるポットも大きくなってきて、あちこちで脱落者が出始める。僕らのプレイするテーブルでも二人ほど脱落し、ブレイク後はテーブルチェンジとなった。
休憩し移動したことで流れは途切れるのかしばらく勝負できるような事はなく、その日も解散になりそうな時間が見えてきた。
だが、ブラインドが300−600になった時、ブレイク後一回目のチャンスが来た。
ハンドは♡K、♡9。そこまで強くないが、ポジションはボタンで、十二分に戦えるだろう。
皆ジリジリと減っているチップが怖いのか流れが悪いのか全員降りていく中、僕は半分スティールしてやるくらいの気持ちで1300レイズしてチップを投げた。
するとS Bがコールしてきて、ヘッズアップとなった。
フロップは♡7、♡10、♧10。
フラッシュドローだ、悪くない。
更に相手がチェックしてきて、僕はゆっくりと頷いた。77なんかが怖かったが、なさそうだ。もちろんまだまだ解らないし、すでにフォーカードだった場合僕もここはチェックで相手にチップを出させるかもしれないから解らないが。
だが相手はここまで見ていると素直にプレイしていて、勝てそうな時はそこで一気に強気のベットをするタイプだ。チェックは額面どおりまだ勝負できないという証のような気はする。ただ、リンプインも多いためまだ解らないが。
僕はフラッシュドローでもあったし更に1300ベットする。
すると相手はしばらく悩み、3400にレイズしてきた。
ここで僕はまた時間をとってゆっくりと考える。
相手がチェックで流してきてレイズに対してコールではなくリレイズしてきたのはなんだろうか。懸念していた、強くて僕からチップを誘ったという事だろうか。
だとしたら3400のレイズはなんだろう。圧倒的に勝ちの自信がある額なのかどうだろうか。
今見えている中で一番怖いのはなんだろうか。
まず1010のフォーカードが今見えている中で最強だ。ペアだから僕のレイズに乗ったのも、数字が別に弱くないからというのも理屈は通る。チェックも僕から多めにチップを取りたいという考えかもしれない。
それ以外だと10が一枚のトリップスだろうか。だが、それは後一枚ハートがめくれれば逆転できる。そしてその場合10のハートは見えているからフラッシュの可能性は低くなる。
もちろん♡A持ちのブラフなんかの可能性はあるし勝てそうなハンドも多いので、僕はコールで乗ることにした。
ターンで何が落ちてどういうアクションをするのか、もう少し観察するためでもある。
そしてターンは♧4。
S Bの彼はここでいきなり悩むこともなくチップを数え、6500のベットをした。
それまでのポットが11600だから約75%ほどのベットということだ。
一気にポットが大きくなり、僕は小さく息を吸い込んで酸素を脳に回しつつ考え直す。
彼のような素直なプレイであれば、勝てそうか大きくチャンスだと思っていることだと推測できる。
コミュニティから考えて一番強いのは変わらず10のフォーカード。次は、スートがハートとクラブで2枚ずつだからフラッシュ。
いや、8、9でストレートドローという可能性もまだあった。
普通8、9でレイズにコールする事は考えにくいが、彼のプレイを見ているとあながちなしではない気もする。もしスーテッドでクラブとハートであればフラッシュドローとストレートドローではあるが・・・だが、僕は♡9がハンドに来ていてブロッカーになっている。
可能性としては♧の8、9くらいしかありえないだろう。
あと気をつけるのはA Qでハートのスーテッドだった場合だろうか。その場合はハートが落ちてフラッシュだった場合負けてしまう。
もろもろを考えとレンジで見ればまだまだ戦える気もする。
10が一枚であればハートを引けば勝つし、ストレートドローだった場合はまだ完成しきってはいない。♡Aプラスハートの何かだった時とテンポケは怖いが、逆を言えばそれくらいだ。
他のペアでツーペアになっていてもこちらがフラッシュで上回る可能性もある。
それに、彼の流れは今日僕が一度負けたブラフに似ている気もする。
おそらく確率で言えば僕は不利だし、なかなか難しいがその予感を感じ、大丈夫だと判断して僕は大きなベットに対してコールをした。
リバーは♤3。
なかなか難しいカードが落ちてしまった。
まずフラッシュはできなかったので僕はワンペアのKキッカーで確定。
5、6でストレートだが、それでレイズに乗ることはないだろうし除外して良さそうだ。
と考えていると、彼はまた悩まずにテーブルを叩いた。
なるほど、あとはフルハウスの可能性だろうが、33以外ではそれはターンもしくはフロップで確定している。そこでベットやリレイズをしてきた可能性は大いにあるのだが、どうしても彼の手が強いという予感がないのだ。
確率で見れば圧倒的不利なのに、どうにもそう思えてならない。
思い返せば麻雀の時に似ているだろうか。リーチが来て河を見ても役の見極めが難しい時も、なんとなく相手の手が強そうだと感じて確率以上の何かを見て戦うことは、プロの身としてはあったことだ。実際大学の全国大会でもそんなことがあった。
10のワンペアでKキッカーはいささか心許ないが、ここに来て降りるのは初心者でもしないようなミスなのであり得ない。そもそも今降りてもショウダウンして負けてもチップは同じ動きになってしまうからだ。
今僕ができるのはベットをするか否か。少なくとも相手はこのままショウダウンすることを選んだというわけだ。
であれば今負ければ大きいが即敗退でもない。これからの彼のプレイの方向性を見るためにもここで余計な事はせずに十分大きなポットをかけて勝負することにしよう。
僕も机を叩くと彼は少し勢いなさげにカードを表に変える。
♧8、♧9。なるほど、スーテッドだからとレイズに乗るタイプなのか。
それにフロップのベットは7、8、9、10のストレートドローで、ターンはフラッシュドローになったからか。
なるほどなるほど、いけると踏んだが思ったカードが来なかったというわけか。
今の彼の流れを頭の中で考えてインプットしつつカードを表に変えるとチップが僕の元に押しやられてきた。
そこで僕は今勝ったのだと初めて気がつく。それより今の彼のプレイを必死に振り返ることに夢中になってしまっていたようだ。
とてもギリギリだったし確率も何もないプレイングだったが大きなポットを獲得できたし、とてもいい戦いだったように思える。
やはりポーカーは面白い、と考えていると思ったよりこの戦いが長かったようで、ここでDay1は終わってしまった。
疲れたが最後まで集中を切らさず、最後も楽しめたのだから良さそうだ。
それに明日に向けて大きなポットも獲得できたことだし。
僕は立ち上がると軽く目の前が真っ暗になっていき椅子に手をついた。思ったより疲弊はしていたらしい。集中が途切れていなかったのは自覚がなかったからだろうか。思えばブレイクも何かしら考えながら食事に出たりしていて、気を抜く事はなかった気がする。
これは危ない。明日のためにも早く部屋に戻って寝るとしよう。
そんな風に考え始めると面白いくらいにだるくなっていく身体を引きずりながら、僕は部屋に戻るのだった。

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはすべて他のクリエイターの記事の購入とサポートに宛てさせていただきます。