文舵一章のこと

アーシュラ・K. ル=グウィン『文体の舵をとれ』(フィルムアート社)を買いました。

 一章からさっそく難しい!
 よい文章は、声に出して読まれたときによいひびきやよいリズムを備えている必要がある。まず、よい文章の必要条件が提示されたわけだ。つぎはとうぜん「よいひびき」や「よいリズム」の必要条件か、すくなくとも十分条件が提示されることを期待する。かくして、「生き生き、軽快、すらすら、力強い、美しい」といったリスト形式でよいひびきの十分条件が与えられる。きっとほかにもリストに挙げられるべき形容はあるだろう。しかし、「生き生き、軽快、すらすら、力強い、美しい」といった形容は、「よさ」に言及せずに定義できるのか、われわれとしてはそれがとうぜん気になってしまう。そして、わたしのみたところ、これらの形容はすでに「よさ」を内包している。

 たとえば、細切れのフレーズを繰り返して用いたり、口語を用いた文章があったとして、それがなんら「よさ」につながっていなかったとしたら、その文章は「軽快」ではなく「軽薄」だとかなんとか呼ばれるはずだ。つまり、先のリストにある形容は、その文章がもつなんらかの形式的な特徴と、それがもたらす「よさ」に同時に言及している。「軽快な文章は、よいひびきを持っている」という命題は、「これこれの特徴を持つことでよいひびきを持っている文章は、よいひびきを持っている」とパラフレーズされ、自明なものになってしまう。

 ただし、このことは即座にル=グウィンの論理破綻を示すわけではない。「よさ」を還元的に定義することをここでは目指していないというだけだ(というか、だれもそんな高級な要求をしてはいないだろう)。つまり、「よいひびきの文章を書け」、とだけいわれても難しいが、「軽快な文章を書け」であればまだ対処しやすい、想像しやすいでしょう? といっているのだ。とはいえ、これだけでは不親切だから、彼女はいくつかの実作上の実例を挙げる。われわれはここからどのような文章がよくひびいていて、よいリズムを持っているのかを学ばなくてはならない。ははーん、ようするに、みて学べということか! ならさいしょからそういってほしい!

 勘違いしてはならないのは、ル=グウィンはここで「語彙をほとばしらせろ」とか「方言を使え」とか、そういった表面的な手法の話をしているのではないということだ。そういった手法を用いて文章によいひびきやよいリズムを文に与えている実例を紹介しているだけなのだ。そして、どういうひびきやリズムが「よい」のかは、たぶん音読すればわかるとでも思っているのだ。「あんまり論評はしないほうが望ましい。上手な実演作品に対するいちばんの反応は、拍手だ」といっていることだし。じっさいそうかもしれないが、いきなり説明不可能――あるいは、すくなくとも説明困難な概念を持ちだしてくるというのはかなりチャレンジングだ。

 とはいえ、みずからの書いたある文章がよいひびきになっているかどうか、外形的な基準で判定できるものではないとしても、書いた文章を音読して気持ちよくひびくかどうか確認してみる習慣そのものはきっと悪いことではない。まぁそのくらい昔からやってますけどね、やっててこれなんですけど!? とは、たぶん世界中の読者がそう思っていることだろうけど。

 さておき、練習問題をやってみよう。

問1
 一段落~一ページで、声に出して読むための語りの文を書いてみよう。その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも好きに使っていい――ただし脚韻や韻律は使用不可。

 うーん、うーん? どうしようかな。

解答 1
 チャオ! わたしの名前は天野美希。みんなからはミキって呼ばれてますミ・キアーマノ・ミキ(ふふん、いっそフルネームで呼んでくれたほうがおもしろかったのにね?)。こっちにはパパの仕事の都合で三年前に引っ越してきて、いまはローマに住んでいます。
 パパは大学の先生で、いつも本の山に埋もれてるか、そうじゃなきゃ瓦礫の山に埋もれてます。ついこないだ、パパは二〇〇〇年前の公衆トイレを掘り当てて、新聞に載りました。ママは近所のペットショップで働いています。それで、パパの載った新聞はカナリアの巣になりました。
 週末になると、わたしたち家族は行きつけのトラットリアまでアンチョビとオレガノのピザを食べに行きます。そうすると、れいの新聞を読んだ常連さんや、ママからカナリアを買ったお客さんがわたしたちのまわりに集まってきて、かってにテーブルをくっつけてしまいます。やかましいひとたちですが、いいひとたちです。わたしたちはかれらのことを愛していますし――かれらもわたしたちのことを愛していますアーマノ・アマノ


 記事が下書きに残っていたのでアップロードします。問 1 で飽きてしまったようです。そんなことある?