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激痛の夜

「Mさん、Mさん!」

昏睡の揺り籠から覚醒の筵に叩き出される私の意識。
昏睡、というよりは気絶に近かったのだろうか。
私は揺すり起こされた。

「え、なに…」
「頑張ってねーお名前と生年月日言えるぅ?」
「M…昭和◯◯年…

これ医療行為前の本人確認やーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!まだ始まってすらねえええええええええええええええ!

私はまだ手術室に入ってすら無かった。
現在の医療行為の前には厳重な本人確認が行われる。
しかも私は緊急搬送でやって来た飛び込み患者。
確認されるのはごく当然だろう。

しかし私には辛かった。一瞬でも手放した激痛がまた脳天を貫いたのだから。
うめき声ながら本人確認を叫ぶ私。
患者用のヘアキャップが着けられ医師と看護師がバインダーを手に話している。
んじゃ、と声がかかった途端ベッドが動き出す。
だから加速度が痛いっつの。
その時外への窓がちらっと見えた。もう真っ暗だ。そら当然だろう、搬送が18時で一時間くらい待機してたんだし。
カラカラギコギコとベッドが軋み、電灯が流れていく。
もう話しかけられる事もない。
手術が始まれば、全身麻酔だろうし、この痛みを手放せるだろう。
そうして、13と書かれた部屋に入った。

春日井市民病院は手術室が多い。
科も多いからなのだが、新しくできた救急センターにはかの名高い「ダヴィンチ」もあるらしいから、やはり総合病院の実力というところだろう。
痛みを忘れたいために私は見学のつもりで手術室とやらを凝視していた。
普段見れない場所だし、ドラマとかで見る感じとは違うだろうなと意識を捻じ曲げたが首を倒す気力もなく、目に映るものを追っていた。
案外手術室の中はさっぱりしている。
ドラマのように機械やら医療器具がズラッと並んでいる訳ではなかった。
あれぇ、こんなもんか。ま、患者を手術台に載せなければそういうのを設置できないんだろうな、とか脳をバグらせた。
そんな中でも一番覚えているのが無影灯。
テレビドラマのあおりで、無影灯と言えば丸くて蓮の穴みたいに水銀灯がすごい光を出してと思っていたけど、私が見たのは折り紙の手裏剣みたいな格好の無影灯だった。無影灯じゃなく処置灯じゃないかってくらい小柄なライト。ググっても出て来ない変わった形状だった
ベッドが手術台の横に合わせられ、私は右半身を持ち上げられスライダーを差し込まれる。

「台に移すよ、行ける?」

んぎゃあああああああああああああそうですよね今寝てるフツーのベッドじゃオペできませんよね移らないといけまぜんよねんぎゃあああああああああ!!!!!!!!いやじゃああああああああ動きとうなああああああああああいえあああああああああ!!!!!

看護師や医師がバタバタと取り囲む中、私は決意を込めて叫んだ

「やっちまって下さい!!!!!!」

そっからは誰の言葉も聞いちゃいない。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
襲い来る激痛に叫んで抵抗した。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
スライダーに載せたとは言え手術台のほうが若干高く、引っ張り上げられる形だったのだ。シーツごと引っ張られるので体全体が揺れる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
心電図が、血圧計やオキシメーターが着けられていく。
執刀医が何かをめくって足を見る。
何かを口々に言い合ってるので執刀医は二人以上いるのだろう。
両足弾けてるからね、そりゃね。
激痛と絶叫に疲れた私に、鼻まで覆うマスクを押し付ける。
「匂いがするよ」
数回の深呼吸を指示され、すーはーすーはー・・・・









水からあがったような呼吸を一つ終えた後、私は手術台の上で目を覚ました。知らぬ間に体中から管が生え、両足はギチギチに巻かれたであろう圧迫感と焼き付けるような熱感と、ジンジンジンとやっぱり痛い。ベッドから移される時もビキリと痛覚は走る。
だが「弾け飛んだままの足」の痛みを考えればマシなほう。
まだ麻酔で朦朧とした意識の中、私は手術室から出た。
両親が合流したらしい。声がする。でもまともに反応はできなかった。
執刀医が右足を挿しながら言う

「繋ぐ事はできましたが、予後が悪ければ切断かも知れません」
「・・・・・・・・・いやだ、イヤダ、いやだいやだぁ~…(泣)」

さっきまで当たり前に自分の意志で動いて自分を支えていた足が無くなってしまうかも知れない。
この時感じた恐怖や精神的な墜落はなんと書けば良いのだろうかというくらい例える言葉がない。
私は泣いた。嗚咽をあげて泣いた。手術が終わったという安心を得る事もなく、脚を失う恐怖に怯えて泣いた。
両親ともまともにあいさつもかわせず、私はどこをどう運ばれたのか、気付けば暗い個室にいた。天井の処置灯が点いているので自分の周辺は見えるが、どこだかは判らない。窓の遠くにビルの赤色灯がぼんやり見える。暑いなと思ったら布団で簀巻き状態。点滴で水分は入っているけど喉は渇く。時折暗闇に紛れる色の制服の人(市民病院は看護師が紺、ERが濃灰なので暗いと判別できない)が来てはじぃーっと見つめては去っていく。身体を捩った時、自分に尿道カテーテル(バルーン)が刺さってる事に気付く。脚は相変わらず痛い。その痛みは「疲れて寝る」なんて生易しいモノではなかった。ついでに私は重度の不眠症。薬一粒無ければウトすらもできない睡眠を忘れた体なのだ(涙目自慢)おかげで左腕に点いている血圧計が一時間に一回締まって計測していくのも分かった。
空が白んでいく。
それでも自分がどの位置にいるかを推定する気力はなかった。どこかで少しは寝れたのかも知れない。

日は昇った。
私は生きている。

さぁ、戦いはこれからなのだ

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追記
前回の緊急搬送時の話で、「置かれる」前にレントゲンや造影CTを撮ったのをすっかり忘れておりました。まぁでも痛くてギャン泣きしながら受けたのは変わりませんw


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