ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第6章5話

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第6章 こころがクサクサ!

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5話

「ミャオンってただのペットじゃない!」

 芽雨さんは、そう言ってた。
 私はペット。ただの飼い猫。
 陽太は、私のことを大好きって言ってくれるけど、私はペットでしかない。
 ……ただの、ペット。

 私はグレースと一緒に、自動販売機の陰に隠れた。
 今の私は人間の姿だから、小さく小さく身体を丸める。
 そうして、痛む胸にそっと手を当てた。
「……」
「お、おい? だいじょうぶか、ミャオン?」
 グレースが心配そうに私を見上げてくる。
 ううん、だいじょうぶじゃない。
 泣きそう。
 ……泣けるかどうかはわからないけど、きっと人間ってこういう時に涙が出てくるんだと思う。
 グレースは路地のほうをチラッと確認して、
「……ゴンのやつ、さっきの女の子についてったみたいだぞ。反対方向にいった」って教えてくれた。
「ありがとう。じゃあ、私…………帰るね」
「え?」
「……お家に、帰る」
「いいのかよ?」
「……陽太が無事なら、それでいい」
 私はゆっくり立ち上がる。
「ありがとね、グレース」
「……そっか。じゃあ、俺はゴンのあとを追いかけてみるな。また何かわかったら教えるから」
「ん……」
 グレースは何か言いたそうに私を見ていたけど、ゴンたちが去っていったっていう方へ走っていった。
 私はひとり、とぼとぼと家へ戻る。
 玄関から入って、カギをかけて、陽太の部屋に戻って。
 それから、残りの『カミカミ』を食べる。
 世界がみるみる大きくなっていって――。
 私はまた猫の姿に戻った。
 ただの、ペットの姿に。
「……あ」
 今、思い出した。
 『カミカミ』の買い置きをしておくの、忘れてたわ。
 ……でも、お古のおもちゃが『オダイキン』として認めてもらえるかわからないし。もう、いい。
 私は秘密基地に『ぽいんとかーど』とお古のおもちゃを片付けて。
 それから、陽太の匂いのするベッドの上に飛び乗った。
 陽太が寝る時にいつも頭を乗せるクッション。
 ふかふかのそこに座って、私は自分の腕を身体を舐めはじめた。
 こうしているとね、少しだけ気持ちが落ち着く気がするの。
 ――ううん、違う。
 落ち着かせようとして、毛繕いしてるんだわ、私。
 こころが痛い。
 『ただのペット』『ただの飼い猫』。
 芽雨さんの言葉が、大きくて太いトゲみたいに、刺さっている。
 陽太も、そう思ってるのかな。
 大好きって言ってくれるけど。
 それは私が『ただのペット』で『ただの飼い猫』だから?
 遠くから、音楽が聞こえてくる。夕焼けチャイムだ。
 陽太が帰ってくる時間!
 私はいつものように陽太を迎えるため、ソワソワとドアの前へ。
 陽太。陽太。早く帰ってきて。
 今はとにかく、陽太に会いたい。陽太に抱っこしてもらいたい。
 すると――。
 陽太の足音が聞こえてきた。
 今日もちゃんとママさんとの約束を守って、帰ってきてくれた。
 早く、早く。
 陽太が部屋のドアを開ける。
「ただいま」
 おかえりなさい!
 私はまっさきに陽太に飛びつく。
 すると、陽太は私を抱き上げてくれた。
 ああ、陽太。大好き。帰ってきてくれてうれしい。
「待たせてごめんね、ミャオン」
 陽太はそう言うと、私にクッキーを一枚くれた。
 あの『お店』の人気商品、『十人十色』! 私の大好物!
 言われてみたら、今日はまだおやつもらってなかったわね。お腹も空いてる。
 私は夢中で『十人十色』をほおばる。
 おいしい……おいしいよ、陽太。
 幸せ。
 陽太は、私の尻尾の付け根を優しく撫でてくれる。
 そこを撫でられるの、大好き。とても気持ちいいから。
「……おいしい?」
 うん! とっても!
 私が返事をすると、陽太はにっこり笑ってくれた。
 でも。
『ただのペットじゃない』
 芽雨さんの言葉が蘇ってくる。
 ――ねぇ、陽太。私は陽太にとって、ただのペットなのかな?
 ああ、またこころが痛い。
 私は毛繕いを始めた。落ち着いて、私。だいじょうぶよ。
 陽太はここにいる。私のそばにいてくれる。
 不安になることはないわ。
 自分に言い聞かせながら、身体をきれいにしていく。
 陽太は机に向かって、何か考え事をしているみたい。
 小さくため息をついたりして。
 どうかしたの? 悩み事? もしかして――ゴンに何か言われたのかな?
 私もね、ちょっと元気ないの。芽雨さんに言われたことが、刺さっていて。
 陽太を見ると、ピタッと目が合った。
「ねえ、ミャオン。今、幸せ?」
 もちろんよ、陽太!
 陽太と一緒だから。大好きな陽太がいてくれるから。
 そしたら、陽太はこんなことを言い出した。
「……うちに来た日のこと、覚えてる?」
 ――え?
 それって私が、陽太に会った時のこと?
「……ふふ、ごめん。何でもない」
 陽太は笑って、また考え事をはじめる。
 私は――。
 陽太に出会った日のことを思い返そうとして、すぐに諦めた。
 だってね、まだ小さな赤にゃんの頃のことだもの。
 ぼんやりとしか覚えてないのよね。
 ――不安で、不安で、どうしていいかわからなくて。
 ひとりぼっちで泣いてた気がする。
 そしたら、大きな大きな手――パパさんの手が私を包み込んでくれて。
 ママさんの胸に運ばれて。
 急に温かいものに包まれて、驚いて震えていたら、優しく撫でてくれる小さな手があって。
 それが陽太だった。
 こわごわと、そっと、ゆっくりと。
 私を撫でてくれて。
 それで私『ああ、もう泣かないでもいいんだ』って……思ったの。 
 ……それから陽太たちの家のにゃんこになって。
 ずっと、ずっと、今も幸せで。
 毎日楽しくて。
 陽太が大好きで。
 ――さっき、陽太は私に「幸せ?」って聞いてきたけど。
 幸せよ。とっても。
 ねぇ、ミャオン。
 あなた、世界で一番幸せなにゃんこ選手権に出場したら、ダントツで優勝できるわよね。
 『お店』を知って、人間になって、『宮尾』として陽太のトモダチになれそうだったけど。
 でも、私は猫。
 ただのペットなんだわ。
 ――それでも、いいじゃない?
 幸せだもの。陽太がいてくれれば、それだけで。
 『カミカミ』、買いそびれちゃったけど。
 もう、いい。人間になれなくったって、もういいわ。
 このまま、ずっとこのままでいられれば、幸せだもの。
 私はこころにクサクサ刺さってくる芽雨さんの言葉を打ち消そうと、何度も何度も自分に言い聞かせた。

                           <7章に続く>

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