「お見合いが嫌なのでギャルのふりをしたら、相手が初恋の人でチョベリバでチョベリグでテンサゲでテンアゲ↑↑」第3話
「ちょっ! ゴージャスな個室でデートとか、手ぇ出されてないよね? 映画だっつーからせいぜい手ぇ握るだけだろうと思ったら!」
今日のデートについて話すと、楽しそうだったはずの由実の表情は一点、険呑なものになった。
「へ? 何にもなかったよ。映画が面白かっただけ」
「いや、目、泳ぎまくってるし。」
「えっと、その……帰りのタクシーでキス? されただけ……みたいな」
「はあ? はぁっ! タクシーでっ!!! いやいやいや、運転手さんいんのに? しかもまだ一回目のデートじゃん! てぇ早すぎ、その男やりらふぃーじゃないの?」
やりらふぃー、確か、セックスを目的とした男のことだ。
「いや、行永君はそんなんじゃ……」
キスされたことばかりに頭がいっていたが、確かに、タクシーの運転手にバッチリ見られていたかもしれないと今更ながらに気づき、淑子は顔が真っ赤になっていく。
「そもそも、タクシーで簡単に姉さんのファーストキス奪うだなんて! せめて、おしゃれな夜景とか、イルミネーションとか、海見ながらとかさぁ! 場所選べよ! そいつ絶許だから!」
「いや、でも、その……」
「もしかして、そいつ、金銭的に成功したからって、高校時代は高嶺の花だった姉さんを落として、弄ぶつもりなんじゃないの? あーもう、あのカスの紹介の時点で疑うべきだった!」
「私は高嶺の花なんかじゃなかったし、ゆ、行永君は、そ、そんなこと……」
淑子は否定しようとして否定しきれなかった。
行永は変わっていた。エスコートはすごくスマートで、場馴れしていた。
それは、たくさんの女性とお付き合いしてきたからではないか。
「サイアク。姉さんにギャルファッションさせるんじゃなかった。あーしらは軽い女やと勘違いされやすいって、わかってたのに」
由実がはーーーと、深いため息をついた。
そうだ、淑子は出会い頭に非常識なことをしたのに行永はぐいぐい来た。
正直に言うと、高校時代、行永は淑子のことを好きだったと思う。自意識過剰ではなかったはずだが、借金があったので、淑子は行動に移さないまま、そして移させないまま、卒業した。
もし由実の言う通り、リベンジできたら、後はポイしようと思われているのなら?
(そんなこと、ない。行永君はそんなこと、しない……)
由実がスマホを弄り始めた。そしてすぐに画面を見せてきた。
「姉さん、この記事見て」
「……なに、これ?」
淑子の声は震えた。
あまりテレビを見ない淑子でも知っているアイドル出身の綺麗な女優が行永の胸に手をおいている写真。
隠し撮りだろうそれに映る女優は、マスクに眼鏡をしているのに、その美しさは全然隠せていない。
(きれいな人)
由実のように若さもないのに、無理して、露出の激しいギャル服を着ている己との、この差。
「ホテルのロビーで目撃した人が、画像を暴露系配信者に送って、女優の恋人として名前と会社を特定されたって感じね。は? これ、昨日の写真じゃん!」
ひゅっと淑子は息を吸った。
昔の話かもしれないと、思ったのに。もう別れているから淑子とデートしているのだと。
「兎に角、もう会っちゃ駄目だから」
「でも、でも、明日も食事しようって、会う約束しちゃってて……」
ここまで由実にヤリモクだと突きつけられても、それでもまだ会いたかった。涙が零れそうで瞬いた。
「はあ? 夜じゃないよね?」
「えっと、ランチだけ。さすがに直前キャンセルは……」
本当はディナーに誘われていたのだが、夜は由実を一人にしたくないので断っていた。
それを伝えると火に油を注ぎそうで、淑子は俯いて口を閉じた。
「なら高級ランチだけ奢らせて、とっとと帰宅してあとは連絡ブッチして思い知らせてやんな!! 門限は5時、いや4時だからっ! あーし、明日バイトだけど、姉さんに確認の鬼電しまくるからね! わかった?」
由実に心配され、淑子はぐっと拳を握った。
淑子が由実の保護者なのだ。泣き顔を見せるわけにはいかない。
演じなければ。傷付いてなどいないふりをしなければ。
「わかった! なんか今更だけど、めちゃくちゃムカついててきた! この画像つきつけてボッコボコにしてやるわ!」
その意気とガッツポーズを作る由実に、淑子は強く頷いた。
「ねーねー、阿比留さんってパソコン部の後輩の男の子と付き合ってるの? いつも一緒に帰ってるよね」
「仲良さそうに二人並んで」
「真面目カップルって感じ」
放課後、お洒落でヒエラルキーの高いクラスメイトの女子にからかわれ、淑子は苦笑した。
受験シーズンが終わり、三年生は時間に余裕ができた者も多く、もう卒業ということもあり色恋沙汰が活発になっているのは淑子も気づいていた。
「斉藤君のことなら誤解だよ。駅まで方向が一緒ってだけ」
「そうなのー?」
「そんなこと言って、ほんとは気になってるんじゃないの?」
ちがうよ、と淑子は首を横に振った。
「斉藤君は弟みたいな感じ。私、気になる人いるし」
「えー! 待って、その話超聞きたいんだけど!」
「聞きたい聞きたい」
「どんな人!?」
どんな人、も、そんな人いない。
「私が好きな人は年上で、気が利いて、余裕のあって、筋肉質で、おしゃれな人だよ」
行永とは真逆の人を告げた。
どうあがいても、行永のことが頭から離れないのだ。
行永は優しいが、気は利かないし、淑子と並んで座るだけで顔を真っ赤にしていっぱいいっぱいと言った具合だし、背は高いが細いし、分厚い眼鏡にボサボサの髪に制服はしっかりと着込んでいる。
でもそこが可愛くて、淑子なんかに必死になってくれているところがドキドキして……。
「えー、ベタ惚れじゃーん」
「告るの?」
「頑張れ阿比留ちゃん!」
「そのうちね……」
そう言うと、淑子をそっちのけにして、彼女たちは大盛りあがりだ。
(彼女たちは好きな人に好きって言えるんだろうな……)
順風満帆な彼女たちが眩しい。
淑子は自分が大学に行かないことをクラスメイトにも、行永にすら言っていなかった。
きっと、行永は淑子が大学に落ちて浪人すると思っているのだろう。大学についての話題は触れてこない。
両親は、高校入学直前に両親は道路に飛び出してきた野良猫をよけようとして自損事故で亡くなった。
誰も責められない事故。
叔母は気にするなと言ってくれたが、私学の費用を出してもらうのは申し訳なく、必死に勉強して無返済の奨学金を取りつづけた。
もし、これだけだったら、淑子は卒業前に行永に好きだと伝えていたかもしれない。
でも、父は家族に内緒で叔父に借金をしていて、相続放棄は期間が過ぎておりできないらしく、卒業したら淑子は返済のため働かねばならず大学には行けない。
借金を返済し終えるのは何年後だろうか。
きっと行永は難関大学に行くのだろう。それに彼は如何にもいいところのお坊ちゃまだ。
借金持ちのこんな自分が行永に相応しいとも、好きだと言っていいとも、思えない。
教師が奔走してくれ、進学校にも関わらず学校推薦で就職先が見つかっただけでも運が良かったと思うべきなのに、幸せそうな同級生が羨ましくて、苦しかった。
「ごちそうさまでした」
連れてきてくれた老舗ホテルは行永が女優と写真を撮られたところだった。
由実の言うとおり青春のリベンジで体目当てなのだと思うと、淑子はおいしいはずのランチの味がわからなくなっていた。
淑子は今日、まったく洒落っ気のない首の詰まったセーターに、普段から使っているスキニーパンツを履いていた。とても、高級ホテルには相応しくない格好。
淑子はすっかり口数が減ってしまっており、気を遣ってくれている様子の行永ばかりが話していた。
「ヨッシーパイセン、この後近いので、良かったら皇居を散歩しませんか?」
「ええっと……」
由実に約束したとおり、断わって帰らなければと、思いはした。
「もしかして、体調がお悪いですか? すみません気づかなくて」
行永が心配そうな顔をしてのぞき込んできた。
「いや、その、大丈夫」
目を合わせられず、小さく首を横に振った。
「本当ですか? ホテルに部屋をとってあるのでよかったら休んで行かれますか?」
その言葉に淑子は行永の顔を見ていられなくなって、思わずうつむいた。
(由実の言うとおりだった……)
行永は東京に住んでいるはずなのに、ホテルに部屋をとっておいただなんてそのつもりでなければそんなことしない。
ずっと引きずっていた淑子の初恋の人。でも彼はすっかり変わってしまったのだ。
「じゃあ、そうさせてもらうね」
拒否ではなく、その言葉がこぼれ落ちた。
「え? ええ、もちろん」
自分から提案したくせに積極的な淑子に行永は面食らった顔をした後、優しげにうなずいた。
「……どうぞ」
さきほどまで無言の淑子を補うように饒舌だった行永は廊下を歩いていた間、ずっと無言だった。
そしてホテルの部屋の扉を開けながら、行永がゴクリと廊下に響くような生々しい音を立て、つばを飲んだ。
行永が淑子なんかを意識しているという事実に少しだけ気分が上がる。
「お邪魔します」
大きなツインベッドが置かれた、きれいな部屋。
「あっ! お茶を飲まれますか? それかコーヒー」
入口近くのミニバーの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した行永に淑子は力なく首を横に振った。
「ううん、大丈夫」
「ええっと、じゃあ、ベッド使ってください。あ、あの、掃除に入ってもらってるんでシーツは変えてあるので安心してください」
(昨日もあの女優さんとしたけれど、その跡はないって意味かな……)
「そう、ありがとう」
淑子はベッドに腰掛けた。
「よ、淑子先輩、あ、……パイセン、えっと、あの、部屋は好きなだけ使ってください。俺は……ジムにでも……」
淑子はその言葉にコテンと首を傾げた。
「何もしないの?」
「っ!」
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