「お見合いが嫌なのでギャルのふりをしたら、相手が初恋の人でチョベリバでチョベリグでテンサゲでテンアゲ↑↑」第2話

「GMー、待った??」
 淑子が待ち合わせ場所に行くとすでに行永がいた。
 電話のとき動揺してギャルのふりをするのを忘れていたが、今日はちゃんとしなければ。
「いえ、今ついたところです。今日は黒髪なんですね。お似合いです」

 行永がにっこりと笑った。
 すれ違う女性たちがちらちらと行永を見ている。
(行永君、ほんと、格好よくなった)

 きっと、いろいろな人生経験を通じて、彼は変わっていったのだろう。
 そう思うと、いつまでも高校時代の思い出にこだわっている自分は、取り残されているように感じる。

「ああ……あれは鬘でこれは地毛みたいな。映画に行くならあんま盛るべきじゃないし」
 今日は由美に強めにコテで巻いてもらっただけで、ギャル服は上までぴっちり閉じた白いロングコートの下で、更にロングブーツで足も隠れている。

「ヨッシーパイセンは相変わらず人に配慮できる優しい方ですね」
「いや、そんな、あれではなく……」
 ギャル全開で外を歩く勇気がなかっただけである。

 昔は行永の方が言葉に詰まることが多かったのに、今や逆だ。
 恥ずかしがる淑子に微笑みかけてくれる行永は本当に堂々としている。離れていた間に自信がついたのだろう。
(会いたいな、あのころの行永くんに)

 行永に凄く好かれているのだと思えたあのころ。

「照れてるよっしーパイセンも可愛いです。行きましょうか」
「かわっ、あ、うん」
 腰に手を添えられて、さらりとエスコートされ、淑子は行永の横顔を見た。
 行永にとっては女性をエスコートするのはいつものことなのかもしれない、平然とした顔をしていた。

 かっこいいのに、なんだか嬉しくない。

「この前はほんと、変な話聞かせちゃって、マジメンゴだったね」
 ギャル語って、これであっているのだろうかと思わなくはないのだが、淑子は普段の由実の言葉遣いを真似て頑張った。
「問題ありませんでしたか?」
「うん、あの後すぐ大学に電話したら、学生との面談なしには退学にはならないって言われて。ほんと、ゆっきーのおかげで安心した。マジBIG LOVE」
 手でハートを作ると、何故か行永はしていないはずの眼鏡を上げる仕草をした。
「っそれなら、良かったです」



 淑子は今、映画館の中にある個室のプライベートな空間に完全に戸惑っていた。
 若干、画面からは遠いが、一つだけ置かれたソファからして高そうだ。

「え、ユッキー、ここ、おいくら……? あの、半分出すから……」
 ただでさえ忙しい法学部、バイトのしすぎで留年でもしたら本末転倒だし、由実には淑子が叶わなかったキャンパスライフを楽しんで欲しいので、叔母から亡くなる前に生活費としてお金を預かっていたと嘘をついている。
 そのため、淑子の肩には今現在、二人分の生活費が乗っている。

 しかも、叔父に騙されて送金していたのもあり、通帳にはほとんどお金は入っていない。
 だが、そんなことは行永には関係ないので、奢ってもらうわけにはいくまい。

「カードで支払ったので忘れてしまいました。どうぞお気遣いなく」
「いやいや、後輩に奢ってもらうわけにはいかないよ。ググったら幾らかわかるかな」
 淑子はスマホを出した。

「スマホと言えば、電源、そろそろ切らないと予告編始まりそうですね」
 顔を上げると驚くほど近くに行永がいた。
「ふえ、ああ、ほんとだ。映画館なんて久しぶりすぎてすっかり忘れてた。Bダッシュで消さなきゃ」
 スマホの電源を切り、コートを脱ごうとすると、そんな必要全くないのに行永が手伝ってくれる。
(こんなことまでできるようになったとは……)

「あっ、ありがとう」
「っ、その服もすごくお似合いですね」
「え、あっ、ありが、あざまし水産」
 改めてそう言われると、己のきわどい格好に、つい頬が赤くなるのを感じる。

 淑子は由美に借りた谷間が少しだけ見える、胸の上が開いたトップスに、短いスカートを着ていた。
 ギャル服は戦闘服だと由実は言っていたが、防御力は低そうである。

「折角なので、食べませんか?」
「美味しそう」
 淑子はウェルカムシャンパンとウェルカムスイーツが置かれたソファの端にちょこんと座った。そうして隣に行永が座る。
(ど、どうしよう。すごく近い……)

 ドギマギする淑子とちがって行永に気にした様子はない。肩が当たっただけで頬を染めていたはずの行永はすっかり女性慣れしたのだろう。

(そりゃあ、ITシャチョー様はきっとモテモテだもんね……)
 パソコン室の端で二人肩を並べていたあのころとは違うのだ。

「再会を祝して乾杯しましょうか?」
「そうだね」
「乾杯」
「乾杯」
 完璧なエスコートに淑子は逆に居心地が悪くなっていた。
 自分がその気遣いに見合う女性ではないことがわかっていたし、行永が知らない人のように感じたからだ。

 

 映画館を出ると、前にタクシーが停まっており、行永が予約していた様子で運転手に番号を告げた。
「タクシーで帰るの? じゃあ私はここで」
 バイバイとは言わせてもらえなかった。
「何をおっしゃいますか。もうすぐ暗くなります。よっしーパイセンを無事に送り届けるまでがデートですよ」
「でっ! いやそんな、遠足じゃないんだから」

 さらりと言われたデートという単語一つに淑子は絶句した。
(だが、これがデートじゃなかったらなかったで、そんなに魅力ないのかと、落ち込んでたろうけれど)

「どうぞ、僕を安心させると思って、送られてください」
「あ、はい」
 淑子は手で強引に促されタクシーに乗り込むと、すぐ横に行永も乗ってきた。
 そして、行き先を告げた後、二人とも無言になり、淑子は慌てて口を開いた。
「あ、映画、めっちゃ面白かったね! それにしても、まさか、最後にこれまで虐げられてきたコバンザメと人間が協力してキングシャークを倒すとはね」
 淑子がそう言うと、行永がうんうんと頷いた。
 
「最後は友好ムードでしたが、多分、次作はコバンザメと人間で争うのではないかなと思うんですよ」
「ありそう! キングシャークを倒したものの、人間とコバンザメは考え方の違いであんまり上手くいっていない。そこを悪役に利用されて両者決裂。でも、結局最後は共闘して悪役を倒すパターンね!」
 淑子はようやく笑顔になった。行永も楽しげに頬笑んでいる。

「よっしーパイセン、いつか次回作が公開されたら……」
「あ、運転手さん、すみません、次の角を右で、その次を左のアパートですー。あ、ごめん、何だった?」
 淑子は二人暮らしの狭いアパートがあるややこしい小道を、運転手に教えるために身を乗り出したので、行永の言葉を聞いていなかった。

「いえ、明日の夜はなにか予定ありますか?」
「夜? 夜はちょっと無理かな」
 成人しているとはいえ、由実を夜に一人置いて家を開けるのは心配なので、淑子は会社の飲み会すら、一次会でいつも帰っていた。

「そうですか。……なら、ランチでも。最近、いい店を見つけまして」
「ほんと? うれピーマン。今度こそ奢らせて」
「いえ、僕がお誘いしたので。それより明日はお家まで迎えにこさせていただきますね」
「えー、いーよ、いーよ、わざわざ。また、お店の場所連絡してね」
 淑子は財布を取り出した。
 とりあえずタクシーのメーターに表示されている分にちょっと足して行永に渡そうと思ったのだ。
「方向が同じですから、タクシー代のことは気になさらないでください」
「いや、でも……」
 そう言っている間に、タクシーがアパートの前で減速し始める。

「また明日」
 行永が財布を持つ淑子の手に手を重ねてきた。
 大きな手。あのころはこんなに大きかっただろうか。
 その手を見ていると気配がして淑子は視線を上げた。

 唇が、触れ合う。そして、離れた。

「あ……、あ、あ、あ! 着いたから帰るね! また、またね、バイバイっ」
 ドアが開いた瞬間、耳まで熱くなっている自覚と、激しい心臓音に淑子は転がるようにタクシーを降りた。
 だから、淑子はこのとき行永がどんな顔をしているか、見もしなかった。

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