音の話

わたしは、ひとりごとを言わない。

こういうふうにnoteで文章にしたりTwitterで呟くのはむしろ多い方だと思うけれど、口から気持ちの音を出すことが一切ない。

だからか、特に天気が芳しくない日、1日中家にいるとそれだけで気が滅入ってしまう。ひとりごとが自然と口から出てくる人にはわからない感覚なのかもしれないが、なにかふと思うことを口に出すというのは、明確に意識しないと絶対にできないし、口にしたところで返事がないととても虚しい気持ちになる。
とにかく机の脚に足指をぶつけても「いたっ」とすら言わないのである。


報告はチャットアプリだし、とりたてて打ち合わせもなかった今日は、この時間でもまだ一言も発していない。今日私が口から出した音は咀嚼音と、鼻炎で毎日何十回と出るくしゃみの音だけだ。


ただ、わたしは一人暮らしをしているにもかかわらず、いや実家がある田舎からでは大学に通えなかったから下宿しているだけだが、ほんとうに一人が苦手だ。
このことについて仲のいい先輩に話したりすると、自立できていないとかそういったことを言われることもある。ただ、一人が苦手なのはなぜか無理に原因を考えてみたとき、ひとつ思い当たることがある。それを伝えるとすこし納得してもらえるのだ。こんなことを書いておきながら詳細を書くのは避けたいと思うが、とにかくわたしは実家を離れるまでずっと、リビングでたいていの場合は家族の誰かと共に過ごしていた。テスト期間ですら家で勉強するときは家族のいる部屋で勉強していたのだ。自分の部屋は夜寝るための場所と、ただの服や教科書の置き場なだけだった。


一人暮らしを初めてしばらくは日々の生活もあわただしく、移動時間以外であまり一人になることが多くなかった。土日は遠距離の彼氏と会うために空け、土日を空けるために平日は精一杯バイトや課題を詰め込んでいた。あまりにハードなスケジュールだったためか、月に一度は熱を出していた。


そんな生活がぐっと変わったのは研究室に配属されてからで、一日中フリーのような、一日中予定が詰まっているような、完全に自己管理の生活が日常になった。
やがて私はバイトを土日に絞り、彼氏のもとを訪ねる時間が取れなかったり、こちらに来てもらってもバイトに向かうようなことが多々あった。
月に一度熱を出していた生活は、月に一度くらい熱が出てくれれば休めるのに、という生活に変わった。


それでも彼氏の方は比較的家にいることが多い研究体制で、電話をすれば大体出てくれたので、一日に何回かこまめに電話して夜も長電話して、というように頻繁に声のやりとりをしていた。会える頻度が減ったので寂しくないわけではなかったが、当時はラボに残ることが多く、同じように残っている人たちがいたので総合してそれほど寂しくはなかった。


それもまた一変したのがこの自粛あたりの話になる。

4〜5月あたりのことはすっ飛ばすが、6月はネトフリで四畳半神話体系とか鬼滅の刃とかその辺りのアニメを挟みながら在宅で論文を読んだりしていた。それほどみたいアニメがあるわけでもなく、シリーズ物の映画は3月に何シリーズかみていたし、みたいものがほぼ尽きた7月あたりから、ネトフリもあまり見なくなり、一人で家にいるのがものすごく苦痛になった。


それから、わたしは音楽もあまり聴かない人間である。人生で一度も誰かのライブに行ったことがない。
だけど、例えば入試だとか、その日がくれば終わるけれど、ずっと勉強しないといけないのがつらい、というときは必ずB'zのWonderful Opportunityを聴くのがわたしの定番だった。B'z は完全に親の影響で、小さい頃から聴いていた(聴かされていた)が、とくに初期の頃の曲は好きな曲が多かった。

だいたい、Wonderful Opportunityを評価する人は、YouTubeのコメントを見る限り、くらいのものだけれど、歌詞の

辛い思いしないのはダサいね

とか、

トラブルは素晴らしいチャンス

というところに共感を覚える人が多いような印象を持っていたのだけれど、
わたしは終盤の

楽になりたい 泣き出したい いつか今を軽く笑い飛ばしたい
なんとかなるよ

という部分にいつも救われていた。まさにそれが入試のための勉強で生じる出来事やストレスから逃げたしたいわたしの気持ちそのものだったから。


でもなんだかんだありがたいことに、今のところは全部つらかったことが笑い飛ばせる、なんとかなった人生になっている。自分の進路は自分の意志だけで決めてきたつもりだったけれど、その選択を支えてくれる人たちがいてくれたからこそこの意志を持ち続けることができた。


話が逸れまくっているが、普段は音楽を聴かないので、わたしは寂しい時に寄り添わせる音を持っていない。最初に書いたように、自分の音もない。
加えて彼氏の話を交えてきたが、毎日遅くまで仕事を頑張っているらしく、彼氏との音もない。当然会うこともできない。

そのせいかは知らないが、ここのところ、昼夜逆転ではなく、夜眠れない日が続いている。朝は遅くても9時と比較的早く起きているので、単純に睡眠時間が少なくなっている。夜中の1時に部屋を暗くしても3時まで眠れず、あまりに暇なので逆効果と知りつつもスマホを触っても眠気が来るのはもう空が明るんできた朝5時過ぎだった。夜は乾燥防止のためにエアコンを消しているので汗でたまらなく不快だし、たとえ涼しくしたとして眠れるわけではない。そもそも本来、暑いからといって眠れないような人間ではないのだ。


あわただしい生活をしていた時もラボに一日中入り浸っていた生活の時も、ベッドに寝転べば3秒で寝入っていた。それが5月あたりに寝付くのに2時間かかるようになり、バイトが再開してまた寝れるようになったと思ったらあっという間に昼夜逆転し、次は眠れないときている。たいした問題ではないが、どのパターンでもいいので安定してほしい。それから、昼夜逆転よりも、眠れないことが一番ストレスをダイレクトに感じている気がする。
ただ、前述したように、わたしは終わってしまえば笑い飛ばせる人間なので、どんな時でも今が一番つらい、と捉えるところがあると思う。だからきっと眠れないことがつらいと思うのだ。
そういうふうなことを考えながら今日も彼氏の退勤を待ち、退勤したと思ったら夕飯、ランニング、お風呂と続く彼のあたりまえのルーティンの後ようやくかかってくる電話を待ったりしている。


人をまつ身はつらいもの
またれてあるはなほつらし
されどまたれもまちもせず
ひとりある身はなんとせう。

(森見登美彦 夜は短し歩けよ乙女;第四章 魔風邪恋風邪 竹久夢二の文集より)

これでいうとわたしは一行目に該当するわけだが、もうあと1時間で曲を口ずさんだりひとりごとを言ったりも含めて24時間一切言葉を発していないことになりそうである。3時間しか寝ていないのに。

ひとりある身でないだけましなのか、いや、選んでひとりであるべきなのか。






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